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最終話 大人になった恋人と

「――以上をもって答辞とさせていただきます」


 毎日聞いても飽きる事のない、鈴を転がすような聞き心地の良い声にふと昔を思い出していた。

 あまり学校の事を話さないが、どうやら答辞を任せられる程に彼女は優秀だったらしい。

 その時まで悟に黙っていたのは、自慢する事でもないと思ったのか、それとも単に恥ずかしかったのか。

 何にせよ、長く伸びた銀髪を揺らめかせ、背筋を伸ばして堂々と話す彼女の姿は絵になっている。


(ホント、懐かしいな……)


 ずっと好きだった少女と再会し、急に一緒に住む事になってもう少しで二年が経つ。

 ついさっきまで初めて一緒に行った夏祭りを振り返っていたが、あれからも色んな事があった。

 信之や美琴、佳奈や真奈とキャンプに行ったり、正月に集まって盛り上がったり。

 仕事はそれなりに大変だったし、相変わらず恋人とは堂々と手を繋ぐ事が出来なかったが、それでも充実した日々だった。

 そんな日々は、今日で一つの節目を迎える。


「これにて卒業式を終わります。卒業生、退場」


 体育館に響くアナウンスの声に、割れんばかりの拍手が始まった。

 涙する者、笑顔で手を振る者、様々な卒業生が居る。

 その中でも、凛とした愛しい少女の姿は非常に人目を引いていた。


「……ふふ」


 ルビーのように輝く瞳が悟へと向けられ、端正な顔が甘く、柔らかく綻ぶ。

 分かってはいたが、彼女にとって卒業式とはあまり感動するものではないらしい。

 というよりは、これからの事に胸を弾ませている気がする。

 見る者を魅了する笑みは悟がよく知っているものだが、それでも心臓が鼓動を早めた。

 同時に、彼女のすぐ傍でその笑顔を見た男子生徒達が呆けたように固まる。

 気持ちは分かるが、彼女は悟のものだ。


(にしても綺麗になったなぁ、アリス)


