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第53話 久しぶりの外食

 亜梨栖が悟のベッドで丸くなってから約一時間後。

 十分堪能(たんのう)したのか、それともようやく落ち着いたのか、彼女が部屋から出て来た。


「……」


 雪のように白い頬は未だに赤く染まっており、ルビーのような瞳は潤んでいる。

 その理由が羞恥ならばまだいいが、興奮だった場合に何を言えばいいか分からない。

 なので触れはせず、すぐに視線をスマホへと戻した。


「腹は減ったか?」


 ちらりと様子をうかがえば、悟に揶揄からかわれなかったのでどう反応すればいいのか分からないのか、亜梨栖が小さな唇をもごもごと動かしている。


「…………減りました」


 下手な事を言うと自爆すると思ったようで、拗ねや恥ずかしさが混じった呟きが返ってきた。

 だた、悟の部屋を出た後はどこに行けばいいか分からなくなったらしい。所在なさげに細い体が揺れる。

 おそらくリビングには気まずくて居づらく、かといって自室にこもるのも悟に悪い気がして嫌なのだろう。

 悟は整理をつけたのでもう気にしないが、このまま家に居ても亜梨栖は落ち着かないはずだ。


「よし、ならちょっと早いけど外に出るか。スーパーで何か買ってもいいし、外食でもいいけど、何が食べたい?」

「ラーメンが食べたいです」

「なら、前に行った場所でいいか?」

「はい」


 お互いに外出の準備の為、バタバタと忙しなく動きだす。

 ただ、寝起きなせいで亜梨栖の艶やかな銀色の髪がボサボサだ。

 一度早起きした際も同じように乱れており、悟が会社に行く準備をしている間に整えていた。

 今回もそのつもりのようで、歯を磨く悟を邪魔しないようにリビングで髪をくしけずっている。

 そんな彼女の背中へと、歯を磨き終えて近付いた。


「俺がやるよ。亜梨栖はその間に出来る準備をしてくれ」

「え? これくらい出来ますよ?」

「そうだけど、俺がやりたいんだ。やらせてくれないか?」


 意外そうにぱちりと瞬きをする亜梨栖へ、微笑を浮かべて懇願する。

 想い人の外出の準備を手伝えるのだ。それが美しい髪の手入れとなれば、嫌どころかむしろ悟の得だろう。

 先日まで手伝わなかった悟が提案したからか、亜梨栖は唇の端を緩めつつも首を傾げた。


「今日は積極的じゃないですか?」

「まあ、頑張るって言ったからな。こういうのから始めようかなって」


 出来る事から少しずつ、亜梨栖に今の悟を好きになってもらいたい。

 そんな風に頑張るつもりだったのに、昨日は一足飛びどころか段階をすっ飛ばして一緒に寝る事になったのだ。

 最終的に条件を出して寝たし、嬉しかったのは間違いないが、あれはやりすぎだ。

 なので悟なりに考えた結果として、亜梨栖の髪を整える事を閃いた。

 小さすぎる前進だと自覚しているので苦笑しつつ告げれば、くすりと柔らかく、おかしそうに笑われる。


「本当に兄さんは純情ですねぇ。もっとぐいぐい来てもらっても構わないんですよ?」

「……具体的には?」

「抱き締めたり、色んな所に触れたりとか。というか、むしろ触って欲しいです」

「いきなり過ぎだろ」


 余裕すら見える態度で笑みを濃くする亜梨栖に、呆れつつ嘆息した。

 この様子からすると、普段からもっと触れて欲しいのだろう。

 しかし、成長した亜梨栖と起きている状態で抱き合えば、理性が暴走してしまいそうだ。

 なにせ、ベッドの時点でかなり悟の心臓が忙しい事になっていたのだから。

 亜梨栖としては不満なようで、むくれた表情で手を広げた。


「いきなりじゃありません。ほら、ぎゅーしてもいいんですよ?」

「これから外出するんだから駄目だ」

「では、帰ってきてからなら良いと?」

「……まだ付き合ってないんだから、それも駄目だ」

「一緒に寝て、起きたらくっついていて、しかも髪も触らせてるのにぎゅーは駄目なんですか? けちー」


 頑張ると言ったにも関わらず怖気づく悟へ、じとりとした視線が向けられる。

 屁理屈をねている自覚はあるので、羞恥に頬を染めつつ亜梨栖の後ろに回り込んだ。


「……今は、これだけにしてくれ」

「今は、ですか。まあ、それなら許してあげましょう」

「助かるよ」


 あっさりと機嫌をなおした亜梨栖が、悟に髪を委ねる。

 昨日宣言されたように、これからも悟は亜梨栖に誘惑され、振り回されるだろう。

 それも悪くないな、と心の片隅で思いつつ髪を整えていくのだった。





「はいよ! 豚骨味玉ラーメンメンマトッピング二つだ! 兄ちゃんはチャーハンもだな!」


 前回来た時と同じく、店長が悟達のラーメンを持ってきてくれた。

 溌剌はつらつとした笑顔は見る人を元気にさせるものだが、瞳は生温かく細められている。

 その視線には反応せず、小さく会釈えしゃくして亜梨栖と共に手を合わせた。


「「いただきます」」


 乳白色のスープに麺を絡ませてすすれば、豚骨の濃い味が二週間ぶりに体に染みわたる。

 亜梨栖も最近ではかなり表情豊かになっているが、やはりラーメンを食べている際の表情は一段と柔らかい。


「んー。たまんないです」

「ああ。久しぶりに食べるラーメンは美味いな」

