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第60話 アリスへのご褒美

「「いただきます」」


 一週間の終わりである金曜日。平日を乗り切ったという達成感と共に、両手を合わせた。

 今日はお酒を解禁しており、すぐに買ってきた缶のプルタブをひねる。

 炭酸の抜ける爽やかな音に頬を緩めつつ、まずは勢い良く中身を喉に流し込んだ。


「ぷはー! やっぱり一週間の終わりにビールはいいなぁ!」

「お疲れ様でした。おかずもどうぞ」

「おう。有難くいただくよ」


 今日のおかずは白身魚のバター醤油ソテーだ。ご飯に合うので亜梨栖ありすはしっかり白米も食べている。

 もちろんビールにも会い、魚の淡白な味わいにバター醬油の濃ゆさが良く合う。


「はぁ……。最高だ」

「ホント、美味しそうですねぇ……」


 絶品の料理と酒に舌鼓を打っていると、亜梨栖が眉を寄せて視線で抗議してきた。

 悟に喜んでもらえるのは嬉しいが、それはそれとして好き勝手にビールを飲めるのが羨ましいのだろう。


「前にも言ったけど、絶対に駄目だからな」

「分かってますよぅ。でも、楽しそうだなって」

「楽しいというか、良い気分なのは確かだな」


 明日が休みなのだから、好きなだけ羽目を外せる。

 もちろん亜梨栖に怒られない範囲でだが、憂いがないというだけで気分が高揚するのだ。

 ただ、高校生である彼女には悟のような楽しみがない。

 そう考えると、酒を飲んでいるのが申し訳なくなってくる。


「俺ばっかり良い気分になるのも不公平だし、アリスには俺が何かしようか?」


 心地よい酩酊感のままに口にすると、一瞬で亜梨栖の顔が真顔になった。

 失敗をさとったものの、一度出した言葉は取り消せない。

 背中に冷や汗を流しつつ待っていれば、亜梨栖が瞳をぎらつかせて口を開く。


「………………それは、どの程度まで許されるんですか?」

「え、えっと……。過剰に接触しない範囲まで、かな」


 いくら酔っているとはいえ、あれこれと許す訳にはいかない。

 流石に無いとは思うが、襲われたりされては困るので釘を刺させてもらった。

 亜梨栖が全く表情を変えないまま、顎に手を当てて悩みだす。


「ふむ。それなら、お風呂から上がってお願いがあります」

「内容はまだ秘密なんだよな」

「はい。とはいえ、兄さんの要望通りにしますよ」

「ならよし。取り敢えず、今は飯だ」


 凄まじい真剣っぷりからすると後が非常に怖い。

 けれど言い出したのは悟なので、諦めてビールを口に含んだ。

 亜梨栖も再び表情を和らげ、箸を動かす。


「金曜日って最高ですね。これからもある程度ならお酒を飲んで良いですよ」

「……もしかして、酒を飲ませれば多少ならお願いを聞いてもらえると思ってないか?」


 酔った事で気が大きくなり、安請け合いをしてしまう人は居る。

 今回の悟も似たような状況なので強くは言えないが、ああいう事は身を滅ぼすのだ。

 なので気を引き締め、何でもかんでも許可はしないと忠告した。

 すると亜梨栖は一度ぱちりと瞬きし、頬を緩める。

 それは悪戯が成功した子供の笑みにも、照れを含んだはにかみにも見えた。


「そんな事はありませんよ。兄さんは優しいな、と思っただけです」

「珍しく信用出来ねぇ……」


 亜梨栖の言葉は嘘ではないだろうが、その笑みからは別の事を思っているのが丸分かりだ。

 口はわざわいの元だなと肩を落とし、諦めて料理に集中するのだった。





「さてと。それでは、私の一週間のご褒美をいただきましょうかね」


 悟はシャワーのみで風呂を終え、亜梨栖はきちんと風呂に入り、ついに彼女の口から始まりの言葉が発せられた。

 先週のように水着で風呂場に突撃されなかったのは幸いだろう。

 そして十分な時間があったからか、酔いは覚めておらずとも覚悟は完了している。


「どんと来い」

「その心意気や良しです。では、両手を出してください」

「こうか?」


