第20話 荷解き
いくら荷解きが後回しでいいとはいえ、生活に必要なものは今日中に出さなければならない。
なので昼食を摂って少し休憩してから、これから亜梨栖の部屋となる物置部屋に来ている。
「これくらい私一人でも何とかなりますよ」
「そうかもしれないけど、手伝った方が早く終わるだろ?」
悟と同じく、亜梨栖はあれこれ物を置かない性格だ。
五年の間で変化するかと思ったが、変わらなかったらしい。
部屋には引っ越し業者が運んだ勉強机に本棚、下着等を入れるであろう収納ボックス、そしてベッドがあるだけだ。
衣類等が入っているであろう段ボールも、それほど数は多くない。
亜梨栖の言い分は分かるが、同居人が必死に荷解きしているのに、同じ家に居ながら何もしないというのは気が済まなかった。
悟の提案を受け、彼女は苦笑の形に唇を歪める。
「まあ、そうですね。それに兄さんは意地でも手伝おうとするでしょうし、無理のない範囲でお願いします」
「おう。取り敢えず一番にやることは、あの光を無くす事だな」
昼を過ぎ、三月末の温かい光は容赦なく部屋に入ってきている。
流石に部屋に入ってきたばかりの悟達の場所までは届かないが、これから作業する上で間違いなく障害となるだろう。
事前に準備するものは要らないと言われていたので、亜梨栖が遮光カーテンを持ってきているはずだ。
「という訳で、カーテンはどこに入ってるんだ?」
「え、っと……」
亜梨栖がいくつかある段ボールへと視線を移し、カーテンを探しだす。
引っ越し業者が運んで来た際には気付かなかったが、段ボールの側面をよくよく見れば、中身が分かるように小さくマジックペンで内容物を表示していた。
なのでそれほど時間を掛ける事なく、段ボールの一つをほんのりと顔を曇らせた亜梨栖が指差す。
「これですね」
「よし、じゃあ開けるぞ」
ガムテープを破り、分厚い黒のカーテンを取り出す。
カーテン自体はシンプルなものだが、拘りがあるのか白のレース状のカーテンも入っていた。
ほぼ光を遮れないので、おそらく見た目だけのものだろう。
それでも女の子らしさのあるカーテンに、悟の頬が緩んだ。
「可愛いものを使ってるんだな」
「……私が何を使ってもいいでしょう?」
「もちろん。亜梨栖が女の子になったなって思っただけだ」
指摘された事が恥ずかしいのか、亜梨栖はほんのりと頬を赤らめて悩ましそうな顔をする。
じろりと睨まれたが、そんな顔では迫力などない。
くすりと笑みを零して褒めれば、白い頬が一瞬で真っ赤に染め上げられた。
「茶化さないでください!」
「そんなつもりはないから。それじゃあ失礼するぞ」
これ以上カーテンについて触れると、亜梨栖の頭から煙が出そうだ。
話を切り上げて、まずは黒のカーテンを取り付ける。
そして透けた白のカーテンを取り付けて、太陽の光が完全に遮られた。
「よし、こんなもんかな。気に入らなかったら後で弄ってくれ」
今は日光が入ってきているので駄目だが、夜になれば亜梨栖も触る事が出来る。
小学生の時ならまだしも、今の彼女の細かい感性までは分からない。
一仕事終えて亜梨栖の元へ帰ると、納得いかなさそうに小さく唇を尖らせていた。
「いじわるです」
「いじわるなんかしてないって」
「……それと、ありがとうございます。今の時間だと、ちょっと危なかったので」
思いきり拗ねつつも、何だかんだで感謝を忘れないのが亜梨栖らしい。
ただ、彼女にとって何が危険かなど分かりきっているので、畏まる必要はないと肩を竦める。
「ちゃんと分かってるから、気にしないでくれ」
「本当に、兄さんはいじわるです」
言葉とは裏腹に、亜梨栖が穏やかな笑みを湛えて悟を見つめた。
おそらくだが、感謝の言葉くらいきちんと受け取って欲しいのだろう。
