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第65話 アリスの学校生活

 四月も半分が過ぎ、温かい春の空気が頬を撫でる金曜日。亜梨栖ありすは人気のない校舎裏に来ている。

 本当ならばすぐに帰って晩御飯の用意をしたかったのだが、呼び出されたからには仕方ない。

 幸い校舎が日差しをさえぎってくれているので、日傘を差す事なく既に居た男子生徒へと声を掛ける。


「お待たせしました。それで、何の用ですか?」


 放課後、校舎裏、そして男子生徒に呼び出された、となれば用件は一つだけだ。

 けれどもあえてとぼけ、僅かに首を傾げる。

 すると男子生徒は緊張に顔を強張らせ、おずおずと口を開く。


「三城亜梨栖先輩、好きです。付き合ってください」


 あまり他人の顔を覚えるのに自信はないが話した事はないはずだし、言葉から察するに彼は一年生だろう。

 深く頭を下げ、真摯しんしにお願いする姿には好感を持てる。

 顔は見えなくなったが、先程までの彼の顔立ちは決して悪くなかった。

 それでも、亜梨栖は彼に少しも興味を持てない。


「ごめんなさい」


 雑な対応をする人にはそれなりに亜梨栖も雑に対応する。

 けれど、彼は真っ直ぐに好意を伝えてくれたのだ。

 ならば真正面から返事すべきだと、今度は亜梨栖が頭を下げた。


「……誰か、好きな人が居るんですか?」


 身を引き裂くような、重く暗い声が耳に届く。

 そんな感情を抱かせたのが亜梨栖なのだと突き付けられ、僅かに胸が痛んだ。

 しかしこれが振る側の気持ちなのだから、仕方がないと表情を硬くする。


「はい。ずっと、ずっと前から好きな人が居るんです。だから、貴方の想いには応えられません」


 彼の質問に律儀りちぎに答える必要などない。

 下手をすれば食い下がられ、余計に話がややこしくなるだろう。

 それでも、亜梨栖の想いは隠すようなものでもなく、恥じるものでもないのだ。

 残酷な現実を改めて突き付ければ、男子生徒の体がぐらりと傾いた。


「そう、ですか……」


 泣きそうに顔を歪ませ、けれどぐっと奥歯を噛んで堪える姿。

 そんな男子生徒に、亜梨栖が言葉を掛けてはいけない。

 この場に亜梨栖が居ても気まずいだけだろうと、彼にくるりと背を向ける。


「それでは、失礼しますね」


 おそらく、彼は亜梨栖に一目惚れしてくれたのだろう。初対面にも関わらず告白するのは、きっと勇気の要る行動だったはずだ。

 しかも彼からは物は試しという冗談半分さ、断られる前提の適当さが感じられなかった。

 そういう告白を断るのが、一番精神に堪える。

 必死に背を伸ばし、けれど小さく溜息をつきながら家に帰るのだった。





「今日はお疲れか?」


 週末の日課になっている、ビールを飲みながら悟が尋ねてきた。

 大人びた整った顔には、亜梨栖をおもんばかる気持ちに彩られている。

 表情に出したつもりはなかったが、どうやらバレてしまったらしい。


「まあ、ちょっと」

「なら、これを飲み終わったら散歩に行くか」

「別にいいですよ。兄さんもお酒を飲んでますし、面倒臭いでしょう?」

「あのなぁ……」


 呆れた、と言わんばかりにじっとりと目を細め、悟が亜梨栖の頭へと腕を伸ばしてきた。

 拒否する理由もないので、頭を寄せて悟の手に撫でられようとする。

 てっきり優しく撫でてくれるかと思ったが、くしゃくしゃと少し乱暴に頭を撫でられた。


「どうせ明日は休みだし、遠慮する事なんてないだろ。散歩に行く、これは決定な」


 酔っているからか、悟が亜梨栖の意見を殆ど聞かず強引に決めてしまう。

 そんな悟も良いなと思いつつも、彼が何を考えて提案したか、亜梨栖にはすぐに分かった。

 何だかんだで久しぶりの散歩が嬉しいという事もあり、小さく笑みを落とす。


「……ありがとうございます。兄さん」

「ちょっと飲み過ぎて風に当たりたかっただけだっての」


 真っ直ぐにお礼を言われると恥ずかしいのは、普段と変わりないらしい。

 すいっと視線を逸らしつつ頬を染め、悟がビールを飲み干した。

 すぐに彼は手を合わせて「ごちそうさま」と口にし、食器を纏め始める。

 こんな時でも感謝を忘れない姿に笑みを零し、悟と一緒に片付けをした。

 きちんと後片付けを終えると、悟が玄関へと向かう。


