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第44話 夜のデート

 車で移動する事四十分。ようやく目的地である公園に着いた。

 日はとっくに落ちており、そのせいでいくら人気スポットといえど、周囲には殆ど人が居ない。


「わぁ……!」


 車から降りて公園の中に入れば、視界をピンク色の花びらが埋め尽くした。

 亜梨栖ありすもお気に召したようで、深紅の瞳を輝かせて感嘆の声を漏らしている。

 悟も改めて周囲に視線を送ると、満開に咲き誇る沢山の桜の木に圧倒された。


「初めて来たけど、凄いな」

「はい! 凄く、綺麗……!」


 鮮やかな桜が街灯の光を受けて、それ自体が光っているように見える。

 そして、そんな桜を屈託くったくのない笑顔で見つめる亜梨栖は、とても絵になっていた。

 この一瞬を写真に撮って、飾りたいと思うくらいに。


「という訳で、夜の花見だ。飯も用意してないし、ただ見るだけだけどな」

「全然構いません。むしろ私に合わせてくれて、ありがとうございます」

「……ま、そりゃあバレるよな」

「当然じゃないですか」


 なぜ夜にしたのかなど、亜梨栖には言葉にせずとも伝わってしまう。

 肩をすくめて苦笑すれば、ふわりと柔らかい微笑みが向けられた。


「ほら、行きましょう?」

「おう」


 大人である悟が居る以上、補導される心配はない。

 それに車という移動手段もあるので、時間に追われてもいないのだ。

 目を奪われる程に美しい桜の中を、亜梨栖と肩を並べてゆっくりと歩く。


「花見なんてこれまで行きませんでしたが、良いものですね」

「ああ。しかも夜桜と来たもんだ。俺はこっちの方が好きだな」


 昼間に見られる桜も悪くないが、夜だと特別感がある。

 亜梨栖と一緒だからというのもあるが、今まで花見をした中で心が弾む。

 比べるような言い方に、彼女が首を傾げた。


「普通の花見をした事もあるんですか?」

「大学時代にな。まあ、花見と言いつつも飲みだったけど」


 酒を飲む口実や、男女の仲を深める目的で企画された花見に参加した事はある。

 話を合わせて時間まで乗り切るのが苦痛で、二回目は行かなかったが。

 あまり良い思い出ではないので顔をしかめれば、表情から読み取ったのか亜梨栖が気遣わし気な表情になった。


「大学生も良い事ばかりじゃないですね」

「俺がコミュ症なだけだけどな」


 折角関係を一から作れるのだからと張り切って、それまでより人当たりを良くした。

 しかし元来の性格は変えられず、人と関わるのが苦手なせいで、それなりに友人が出来た程度で止まってしまったのだ。

 ただ、それは悟が変わり者なだけで、大学時代を謳歌おうかした人の方が圧倒的に多いだろう。

 自嘲気味に呟けば、亜梨栖が小さく唇を尖らせる。


「そんな事はありません。兄さんと居て、話し辛いと思った事はありませんよ」

「それは亜梨栖が俺の事を昔から知ってるからだ。俺がもっと周りと仲良くしていれば、あんな事は起きなかったのかもな……」


 過去に戻れはしないし、戻ったとしても悟は昔と変わらず過ごすだろう。

 それでも、万が一の可能性があったのかもしれない。

 大学時代ではないが苦い思い出を振り返り、空を見上げる。

 顔を戻せば、亜梨栖が心配そうな表情で悟を見上げていた。


「大丈夫ですか?」

「ああ。これも、後でちゃんと話すよ」


 折角の花見なのだ。まずはこの景色を楽しみたい。

 空気を乱した事を謝罪すれば、柔和な表情が返ってきた。


「分かりました。ちゃんと聞きますね」

「ありがとう」

「いえいえ。それにしても、こんな景色を貸し切りだなんて贅沢過ぎますね」

「結構有名な場所なんだけどな。でも、こんな場所を貸し切りだと優越感あるよな」

「はい。最高のお花見日和ってやつです」

「日和、の割には日光なんてないけどな」

「確かに。おかしいですね」


 空は快晴だが、今は日の光がない。

 言葉遊びをすると、亜梨栖が喉を鳴らして笑った。

