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第54話 報告

 ラーメンを食べてから買い物を終えて家に帰り、リビングでまったりと過ごす。

 悟が前向きになったとはいえ、急に積極的になれはしない。

 今までと同じように誘惑すると宣言した亜梨栖ありすも、成果が出て安堵したのか日中は何もしないらしい。

 それどころか「眠いのでちょっと昼寝します」と言って自室にこもっていた。


「ま、こういう日も悪くないな」


 亜梨栖と一緒に過ごすのも悪くはないし、もう気疲れもしない。

 心臓が虐められる事はあるが、必要経費だろう。

 しかし一人で気の向くままにだらけるのも、それはそれで幸福だ。


「ふわぁ……。俺もちょっと寝ようかな……」


 以前までの一人暮らしと同じように、気の向くまま眠くなったら寝ても良い。

 リビングから自室に移動し、スマホを弄りつつ実りのない時間を過ごす。

 他の人からすればもったいない休日なのだろうが、悟はゆったりと過ぎるこの時間を気に入っていた。

 そうして久しぶりに別々の時間を過ごしつつ、夕方を過ぎて夜になる。


「もうそろそろかな」

「はい。約束の時間ですし、もう掛かってくるでしょう」


 とっくに晩飯も風呂も済ませており、後は電話が鳴るのを待つだけだ。

 今日は三月の末というだけでなく、亜梨栖の春休みの終わりでもある。

 それは、悟が提案したお試し期間の終わりでもあるのだ。

 だからこそ、その結果はしかるべき人達に報告しなければ。

 ソファに座りながらも身を固くしていると、事前に伝えられた時間通りにスマホが着信を知らせた。


「もしもし」

『こんばんはー、悟ー!』

「こ、こんばんは。テンション高いな、母さん……」


 悟の母である彩は元々テンションが高い方ではあるが、今日はいつにもまして高い。

 呆れ気味に呟けば、電話越しにからからと笑われた。


『折角の休日なのよー? 飲まなきゃ損でしょー!』

「しかも飲んでるのかよ」

『ええ! もちろん奏さんと一緒にね!』

『こんばんは、悟くん!』


 電話越しに、彩とは違う声が挨拶してくれた。

 普段であれば割と静かな方なのだが、酔っているせいで奏もテンションが上がっているらしい。

 もういい歳にも関わらず、電話の向こうは女子高生の集まりと勘違いしそうになるくらい盛り上がっていた。


「……こんばんは、奏さん。お酒弱いんですから、程々にしてくださいね」

『分かってるわよぉ! 偶にならいいでしょー?』

「うわぁ……」


 完全に酔いが回っているがゆえの絡み方に頬を引きらせる。

 大事な報告があるというのに、何をやっているのかと呆れた。

 ただ、悟よりも隣に座っている少女の方が、露骨に肩を落としている。


「お母さん。お酒は少しだけって約束したよね?」

『わ、分かってるわ! まだ一缶だけだから!』

「もし約束を破ったら……」

『破らない! 絶対に破らないから! お母さんを信用して欲しいなぁ!』


 底冷えのするような亜梨栖の声に、奏が思いきり動揺した。

 最後の方など猫なで声になっていたので、もしかすると悟と同じように怒られた事があるのかもしれない。

 今の三城家の事情が垣間見えて、亜梨栖の頼もしさと悟や奏の情けなさに苦笑を落とす。


「まあ、程々にしてくださいね。それで、本題に入りたいと思うんですが」

『ええ、いいわよ。悟達の、この一週間の結果を聞かせて頂戴ちょうだい?』


 先程までのテンションなど無かったかのように、彩が凛とした声を響かせた。

 いくら酔っていても、切り替えるべき時をわきまえているのは流石だ。

 とはいえ上がり下がりの激しさに、ついていくのが難しいのだが。

 なので、深呼吸をして気持ちを切り替える。


「母さん。奏さん。俺はアリスとこれからも暮らします」

『あんまり心配はしてなかったけど、良かったわぁ』

『ええ。彩さんも私も、これで一安心ね』


 曰く、彩も奏も悟が家を出た件について後悔していたらしい。

 だからなのか、電話越しの声には安堵がこれでもかと込められていた。

 本来すべき話はあっさりと終わったのだが、まだ伝えたい事がある。


「それと、どうして家を出たのかをアリスに話しました」

『……そう。アリス、本当にいいのね?』


 悟の本性を知った上で、それでも悟の傍にいるのか。という母親からの確認。

 背筋が寒くなる程に冷えた声に、亜梨栖は悩む素振りすら見せずに頷く。


「うん。私は兄さんがいい。兄さん以外考えられない」

『…………分かったわ。悟くん、アリスをよろしくね』

「はい。俺なりに、精一杯頑張ります」


 今の状況での最大限の誓いを口にすれば、電話からはあと大きな溜息が二つ聞こえた。


『本当に良かったわぁ……。アリスちゃん、こんな息子だけどよろしくね』

「もちろんです」

『努力が実って良かったわね、アリス。口調も変えて、髪も伸ばして。それに――』

「お、お母さん! そんな事言わなくていいの!」


 唐突な奏のカミングアウトに、亜梨栖が声を裏返らせる。

 隣を見れば、湯気が出そうな程に真っ白な頬が赤くなっていた。


(やっぱり、凄く頑張ったんだな……)


