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第17話 懐かしい思い出

 茜色の空の中、中学校の制服を着た少年がランドセルを背負った少女の手を引いて歩いている。

 少女が小さな傘を持ち上げて少年を見上げ、花が咲くような笑みを向けた。


「きょうもありがとう、おにいちゃん!」

「どういたしまして。でも、日差しには気を付けてね」

「えへへー。うん!」


 少年の心配する声に、再び少女が弾んだ笑顔を返す。

 しかし、小さな傘から真っ白な手が出てしまっていた。

 たかが夕焼け程度、普通の人には何も影響はないが少女は違う。

 心配になったのか少年が苦笑を零し、手を放そうとする。

 すると、少女がぷくっと頬を膨らませた。


「やだ」

「でも、焼けるかもしれないよ?」

「だいじょうぶだもん! ちゃんとひやけどめをぬってるもん!」

「……分かったよ」


 溜息をつきつつも強引に手を放しはせず、少女の歩調に会わせて少年が歩く。

 傘を太陽の方向へ傾け、出来るだけ少年を見ようとする仕草が愛らしい。

 ただ、その顔が急に曇った。


「……おにいちゃん。わたし、またこわがられたの」


 真っ白な髪と深紅の瞳を持つ少女は、幼稚園の頃から恐怖の対象になっていた。

 そのせいで友達はおらず、それは小学生になっても変わらないらしい。


「わたし、すきでこんないろになったんじゃないのに……」

「そうだよね。でも、気にしないでいいんだよ」


 少年が少女の手を少しだけ引き、笑顔を向ける。

 その表情には、少女への恐怖など欠片も込められていなかった。


「アリスちゃんの髪も目も、凄く綺麗なんだから」

「……っ! おにいちゃん、だいすき!」


 初めて会った時にも伝えた感想を口にすれば、少女の顔が歓喜に彩られた。

 真っ直ぐで純粋な好意をぶつけれられ、少年の頬に僅かに朱が差す。

 何かを押し込めるように溜息をついて、少年は少女へ苦笑を向けた。


「そういうのは、もっと後にとっておこうね」

「あと?」

「そう。アリスちゃんが好きになった人に、そういう事は言うべきだよ」

「わたし、おにいちゃんがすきだよ?」


 何か間違っているだろうか、という風に無垢な表情で少女が首を傾げる。

 異性への恋愛感情と親愛の違いが分からない少女に、その違いが分かる年齢の少年が大きく肩を落とした。

 詳しく話すとややこしい事になると判断したようで、呆れ交じりの視線を少女へ向ける。


「……僕もアリスちゃんが好きだよ」

「わあ! ありがとう!」


 親愛を込めているだろう言葉を少年が送れば、少女が満面の笑みを浮かべた。

 あえて少女の言葉に反応せず、二人は手を繋ぎながらゆっくりと歩く。


「今日の晩御飯はどうしようかなぁ」

「かれー!」

「じゃあそうしようか」

「やったぁ!」


 喜びを全身で示すかのように少女が飛び跳ね、少年の腕に抱き着いた。

 慌てて少年が傘を持ち、少女への光をさえぎる。

 そんな二人の姿は、紛れもない仲良しの兄妹に思えた。





 頭の中に電子音が鳴り響く。

 強制的に意識を覚醒させられ、恨みをぶつけるようにスマホを叩いて音を消す。

 体を起こし、大きく息を吐いた。

 