「最近はカップ麺も食べてませんからね」

「カップ麺よりも美味しい飯をアリスが作ってくれるからな。いつもありがとう」


 普段の食事は充実しており、インスタントラーメンを食べる機会がなくなっている。

 亜梨栖はそういうものを毛嫌いしていないとはいえ、食べようとすれば彼女が何か作りそうだ。

 真っ直ぐな褒め言葉と感謝を送れば、雪のような白さの頬に僅かに赤みが差す。


「毎日お礼を言ってくれるだけでも十分なのに、こんな時にも言わないでいいですよ……」

「感謝は大事だろ? アリスが作ってくれるのを、当然だと思いたくない」

「……感謝してくれるのは嬉しいんですが、それはそれで複雑ですね」


 おそらくだが、亜梨栖としては今の生活を当然だと思って欲しいのだろう。

 けれど感謝というのは、作る側としては本当に嬉しいものなのだ。例え、それが短い言葉であっても。

 悩まし気に眉を寄せつつラーメンを啜る亜梨栖に、くすりと笑みを零す。


「あくまで感謝を忘れないって事だよ。アリスと過ごすのは、とっくに当たり前になってるっての」

「それならまあ、よしです」


 改めてこれからも一緒だという事を誓えば、亜梨栖が淡く紅色に色づいた頬を緩ませた。

 そして二人してラーメンを平らげていくが、今回悟が食べるのはそれだけではない。

 これぞチャーハンというべきパラパラの米を口に含む。

 サイドメニューとして十分すぎる料理に舌鼓したづつみを打っていると、正面から興味深そうな目が向けられた。


「おいしそうですね」

「ん? 食べるか?」


 頼んだのが悟とはいえ、独り占めするつもりなどない。

 レンゲを置いて亜梨栖にチャーハンを差し出せば、澄んだ紅の瞳が悪戯っぽく細まった。


「でしたら、お願いが――」

「駄目だ。ラーメン食ってるのにそんな事する訳ないだろ」


 亜梨栖の言いたい事を察して、言葉にする前に釘を刺す。

 付き合っていない男女がする事ではないし、ラーメン店でするような行為でもないのだから。

 やりたい事を却下されたからか、小さな唇が不満そうに尖った。


「むぅ……」

「拗ねてもしないからな」

「…………分かりましたよ。まあラーメン店で食べさせ合う男女なんて、傍から見れば爆発して欲しいでしょうからね」

「そういう事だ」


 逆の立場になった場合、悟はその男女に殺意を抱きそうだ。

 そういうのは、もっと別の場所でして欲しい。

 同意したものの、亜梨栖が心なしか肩を落としつつチャーハンを口に含む。

 堂々と悟が使ったレンゲを使用したので間接キスなのだが、気にしない事にした。

 そして全ての料理を平らげ、レジへと向かう。

 やはりというか、そこには生温い笑みの店長がいた。


「ラーメン食べるだけだってのに、お熱いねえ」

「いや、何もしてませんから」

「おいおい。食べながらお互いに笑ってて、しかもチャーハンを当たり前のように分け合ったんだぞ? それがいちゃついてないとでも?」

「……」


 悟は亜梨栖といちゃついたなどと思っていなかった。

 しかし彼の言葉から察するに、食べさせ合っていなくても恋人のやりとりに見えたらしい。

 思わず頬を引きらせると、けらけらと笑われた。


「意外といちゃつく質なんだな」

「それは――」

「そうなんですよ。でも、そういう所も好きなんですけどね」

「かー! お嬢ちゃんべた惚れだねぇ!」


 照れくさそうに淡く穏やかな笑みを浮かべる亜梨栖に、店長が機嫌を良くする。

 今更恋人ではないと言えるような空気でもなくなったので、完全に諦めて財布を開く。


「それで、いくらですか?」

「おっと、揶揄からかいすぎちまったな! 二千四百円だ!」

「五千円で」


 仏頂面でお金を差し出すが、店長は堪える事なくからりとした笑みを浮かべた。


「おう、釣りだ! また来いよ!」

「はぁ……。ごちそうさま」


 高校生と明らかに恋人のような空気を出していたにも関わらず、店長はむしろ嬉しそうだ。

 もしかすると、亜梨栖が高校生だと分かっていないのかもしれない。

 しかし、店長ならば亜梨栖の年齢が分かったとしても喜びそうな気がする。

 有難くはあるが、この店に来ると毎回こういう風に揶揄からかわれるはずだ。

 肩を落としつつ、店を後にする。


「あ、あの。お金……」


 扉を閉めれば、おずおずと亜梨栖が悟を見上げた。

 別に奢っても問題はないのだが、彼女は喜ばないだろう。

 それに、付き合っているような事を店長に言ったお仕置きをしなければ。


「…………千円だ」

「はい!」


 お金を払わなければならないにも関わらず、亜梨栖は嬉しそうに破顔してお札を取り出す。

 悟の予想通りではあったが、それはそれで大人としてどうなのかと内心で落ち込む悟だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前回来た時には言われなかったカップル発言が二人の関係が進んだのを客観的に伝えててよきよき [一言] 我慢してるようでできてないぞ悟ぅ! 無意識イチャイチャごっつゃんです!
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