「ほら、行くぞ」

「はい」


 ちらりと亜梨栖を振り返り、ぶっきらぼうに告げられた言葉が温かくて頬が緩んだ。

 エントランスを出て、日中よりも冷えた夜風に当たりつつゆっくりと歩く。

 もうお馴染みとなった公園に入り、ベンチに座った。


「言いたくないならいいけど、何かあったんだよな」

「別に絶対知られたくないって訳じゃありませんよ。告白されただけです」

「そう、か……」


 最近は悟が亜梨栖を甘やかそうとするので、こういう時は素直になるべきだと思っている。

 なのであっさりと告げれば、悟の顔が苦痛に歪んだ。

 そんな表情をしてくれる事がどうしようもなく嬉しく、亜梨栖の唇が勝手に弧を描く。


「大丈夫ですよ。断りましたからね」

「……ごめん」

「そこは『ありがとう』でいいと思いますが。私が兄さん以外の人と付き合う事なんて有り得ないですし」


 未だに告白していない状況で、どういう言葉を返すべきか分からなかったのだろう。

 強気の発言くらい遠慮なくしていいのだが、悟の性格なら絶対にしないだろうなとも思う。

 とはいえ亜梨栖の言葉で少し心が軽くなったのか、彼がふっと力の抜けた笑みを浮かべた。


「ありがとな」

「いえいえ。まあでも、告白を断るのはエネルギーが要りますねぇ」

「それは分かるけど、やっぱり告白される事は多いんだな」


 悟とて昔は沢山告白されていたようだし、亜梨栖を二度振った事で振る側の痛みを良く分かっている。

 また、以前少しだけいざこざが起きた時の事を話したが、そこから彼は亜梨栖の状況をある程度把握したらしい。

 感心と呆れ、そして不安を混ぜた瞳が、亜梨栖へと向けられた。


「まあ、割とありますね。特に高校入学時は凄まじかったですよ。全員振ったので暫く落ち着いてたんですが、最近また増えました」


 亜梨栖の容姿が男性受けしやすいのは自覚している。とはいえ、悟以外に気に入られても少しも嬉しくないのだが。

 一年前の毎日告白が続いた時を思い出して苦笑しつつ告げれば、悟が大きな溜息つく。


「そうだよな。アリス、可愛いもんな」

「……唐突に褒められると心臓に悪いですね。でも、そう言ってくれるのは嬉しいです」


 普段は殆ど容姿を褒めないくせに、こういう時に当然のように発言するのは狡い。

 羞恥に頬をあぶられつつも頬を緩めると、悟が目を白黒させた。


「に、にしても、最近って事は告白してきたのは新入生か」

「大正解です。お試しとか興味本位だったら、こんなに疲れる事は無かったんですがねぇ」

「という事は、そういう人もいたんだな」

「はい。大勢いましたよ。本当に、面倒臭いです」


 髪と瞳の色が珍しいから。容姿が整っているから。

 別に、それが理由で告白されるのは構わない。しかし、誠意がともなっていない人は許せない。

 少し前まで、亜梨栖は悟に好意を伝えたくても伝えられなかったのだ。

 その行為をいとも簡単に、へらへらと軽い笑みでする人とは話す気にもなれなかった。

 既に、彼等の顔など亜梨栖の記憶に残っていない。

 思い出して苛立ちを言葉に乗せ、吐き捨てるように呟けば、ぽんと亜梨栖の頭に固い掌が乗った。


「お疲れ様。辛かっただろ?」

「辛い、というよりはむかつきました」

「アリスは本当に強くなったなぁ……」


 頑張ろうと決意した切っ掛けである男性が、羨望の瞳で亜梨栖を見つめる。

 それがおかしくて、くすりと笑みが零れた。


「いいえ、強くなんてありませんよ。という訳で、癒してください」

「はいはい。分かったよ」


 言葉は呆れつつも、表情は優しく穏やかで。ねぎらうように、ゆっくりと悟の手が亜梨栖の頭を撫でる。

 亜梨栖の大好きな感覚に浸りたくて、悟の肩へと頭を乗せた。


「んー。気持ち良いですねぇ」


 酔って大胆になっているからというのもあるが、最近の悟は割と過剰な接触でも許してくれる。

 この調子なら近いうちに告白してくれるかもしれないと、期待に胸を弾ませるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久々のアリス視点、学校でのストレスも悟に甘えて発散できるのは大きな進歩ですねぇ。よきよき
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