652.堕天使の過去(3)
追放ざまぁが読めるのは10.11話と20〜30話です!
天界に、振動ではない、破壊でもない。
概念の演算に生じた、誤差が発生した。
サラフェエルの発した思考が、天界そのものの定義に引っかかっていた。
理解。
その語は、天界の辞書には存在しない。 必要とされない概念であり、記録される前に破棄されるはずの情報だった。
最初に異変を感知したのは、ウリエル。
彼の多眼は、神意の解析結果とサラフェエルの発言を照合し続けていた。
「神の意志は完全です。理解という過程を必要としません」
それは反論ではない。修正提案に近い。
だが、サラフェエルは即座に応じなかった。
視線はなお、人間界へと向けられている。
「完全であるなら、なぜ喰らう」
低く、静かな声。
その瞬間、概念の塔の回転が一瞬だけ乱れた。
ガブリエルの多眼が高速回転に移行する。
「魂摂取は神の存在維持に必須。信仰循環に問題はありません」
報告。評価。正当化。
いつも通りの処理。
サラフェエルは、ゆっくりと首を振る。
「維持のために命を使う。それを導きと呼ぶのか」
沈黙が落ちる。
天界では極めて異常な現象だ。
ミカエルの多眼が、一点に収束した。
「導く必要はない。神は存在する。それだけで価値は成立する」
彼の背後で、秩序の剣が半具現化する。 概念的な圧力が、空間を締め上げた。
だがサラフェエルは、剣を見ない。
「それは神の論理だ」
彼は初めて、七大天使たちを見回した。
「人間の論理ではない」
イェグディエルの天秤眼が大きく揺れる。数値が不安定化していた。
「その思考は危険だぞ、サラフェエル」
管理者としての警鐘。
だが、止められない。
「人間は、意味を欲する」
サラフェエルの声に、わずかな熱が混じる。
「報酬でも、罰でもない。なぜ生きるのか、なぜ苦しむのか、その理由を探している」
バラキエルが、初めて言葉を発した。
「意味は不要です。祝福を与えれば、魂は成熟する」
飼育者の視点。
サラフェエルは、静かに否定した。
「成熟ではない。消耗だ」
その一語で、天界の光量がわずかに低下する。
概念の塔が警告色に変わり、観測輪が異常回転を始めた。
ガブリエルの声が、硬質に変わる。
「神託再確認。サラフェエルの思考に逸脱を検知」
処理対象。修正候補。
ミカエルの剣が、完全に顕現する。
「これ以上は秩序違反にするぞ」
粛清の一歩手前。
それでもサラフェエルは、退かない。
彼は、最後の問いを放った。
「お前たちは、神を信じているか」
天界が、完全に停止した。
誰も答えない。答えられない。
なぜなら天使は、信じない。
信仰とは、人間を縛るための鎖であり、 天使は鎖を持つ側として設計されている。
サラフェエルは、その沈黙を理解した。
「……そうか」
多眼に、初めて歪みが走る。
「お前たちは、神を疑わない。だが、理解もしない」
その瞬間、悟った。
この天使は、反逆を考えているのではない。
神を倒そうとしているのでもない。
――神という存在の意味そのものを、測ろうとしているのだと。
それは、この世界にとって最も危険な思考だった。
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