先程は流せたのだが、今度は悟の心臓が弾んでしまう。
「何がだよ。ほら、荷解きをしようか」
「はい。よろしくお願いします」
妙に気恥ずかしくて話題を逸らせば、柔らかく破顔して亜梨栖が頷いた。
もしかすると、悟の内心は見透かされているのかもしれない。
尋ねる事も出来ず、亜梨栖と段ボールを開けていくのだった。
荷解きは順調に進み、もう殆どの段ボールが畳まれている。
この調子だと、今日中に荷解きが終わるはずだ。
亜梨栖が内容物を書いてくれたお陰で、特にトラブルも起きていない。
このまま無事に終わるかと思ったが、亜梨栖が取り出し始めた段ボールの中身を見て固まった。
「ア、アリス、それ……」
「下着ですが、何か?」
どうして動揺しているのか分からない、と言いたげに亜梨栖がコテンと首を傾げる。
悟が声を掛けたせいか作業が止まってしまい、手に持っているレース着きの水色の布が揺れた。
先日はよく見れなかったが、こういう物も女の子――どちらかというと女性と言った方が正しいかもしれない――らしくなったと、思考の冷静な部分が呟く。
しかし、頭を振って馬鹿な考えを追い出した。
「いや、俺が見てる所で堂々としないでくれ」
「別にこれくらい気にしませんが」
「……前は見られて気にしてただろうが」
「あれは使用後だったからです。汚れがついた下着を見られるのは、私だって恥ずかしいですよ」
申し訳ないと思いつつも先日の件を持ち出せば、思い出したのか亜梨栖が淡く頬を染める。
妙に生々しい台詞に、悟の心臓が虐められた。
「もう少し、言い方ってものをなぁ……」
「他にどんな言い方をしろと? 使用後は使用後ですし、汚れるのは確かじゃないですか」
「いや、まあ、そうなんだけど」
「という訳で、私は気にしませんので続けますよ」
亜梨栖が澄ました表情で下着を再び整理し始める。
とはいえ頬の赤みは引いていないので、もしかすると悟が指摘したせいで少しは意識したのかもしれない。
そうなると悟を追い出しそうなものだが、亜梨栖は淡々と作業している。
よくよく考えると、このくらいあっさりしている方が同居のトラブルは起きないのだろう。
しかし床に広げられた色とりどりの下着に、亜梨栖の女性として大切な所の大きさが分かる物に、思考が茹っていく。
(……辛い)
亜梨栖の言う通り、履いてもいなければ使用後でもない下着は、ただの布切れなのかもしれない。
それでも、小学生だった亜梨栖が大人っぽい下着を持っているという事実が、悟の頭を思いきり殴ってくる。
そして、知ろうと思えば亜梨栖の大きさが詳しい所まで知れてしまうのだ。
悟のパジャマを貸した際にも気付いたが、母性の塊はやはり大きめだと思う。
男を乱すそれらに目が釘付けになっていると、流石に気が付いたのか亜梨栖が悟へと視線を向けた。
「そんなに見つめてどうしました? これは、ただの、布切れ、ですよ?」
悟に理解させるように、わざわざ強調して説明する。
ただ、亜梨栖の表情は小悪魔めいた笑みだ。
間違いなく、悟の内心を見抜いているのだろう。
「ああでも、童貞さんには刺激が強いかもしれないですね?」
今年二十四歳になる男にとって、女性からの童貞という言葉は鋭い刃だ。
それだけなら傷付くだけだが、ひらひらと布切れを振られて、体に熱が灯り始めた。
このままでは体に熱が集まりそうで、荷解きを放り出して亜梨栖に背を向ける。
「畜生! 童貞って言うなー!」
大人として、女子高生にからかわれている今の状況は凄まじく情けない。
それでも、今すぐにこの場を逃げ出したい気持ちが勝った。
感情に従って部屋を飛び出す。
「ふふっ。兄さんは純情ですねぇ」
最後に見たのは、耳まで真っ赤にしつつも嬉しそうな微笑みを浮かべる亜梨栖だった。