「夢、か……」


 亜梨栖ありすが小学生になったばかりの、懐かしい思い出。

 以前と違って懐かしさだけが胸に残っているのは、亜梨栖が悟を取り敢えず許してくれたからだろう。

 あの夢のように仲の良い幼馴染として過ごせば、穏やかな日常を過ごせるはずだ。

 しかし、彩の言葉が蘇ってくる。


「……駄目だって。俺は、あんな男の息子なんだから」


 妻であったはずの彩を利用するだけ利用し、あっさりと捨てた父親。

 そんな最低な父親の息子だと自覚したのは、あの夢から約一年が経過してからだったはずだ。

 胸に苦いものが込み上げてきて、これ以上の思考は危険だとかぶりを振る。


「取り敢えず、準備しよう」


 機械的に体を動かし、顔を洗って歯磨きを終える。

 喉が渇いたのでキッチンに向かえば、冷蔵庫を見て作り置きの料理と置き手紙がある事を思い出した。


「今日は何か買うか」


 この場に亜梨栖は居ないのだから『出来る限り食べるように』という忠告を聞く必要はない。

 それでも悲しそうに眉を寄せる少女の姿が頭に浮かび、コーヒーのみで済ませるという気はなくなった。

 そして、亜梨栖が作ってくれたおかずも味わって食べなければならない。

 適当におにぎりでも買おうかと思いつつ、コップに水を注いで飲み干す。

 玄関で靴を履き、後ろを振り返った。

 当然ながら、そこには少女の姿など存在しない。


「いってきます」


 誰も返事をしてくれない事に虚しさを抱きつつ、家を後にするのだった。





「今日は溜息が多いねぇ」


 今は仕事の休憩時間中で、気分転換に自動販売機でコーヒーを飲んでいる。

 思いきり息を吐き出せば、横に居る背の低めな男性が苦笑した。


「まあ、ちょっと、な」

「溜息をつくと幸せが逃げるよ?」

「それなら信之のぶゆきは俺より不幸せになってるな」

「僕のは幸せの溜息だから大丈夫!」


 会社の同期であり、明るい太陽のような笑みを浮かべる前坂まえさか信之は既に結婚している。

 男らしい名前とは裏腹に容姿が若く中性的で、先日は高校生と間違われたらしい。

 たまに悩み相談という名の嫁への惚気のろけで悟を呆れさせるが、気楽に話す程度には信用していた。


「それを一番に受ける俺の身にもなって欲しいんだが?」

「悟は女心を良く分かってるからねぇ。何だかんだ言って一緒に悩んでくれる事も多いし、話しやすいんだよ」


 悟は亜梨栖と一緒に居た時間が長いので、女性とはどういうものかを多少知っているだけだ。

 とはいえ悟の相手は小学生だったので、成人女性とは違う事も理解している。

 なので割と適当に相槌あいづちを打っていたのだが、いつの間にか気に入られてしまった。

 信之も全てを熱心に聞いてくれるとは思っていないようなので、こちらとしても助かっている。

 ただ、今の悟を悩ませているのはまさしく女性の事だ。

 内心を分かった気になる事などおこがましいと、唇の端を吊り上げて溜息と共に鼻で笑う。


「女心ねぇ……。難しいよな」


 嫌われて当然のことをしたにも関わらず、未だに慕ってくれるどころか、同居すら提案した亜梨栖。

 同居の理由は確かにあるが、それだけで提案したとは思えない。

 昔のように仲の良い幼馴染として頼られたのか、それとも別の理由があるのか。

 仕事中に頭の片隅で考えたが、思いついたのはあまりにも都合が良くて、絶対に受け入れられない理由だ。

 有り得ないだろうと再び溜息をつきつつ言葉を零せば、信之の目が輝いた。


「なになに!? ついに悟にも気になる人が出来たの!? いやー、悟みたいに格好いい人に恋人が居ないなんて有り得なかったんだよね! 大学の時も居なかったんでしょ?」

「……勘弁してくれ」


 言葉から察するに、褒めてはくれているのだろう。

 しかしあまりにも勢いがあり過ぎて、どこから話せばいいか分からない。

 頭痛を覚えてこめかみに手を当てれば、信之が僅かに距離を詰める。


「どんな人なのさ! 普段のお礼として、何でも聞くよ!」

「ああもう、勝手に話を進めるな!」


 一度落ち着いて欲しいと、強引に話を切った。

 流石にやりすぎたと自覚したようで、信之がばつが悪そうに顔を顰める。


「あはは、ごめんごめん」

「全く……。気持ちは嬉しいけど、言えないんだ。悪い」


 実は幼馴染が女子高生で約一週間後に同居する、などと言えはしない。

 信之の事はある程度信用しているが、内容が内容なので慎重にならざるを得ないのだ。

 それに、ここには他にも休憩している人がおり、こんな場所では危険過ぎで言えない。

 何か事情があると判断してくれたらしく、信之の顔からあっさりと興味の色が消える。


「分かった。じゃあ気が向いたら教えてね」

「助かる」


 引き際をわきまえる大人としての対応に感謝を述べつつ、仕事へと戻るのだった。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 過去アリスかわゆす! [一言] ついに悟の会社内にスポットが! といっても会社内だけでの付き合いっぽい? まぁ字面だけでみるとだいぶアウトって思われるから相談はできないですよねぇ。
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