 取り敢えず亜梨栖の言う事に従い、両手の甲を下にして彼女の顔の前に持っていく。

 すると亜梨栖は頬を紅潮させつつ、顎を悟の手の上に乗せた。


「………………えっと?」

「さあ。撫でるのです」

「あ、そういう?」


 先日は頭を撫でたが、今日は頬を撫でろという事らしい。

 期待に目を輝かせ、亜梨栖が「早くしろ」と圧を掛けてくる。

 再会してから手を握ったり頭を撫でる事はあったが、頬に触れはしなかった。

 そして頭を撫でた事があるのだから、頬は駄目だと反論し辛い。少なくとも亜梨栖は「似たようなものです」と反論するだろう。

 頭を撫でるよりハードルが高い気がするものの、彼女にとっての一週間のご褒美と考えれば我慢出来る。


「分かったよ。それじゃあ遠慮なく」


 風呂上がりの手入れを終えたばかりだからか、頬は滑らかなだけでなく瑞々しさがある。

 極上の触り心地に唇の端を緩め、ゆっくりと亜梨栖の両頬を撫でていく。


「ん……。気持ち良いです……」


 甘く蕩けた瞳に、へにゃりと緩んだ頬。それに間延びした声からは、亜梨栖が幸せなのがこれでもかと伝わってくる。

 すりすりとくすぐるように擦れば、むずがるように彼女が身じろぎした。


「ふふ。首元は駄目ですからね?」

「そういうスキンシップは今日禁止だからな。まあ、これも結構凄い事してるけど」

「ただ、私の頬に触れてるだけですよ。なーんにも変な事じゃないです」


 亜梨栖がうっとりと目を細め、悟の指の感触に浸る。

 女性の肌を男性に触らせる、という行為は普通などではない。

 けれど、お互いに想いを知っているからこそ許されている。

 そのくせ付き合ってはいないという、宙ぶらりんな関係にちくりと胸が痛んだ。


(今はアリスを癒すんだ。俺が苦しい所を見せてどうする)


 情けない事など十分に理解している。けれど、ここで内心を見せる事だけは許されない。

 せめて亜梨栖に満足してもらおうと、右手を彼女の頭に持っていく。

 梳くようにゆっくりと撫でれば、淡く頬を紅潮させて、緩んだ口元をそのまま曝け出した笑みを見せた。


「それもいいですねぇ。最高です」


 猫ならばのどを鳴らしていると思える程に、蕩けきった笑み。

 間違いなく、亜梨栖は学校でこんな笑みをしていないはずだ。

 醜い独占欲を満たしつつ、彼女をねぎらう。


「一週間お疲れ様。後は寝るだけだし、ゆっくりしてくれ」

「はいぃ……。ゆっくりどころか、溺れてしまいますよぅ……」


 晩飯と風呂を終えた後だからか、だんだんと亜梨栖の瞳が開かなくなってきた。

 このままでは寝てしまいそうなので、一度撫でる手を止める。

 すると、先程まで眠そうだったにも関わらず、ぱちりとまぶたが開いて紅玉の瞳を見せた。


「何で止めるんですか?」

「いや、このままだと寝そうだったから」

「ぶっちゃけ寝れるんですが、そうなると兄さんに迷惑が掛かるんですよね……」

「別に迷惑じゃないんだけど、アリスが自爆しそうでな」


 亜梨栖が悟の傍で寝た際、毎回凄まじい自爆を披露ひろうしている。

 彼女としても本意ではないのが分かっているので、申し訳ないと思いつつもきっぱりと告げた。


「うっ」


 痛い所を突かれたという風に、呻き声を上げて顔を顰める。

 それでも離れる気はないのか、顎は悟の左手に乗ったままだ。


「頑張って起きますから、もうちょっとだけ」

「分かったよ。ほら」

「んー。さいこうですぅ……」


 撫でるのを再開すれば、あっという間に亜梨栖の顔が溶ける。

 そのまま、彼女が満足するまで魅力的な笑みを堪能するのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 恋人のスキンシップというよりもはやネコっぽくなってしまってるアリスかわゆす [一言] そう、この人たち付き合ってないんですよ! 付き合ったら限界突破しちゃうんですねわかります
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