第116話 怠惰な一日
微睡みからゆっくりと覚め、重い瞼を開ける。
時間を確認すると、もう十時過ぎだった。
普段の休日からすればいつも通りではあるものの、疲れはあまり取れていない。
その原因である、悟の腕を枕にしている少女を眺める。
「気持ち良さそうに寝ちゃってさ」
昨日の激しさからは考えられない無垢な寝顔は、見るもの全てを魅了するだろう。
残念ながら悟以外に見せるつもりはないし、亜梨栖もここまで油断した姿を見せるのは悟の前だけだが。
また、芸術品とすら思える彼女の肢体は、昨日ついに悟のものになった。
悟はいくら恋人とはいえ縛っては駄目だと思うが、亜梨栖が望むのだから、こういう言い方をしてもいいだろう。
カーテンを閉め切っている薄暗い室内でも、その素晴らしさがよく分かる。
「……いや、観察するのはやめとこう。朝からなんて笑えない」
何も隠すものがない亜梨栖の体は見放題なのだが、このまま見ていると悟の体に熱が灯ってしまう。
もし彼女に見つかった場合、間違いなく昨日の続きをせがまれるだろう。
昨日亜梨栖が大丈夫と言っていたが、普通は痛くて出来ないはずだ。
少なくとも暫くは様子を見るべきだと思い、亜梨栖が枕代わりにしている腕をゆっくりと引き抜く。
悟の枕に入れ替えたのだが、その動きで亜梨栖がもぞりと身じろぎした。
「ん……」
「ごめんな。もう大丈夫だから」
「ん、ふ……」
起こさないようにやんわりと撫でれば、亜梨栖の顔が和らいだ。
再び深い眠りについた彼女の傍から離れ、ベッドの縁に落ちているパジャマを掴む。
着替えようかと思ったが、昨日のせいでかなり汗を掻いているのが分かった。
「どうせならシャワーでも浴びるか」
昨日と同じく今日も雨で、梅雨の時期はまだまだ終わらないらしい。
元々用事はないが、今日も家に引き籠るだろう。
それなら、一度汗を流しておいた方がいい。
下着を引っ張り出して、風呂場へと向かう。
湯は張らずにシャワーだけで終わらせ、さっぱりした体でリビングに着いた。
すると、悟の自室の扉がゆっくりと開く。
「ん……。おに、ちゃん……」
どうやら起きたばかりのようで、亜梨栖は眠たそうに目を擦っていた。
それだけならまだいいが、美しい肢体が惜しげもなく晒されている。
寝ぼけた状態で着るという思考にならなかったのだろうが、散々味わった後でも心臓に悪い。
「おはよう、アリス」
「おぁよぅ、ごじゃい、ましゅ……」
「汗掻いてるなら風呂に入るか?」
「そうするぅ……」
悟と同じで体がべたついていると思っての提案だったが、予想通りだった。
全く思考が働かないまま、のそのそと亜梨栖が風呂場へ向かう。
シャワー程度なら危険もないだろうと好きにさせ、悟は自室へと戻る。
目的は、亜梨栖が残した衣服だ。
「……これくらいは許されるだろ」
昨日見てはいるが、脱ぎっぱなしの服や下着を勝手に集めるだけでも罪悪感が沸き上がってきた。
しかし、これが無ければ亜梨栖は風呂から上がった時に大変だろう。
大人っぽい黒の下着や普段使っているシャツ等をかき集め、風呂場からの音に耳を潜める。
「―――! ~~~!」
シャワーを浴びているらしいが、水音に紛れて声にならない声が聞こえてきた。
どうやら、昨日の事を思い出して照れているらしい。
ここで声を掛ければ大変になると思い、出来る限り音を立てないようにして服を脱衣室に置くのだった。
「うあー。疲れが全然取れてません……」
「だろうなぁ……」
風呂から上がった亜梨栖の髪を乾かし、今はソファでぐったりとしている。
亜梨栖が頑張りすぎたからだ、と言いそうになったが、何だかんだで楽しんだ悟が口に出来る言葉ではない。
「二度寝するか?」
「この調子だとお昼過ぎからしそうですね。まあ、それはそれで良い休日の使い方です」
「確かに。じゃあ一緒に寝るか」
今は風呂上がりかつ昼前で腹が空いているので悟も眠くない。
しかし、腹が膨らめば絶対に眠くなるはずだ。
亜梨栖と一緒に昼寝するのは絶対に幸せだろうと提案すれば、彼女の顔が歓喜に彩られる。
「はい。一緒にごろごろしましょう」
その後は昼までのんびりと過ごし、飯はありもので済ませ、悟の自室に戻ってきた。
食べてすぐ横になると太ると言われているが、今はひたすらにだらけたい。
亜梨栖も同じ気持ちのようで、寝転んだ悟の胸に頭を乗せてきた。
「はふー。もう外に出ず、ずっとこうしていたいですねぇ」
「今日はいいんだけど平日がなぁ……」
「そうなんですよねぇ。雨は有難いですが濡れたら後が面倒くさいですし、晴れたら猛暑になりますし……」
もう六月も終わるので、梅雨明けが近い。
亜梨栖からすればずっと雨の方がいいだろうか、それは濡れるよりも暑いのが嫌なだけだ。
あくまでどちらが嫌かという比較をしているだけに過ぎない。
昨日の散歩に関しては十分な時間があり、濡れても問題なかったからだ。
あんな事を毎日する訳にはいかないし、亜梨栖もそれを分かっているからこそ憂鬱なのだろう。
「もう本格的に夏になるからな。……ん? 夏?」
昨日は夏の熱さを忘れようと、濡れる事で気分転換した。
ならば、似たような事は出来ないだろうか。
閃きに従ってスマホを弄り出すと、興味を持ったのか亜梨栖が悟の脇に位置を変えて覗き込んできた。
「何調べてるんですか?」
「んー? ちょっとな……。お、あったあった。こんなのはどうだ?」
亜梨栖が楽しめて、しかも気分転換になるイベント。
良い案だと思ったのだが、画面を見せると亜梨栖の顔が曇った。
「これなら私も行けますが、そもそも授業でやった事がないんですよねぇ……」
「別に出来る必要はないぞ。ほら」
「おぉ……! 確かに何とかなりそうですね!」
これに関しては亜梨栖が出来なくて当たり前だし、出来なくても楽しめる。
証拠の写真を見せれば、澄んだ瞳が輝きだした。
「予約制みたいだからすぐには行けないけど、七月に入ってからどうだ?」
「行きます行きます! 行きたいです!」
「じゃあ決定な」
「はい!」
普通の高校生では行く事が出来ず、亜梨栖が涼めるイベント。
夏であっても楽しめるものがあるからか、先程までの沈んだ表情は一瞬で消え、溌剌とした笑顔を亜梨栖が見せるのだった。