 そのまま他愛のない話をしつつ、道に沿って公園を一周する。

 最後に、歩いている際にずっと見えていた、公園の中心にある一際大きい桜の木へと向かった。


「凄い……」

「迫力あるなぁ……」


 間近で見た事で、その大きさに圧倒される。

 ちらりと横を見れば、亜梨栖が口の端を緩めつつ呆けたような顔をしていた。


「公園をまわるだけだったけど、どうだった?」

「大満足です。楽しかったですよ」

「そっか。ならデートは成功だな」


 酔った頭で考えた企画だったが、亜梨栖に喜んでもらえて心が少しだけ軽くなった。

 ただ、やるべき事が一つ残っている。

 いよいよその時が来たのだと、怖気づきそうになる心を奮い立たせ、拳を握り込んだ。

 ゆっくりと桜の木の元に向かうと亜梨栖がついて来そうになったので、手で制する。

 木の幹に触れてくるりと振り返れば、表情がしっかりと見えつつも簡単に触れ合えない距離に彼女がいた。


「俺には、ずっとずっと前から好きだった人が居るんだ。初恋で、一目惚れだよ」


 突然語り出したからか、亜梨栖が僅かに目を見開く。

 それでも話の腰を折るつもりはないようで、寒気がする程に真剣な瞳で悟を見つめた。


「それは、誰ですか?」

「三城亜梨栖。誰よりも大切な、俺の幼馴染だ」


 決して言い間違いではないのだと、目の前の少女に告げた。

 銀色の髪が揺れ、紅玉のような瞳に一瞬だけ歓喜の色が宿る。

 しかし、すぐに人形のような無表情へと戻った。


「じゃあ、何で私を振ったんですか? 私を置いて行ったんですか?」

「まずは年齢、だな」

「言ったでしょう? 世の中には七歳差で結婚した人なんて沢山居ます。もちろん、それ以上も」

「じゃあ、中学生が幼稚園児に恋をしてもいいのか?」


 悟が中学一年生の時に、亜梨栖はまだ幼稚園児だった。

 それほどまでに歳の差がある少女に恋をするなど犯罪だ。狂っている、と言っても良い。

 それでも、悟の中には確かに亜梨栖への恋心はあったのだ。

 いくら歳の差など関係ないと言う彼女とて、その危険性を理解しているのだろう。形の良い眉が僅かに歪む。


「なら、私が成長するまで待てば良かったじゃないですか」

「それまでずっと傍に居るなんて、変態のそしりはまぬがれないな」


 幼稚園児が立派な大人になるまで傍に居続ける七歳上の男。

 あまりにも異常過ぎて、乾いた笑いが口から漏れ出た。

 すると亜梨栖は顔にいきどおりを浮かばせる。


「だから離れたんですか? 兄さんにとって、私は、初恋は、そんな簡単に諦められるものだったんですか?」

「……ハッキリ言うとな。アリスが俺から離れない限り、ずっと傍に居るつもりだったんだよ」

「なら――」

「でも、俺は気付いてしまった。自分がどんなに醜い存在だったのかを。どんな最低な考えを持っていたのかを」


 ずっと傍に居るだけでも世間一般からしたら異常なのに、それ以外にも罪があるのだ。

 あまりにも業が深すぎて、落ち込むどころか口の端が吊り上がる。

 その態度がどんな風に映ったのか、亜梨栖が呆けたように固まった。


「俺の父親の話。アリスは知らないよな」

「は、はい。奏さんも兄さんも話そうとしませんでしたから。でも、亡くなった私のお父さんと違って離婚とは知ってます」


 亜梨栖の父親は彼女と同じ体質で、なおかつ体が弱かった。それは悟も彩から聞いている。

 しかしこの場には関係がないので、申し訳ないが話を進めさせてもらう。


「なら、それも含めて教えるよ。母さんを利用したクソッタレな父親。その血を半分受け継いだ俺がどんな人間なのか。まずはそこからだな」


 約十年前。中学三年生になってようやく自覚した、あの出来事を。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほどお花見でしたか。3月下旬のイベント何かあったっけと悩んでましたよ〜 やはり父親の性格?が発端ですか。はてさて、どんなものだったのか
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