 優越感で胸を満たし、悠然と歩く亜梨栖を眺める。

 再会した時よりも髪は伸びており、今は腰に届く程の長さだ。

 美しい顔立ちからは以前よりも子供っぽさが消え、悟の隣に立っても違和感がない程に大人びている。

 むしろ、亜梨栖が綺麗になり過ぎて悟が置いていかれそうだ。

 そんな事を口にするとおしおきとして襲われるので、本人の前では言わないが。


「さてと。それじゃあアリスが帰ってくるまで待ちますかね」


 ほんの数回しか入った事のない学園なので、残念ながら悟に未練などない。

 強いて言うのなら、亜梨栖の制服姿を見れなくなるのが少し寂しいくらいか。

 グレーゾーンの思考を沈め、卒業生の退場を見送って他の保護者と一緒に体育館を後にする。

 本当は亜梨栖の晴れ舞台を見たかっただろうに、その権利を譲ってくれたかなでには何かお礼をしなければ。

 とはいえ、実際の所は仕事が忙し過ぎて来れなかったし、亜梨栖も「兄さんに来て欲しい」と奏の前で言い放っている。

 その時の奏があまりにも不憫ふびんで譲ろうかと思ったが、亜梨栖の気持ちを汲み取ったのか断られた。

 正門付近で待っていると、最後のホームルームを終えたのか卒業生が昇降口から出て来る。

 しかし、亜梨栖の姿は一向に見えない。


「どうせ理由は分かるけどさ」


 容姿端麗で卒業生代表の答辞まで行ったのだ。最後のチャンスだからと大量に男子が押し寄せているのだろう。

 理解は出来るし、亜梨栖がなびくなど少しも思っていない。

 それでも恋人に自分以外の男子が近付くのは、誰だっていい気分にならないはずだ。

 残念ながら悟にはどうにも出来ないので、通り過ぎる卒業生をぼんやりと眺める。

 中学校の卒業式など思い出したくないし、高校に至ってはもうあまり記憶に残っていない。

 なので、懐かしさは湧いてこなかった。


「お待たせしました」


 時間を潰していると、甘さを帯びた声が悟の耳朶じだを打った。

 声の方を振り向けば、高校生という守られる立場を卒業した恋人がいる。


「気にすんな。どうせ告白されたんだろうしな」

「そうなんですよ! 全く、兄さん以外に興味はないというのに……」


 むっと眉を寄せるだけでなく、頬を膨らませて可愛らしく拗ねる亜梨栖。

 昨日までなら、こんな姿を同じ高校の人が居る前で見せる事は出来なかった。

 けれど、そんな生活は終わったのだ。


「ですので、全員纏めて振ってきました」

「わお。思いきった事するなぁ」

「当然じゃないですか。早く兄さんに会いたかったんですもん」

「……ありがとな」


 どうだ、と言わんばかりに胸を張られて、思わず苦笑を零す。

 他の何よりも悟に会うのを優先してくれた事は嬉しいが、男として完全に相手にされなかった男子生徒に憐憫れんびんを覚えた。

 しかし、今は名も知らぬ男子を気にするよりも、目の前の恋人に伝えたい言葉があると気持ちを切り替える。


「卒業おめでとう、アリス」

「ありがとうございます、兄さん!」


 可愛らしさを詰め込んだ笑顔からは、ずっと今日という日を望んでいたのが伝わってきた。

 悟以外誰も見た事のない笑顔に、周囲がざわつく。


「ここまで長かったなぁ……。よくバレなかったもんだ」

「バレてたら兄さんが犯罪者でしたからねぇ。でも、それも終わりです」


 亜梨栖が悟との距離を一歩詰め、手を伸ばせば触れられる距離になった。

 期待に弾んだ表情と煌きを宿した瞳は、悟にだけ向けられている。


「ようやくここまで来れました。世間的に見ても、私はもう守られるだけの存在じゃありません」

「ああ。アリスはもう立派な大人だ」


 十八歳の成人を迎えただけではない。高校を卒業した亜梨栖はもう大人の仲間入りをした。

 当然ながら一人前とはいかないものの、それでも悟の隣に並び立つ存在になったのだ。

 今まで殆ど口にしなかった言葉に、亜梨栖が瞳を潤ませて感極まる。

 けれど一度瞬きした後の彼女の表情は、いつも悟を揶揄からかう悪戯っぽい笑顔だった。


「では、手を取ってくれますか?」

「勿論。嫌だって言っても放さないからな」


 差し出された手を握り、指を絡ませる。

 保護者の立場である悟と恋人繋ぎをした亜梨栖を見て、周囲の女子が黄色い悲鳴を上げた。

 同時に男子の凄まじい嫉妬の視線も浴びるが、堂々と手を繋げる嬉しさの前には霞んでしまう。

 頬を緩ませ、亜梨栖が差した日傘に入って歩き出す。

 流石に手を繋いだままでは傘を持てず、申し訳ない気持ちはあったが、彼女は気にするなという風に淡く穏やかな笑みを浮かべてくれた。


「嫌だなんて言う訳ないでしょう? 接着剤で固めたいくらいです」