 料理や家事だけではない。口調を変えているのも、髪を伸ばしたのも、亜梨栖の努力の賜物たまものだったらしい。

 その結果として、彼女は誰もが見惚れるであろう程に美しくなった。

 しかし、悟に会うために口調や髪の長さを変える必要はない。

 ならば、彼女はなぜそんな事をしたのだろうか。

 首を捻っていると、電話越しに亜梨栖に似た軽やかな笑い声が届いた。


『えぇー? でも、悟くんにも頑張りを知って欲しくないかしら? 悟くん、どう?』

「ぜひ教えてください」

「兄さん!?」


 亜梨栖が心底意外そうに驚きの表情を浮かべる。

 彼女の努力を第三者から聞くのは、マナー違反かもしれない。

 それでも、奏がしみじみと言う程に努力したのなら、知っておきたいと思うのは普通ではないか。


「いや、そんなに頑張ってくれたのに、何も知らないのは悔しいじゃないか」

「知らなくていいんです! 私が勝手にやった事なんですから!」

『懐かしいわねぇ。早く大人になりたいって――』

「お、か、あ、さ、ん?」


 亜梨栖の言葉を無視して語ったのがしゃくに障ったのか、隣から地を這うような声が発せられた。

 思わずびくり体を震わせて様子をうかがうと、能面のように感情の死んだ顔をしている。

 続きが凄まじく気になるのだが、とても聞けるような雰囲気ではない。


『ごめんなさい。何でもないです』


 奏は亜梨栖の表情が見えないはずだが、危険だとさとったのか鮮やかに掌を返した。

 カミングアウトした奏が悪いとはいえ、母を脅す娘の姿に冷や汗が背中を流れる。

 亜梨栖はというと、余程不服なのか鼻息を荒くしていた。


「全く、余計な事を言わないで」

『ハイ』


 短く承諾した奏の声に、少し前の悟の姿を幻視する。

 この場に奏が居れば、間違いなくあの時の悟のようになっていただろう。

 同じ話題を続けていては駄目だと思ったのか、奏がこほんと咳払いした。


『何はともあれ、二人がもう一度仲良くなって良かったわ。……それと悟くん、貴方の気持ちを分かってあげられなくて、寄り添う事が出来なくて、ごめんなさい』


 先程までとは明らかに違う、悔恨がこれでもかと込められた声。

 悟が本性と亜梨栖への気持ちを伝え、離れる事を望んだからとはいえ、最終的な決定を下したのは彩と奏だ。

 あの時の悟は精神的に追い詰められており、二人の内心をあまり聞くことは出来なかったものの、良い感情を抱いていなかったに違いない。

 二人からすれば悟は犯罪者予備軍なのだし、世間体を優先するのは当たり前なのだから。

 罵倒ばとうされなかっただけ、悟は救われている。

 そう気持ちの整理を着けているからこそ、今でも彩や奏を恨んでなどいない。


「奏さんが謝る必要はありませんよ。むしろ、俺を送り出してくれてありがとうございました」

『…………本当に、ごめんなさい。悟くん、アリス』

「もういいですから」

「そうだよ。私はもう、誰も恨んでなんかいないから」

『ありがとう。二人とも』


 悟と亜梨栖が許したからか、奏の声に明るさが戻る。

 湿っぽい空気を変える為にだろう。彩が『さて!』と弾んだ声を上げた。


『無事悟がアリスちゃんと同棲する事が決定したんだし、改めて飲むわよ!』

『そうね! こんなめでたい日には飲むに限るわ!』

「……また始まったよ」


 半ば無理矢理、母親二人がテンションを上げる。

 亜梨栖と共に呆れ気味な苦笑をしていると、『そうだ』という彩の声が聞こえた。


『アリスちゃんはまだ高校生だし、子供を作るのはやめなさいよー?』

『私からもお願いするわ。アリスには高校をきちんと卒業して欲しいの。してもいいけど、子供はやめてね』

「わ、分かってますよ。そんな事は絶対にしませんから」


 あまりにも精神に悪い話をされ、悟の心臓が早鐘のように鼓動し始める。

 元々、亜梨栖と付き合うのは、彼女が高校を卒業してからのつもりだったのだ。

 亜梨栖はそんな悟の意思を折るためにこれからも頑張るようだが、例え折れたとしても体は重ねない。妊娠などもっての他だ。

 頬を羞恥に染めつつもしっかりと伝えれば、隣から「……むぅ」と拗ねたような声が聞こえた。


『頼んだわよ、悟。それじゃあね』

『お願いね』

「はい、任されました。二人共、それでは」

「……それでは」


 お互いに話したい事は話し終えたので、あっさりと電話が終わった。

 スマホをテーブルに置き、思いきり不満そうな声で挨拶していた少女へと顔を向ける。

 そこには、珍しく頬を思いきり膨らませる亜梨栖がいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 母ズたちも一安心できてお酒がすすみますな! [気になる点] 微妙に母ズどちらのセリフかちょっちわかりにくいかなぁ [一言] これはアリスさん激おこぷんぷん丸ですな。 悟の運命やいかに!!
[一言] 親公認に昇格。 卒業と同時にお嫁さんルートが確定されました。
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