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第31話 同期と後輩

 火曜日の仕事は昨日と変わらず、年度末という事で忙しい。

 十七時を知らせるベルが鳴り、気分を変える為に席を立つ。

 建物の外に出て、悟が休憩所代わりにしている自動販売機前に着けば、そこには同期の信之(のぶゆき)がいた。


「悟も残業かい?」

「そういう信之も同じみたいだな」

「年度末は大変だねぇ……」

「そうだなぁ……」


 どの部署であっても三月末の忙しさは変わらない。

 社会人の辛さに溜息を落とすと、信之が不思議そうに首を傾げた。


「でも、今日の悟は元気だね」

「そうか?」

「うん。体の調子が良さそうだよ」

「体の調子か……」


 確かに今日は朝から体が軽く、仕事もはかどった。なので残業とはいえ、昨日よりも早く帰れるだろう。

 そして、その理由にも心当たりがある。


(アリスがマッサージしてくれたからだろうなぁ……)


 たった一度してもらっただけだが、効果はあったようだ。

 亜梨栖も楽しそうにしていたし、これからは負担にならない程度にやってもらおう。

 とはいえ、「女子高生にマッサージしてもらったからだ」と言えはしない。


「それは多分、昨日早めに寝たからだな」

「それで疲れが取れてるんだね」

「でも、仕事が疲れるのは変わらないけどな」

「確かに」


 悟も信之も望んで就職はしたものの、残業する程に仕事熱心ではない。

 出来る事なら、定時である十七時で帰りたいというのが本音だ。

 二人して苦い笑みを浮かべれば、信之が表情を明るいものに切り替えた。


「そうだ。明日は皆定時で上がれるし、一年間お疲れ様って事で飲みに行かない?」

「飲みか……」


 家に亜梨栖が居るとはいえ、他の全てをないがしろにして帰る必要はないはずだ。

 酒を飲む事に関しても、昨日の時点で一応のお許しが出ている。

 それでも、亜梨栖に確認を取るべきだろう。


「一度帰って決めていいか?」

「うん? まあいいけど……」


 すぐに決めない事に、信之がいぶかしむ。

 しかし何か事情があると思ったのか、何も聞かないでくれた。


「折角だし、ひいらぎさんも誘ったら? 多分、今も働いてると思うし、息抜きにちょうどいいと思うんだけど」

「あいつか……」


 悟や信之と同じ会社に働いている、一つ下の後輩の顔を思い出す。

 最近顔を見に行っていないが、信之の言う通り休憩時間も働いているのだろう。


「よし、聞いてくるか。ついでに様子も見てくるよ」


 自販機に金を入れ、ミルクティーのペットボトルを買う。

 確か、彼女の好物だったはずだ。


「あれでどうして彼女が出来ないのかなぁ……」


 信之に背を向ければ、呆れた風な声が届いたのだった。





「柊は……、いた」


 自動販売機から戻り、悟の職場の下の階に立ち寄る。

 中を覗けば、休憩時間にも関わらず、パソコンにかじりついている女性がいた。

 黒髪を肩まで伸ばし、どこか自信なさげな表情で仕事をしている。

 仕事の用もないのに勝手に入るのは良くないが、こういう時くらいはいいはずだ。

 彼女の元に歩いていき、「おい」と小さく声を掛けた。

 悟の存在に気付いていなかったようで、びくりと華奢な肩が跳ねる。 


「ひゃぁ!?」

「……大声を出されると困るんだが」


 悟のように息抜きとして外に出ている人も居るが、机で一息ついている人も居るのだ。

 じろりと鋭い視線を向けられたので、小さく頭を下げた。

 悲鳴を上げた本人はというと、あわあわと手を顔の前で振っている。


「す、すみません……」

「取り敢えず、休憩しに行くぞ」

「え、えっと、はい」


 小さくはあるが、各階にも休憩所はある。

 そこに彼女を連れていき、ペットボトルを渡した。


「ほら、飲んどけ。どうせ休憩もせずに仕事してたんだろうが」

「あ、ありがとうございます」


 彼女がミルクティーを口に含み、一息つく。

 余程神経を使っていたようで、安堵の表情をしつつはあと大きな溜息を吐き出した。


「前も言っただろうが。そんなに根を詰めても良い事なんてないって」

「それはそうですが、昔の癖が抜けなくて……」


 しゅん、と肩を落とす小動物的な女性――柊佳奈(かな)は半年ほど前に入社した後輩だ。

 悟とてその頃は社会人となってまだ半年しか経っておらず、ようやく社会での生き方を学んだ頃だった。

 なので先輩風を吹かせるつもりはなかったのだが、明らかに憔悴しょうすいしている彼女を見ていられなかったのだ。

 その結果、ごく偶にこうして様子を見ている。


「あのなぁ……。頑張るのも大事だけど、無理なものは無理って言えばいいんだよ」

「いえ、やれる事はやらないといけませんから」

「……半年経っても変わらないなぁ」


 悟は半年間働いて無理は良くないと学んだが、佳奈は違う。

 間違いなく、以前働いていた職場の影響だ。

 抱え込みがちな彼女に頬を引き攣らせるが、頭を振って空気を切り替える。


「まあいいか。明日、俺の都合が良ければ飲みに行かないか? 信之も一緒だけど」

「飲みですか!? あぁ……、久しぶりに行きたいですねぇ」


 虚ろな目をしつつ乾いた笑みを浮かべる佳奈の姿は、日ごろのストレスの大きさを物語っていた。

 信之とも悟伝いで顔見知りだし、かなり前には三人で飲みにも行っている。

 なので抵抗はないらしく、むしろ乗り気のようだ。


「なら、明日の昼にでも行けるかどうか連絡するよ」

「お願いします! 久しぶりのお酒だぁ!」


 先程までの疲れた様子から一転して、佳奈が表情を満面の笑みへと変えた。

 おそらく亜梨栖は許可してくれるはずなので飲みに行けるだろうが、荒れるかもしれない。

 溜息をつきつつ、上機嫌に席へ戻る彼女を見送るのだった。

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