「……そういう科学の力に頼るのは、ちょっと」

「分かってますって。私が実力行使に出ないよう、しっかりと縛り付けてくださいね」

「自分から縛られに行くって特殊過ぎるだろ」


 家の中で過ごす時と同じ軽口を叩き合いながら、ゆっくりと学校を去る。

 恋人として亜梨栖と触れ合っても、もう止めるものは何もない。


「いいんですよ。兄さんなんですから」

「はいはい。答辞、かっこよかったぞ」

「あ、あれは頼まれて仕方なくやったんです! どうしてこのタイミングで蒸し返すんですか!?」

「別に照れなくてもいいだろ? 感想の一つくらい言わせてくれよ」

「どう考えても話を逸らしてますよね!? そういう所は相変わらず狡いです!」

「さあ、何のことやら」


 悟以外誰も知らなかった、ころころと表情を変える亜梨栖。

 日傘で出来る限り隠しているが、それでも周囲には知られてしまう。

 けれど、いっそ見せつけてしまえばいいと思いなおした。


「むぅ……。やられっぱなしは趣味じゃありません」


 亜梨栖が頬を膨らませ、くいくいと腕を引っ張る。

 どうせロクな事にならないだろうなと視線を向ければ、彼女は無防備なまでにあどけなく一切の邪気を感じさせない笑みをしていた。


「大好きですよ、悟さん。これから先も、ずっと隣に居させてくださいね」

「俺の隣はアリス専用だ。居てもらわなくちゃ困る」


 言い負かせたと思うなら甘い。もう遠慮の必要がなくなった悟には、欲望のままに触れ合えるのだから。

 傘を持つ手と反対の方を亜梨栖の頬に触れさせて唇を奪う。

 すぐに顔を離せば、彼女は耳まで真っ赤にしていた。


「俺も大好きだぞ、アリス」

「う、うぅ……。悟さんはやっぱり狡いです……」

「狡くなんかない。アリス限定だからな」


 春の風が薫る中、亜梨栖の手を引いて歩く。

 頬を染めた彼女は顔を俯けていたが、気持ちを切り替えたのかにまにまとした笑みを浮かべた。


「では、その限定を確実なものとしましょう。まずは役所ですね」

「おい、まさか……」


 この状況で役所に向かう理由など一つしかない。

 大胆過ぎる発言に頬を引き攣らせれば、してやったりという風な微笑で首を傾げられる。


「そのまさかですよ。別にいいでしょう?」

「俺、プロポーズしてないんだが?」

「してくれたじゃないですか。『これ』をもらった時に」


 そう言って亜梨栖が胸元から取り出したのは、安っぽい指輪だ。

 チェーンでネックレス状にして普段から身に着けているせいで、かなり痛んできている。

 それでもしっかりと手入れされており、プレゼントしてから一年半以上が経過していても壊れはしなかった。

 当時の恥ずかしい行動を亜梨栖の言葉によって思い出し、頬が熱を持つ。


「いや、まあ、そうだけどさぁ……。改めて言いたかったんだよ」

「では役所へ行った後にでもしてくださいな。それと安くてもいいので、きちんとした指輪が欲しいです」

「……つまり、買いに行くんだな」


 どんどんこの後の予定が決まっていき、亜梨栖のあまりの勢いに低い声を落とした。

 とはいえ、正式に指輪を渡したいとは思っていたので、決して嫌ではない。

 がしがしと頭を掻いて、隣を歩く恋人を引き寄せた。


「こうなったらどこへでもついて行くよ。これからもよろしくな、奥さん」

「ええ、よろしくお願いしますね、旦那さん」


 少し気の早い呼び方がくすぐったくて、二人して笑みを零す。

 幼馴染から恋人へ、恋人から夫婦へ。

 悟達の新たな関係が、すぐそこに迫っていた。

これにて完結です!

普通のお話ではなかったですし、山場と呼べる山場も殆ど無かったですが、ここまで読んでいただきありがとうございます!

ブックマーク、評価ポイント、いいね等、滅茶苦茶励みになりました。

もう一度になりますが、本当に、本当に、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] これも一気に読みました。語彙力なくて面白かったしか言えないのが情けない。次はクールな先輩の話。
[一言]  完結おめでとう御座います。 奥さん、旦那さんエンドはとても良いですね。 っていうか、アリス強すぎでしたね。  とても、楽しいお話を書いて頂いて有難う御座いました。
[一言] 毎日夜仕事終わりのオアシスでした! 最初の作品から見ているのでいつもワクワクして8時になるのを待ってました 最高の作品をありがとうございます!
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