628.その優しさは取り柄だから
追放ざまぁが読めるのは10.11話と20〜30話です!
——先生。
その姿を見た瞬間、俺は肺の奥に溜まっていた空気を一気に吐き出すようにして息を呑んだ。
忘れていた。
ずっと……忘れたまま大人になった。
けれど今、光の中で蘇る記憶は、どれも暖かく、痛いほど鮮明で。
視界の中で、先生が幼い誠一――幼い自分のもとへ静かに歩み寄る。
かつての自分の名を呼ぶ声は、鈴の音のように柔らかかった。
「誠一くん……ありがとうね」
その一言のために、どれだけ小さな心が救われたのか。
幼い誠一は照れたように、しかしどこか居心地悪そうに俯いた。
先生はしゃがみこみ、目線を合わせる。
いつだってそうだった。
大人特有の《上から目線》を一度も使わない人だった。
「あなたも……優しい子だから大丈夫よ」
優しい子。
その言葉をかけられるたびに、幼い誠一は必ず涙をこらえていた。
泣けば迷惑がかかると思い込んでいたあの頃。
先生は気づいていたのか、気づいていなかったのか……
それでも彼女は、必ずそう言ってくれた。
いつでも、どんな時も。
先生はそっと微笑み、続ける。
「誠一くん。その優しさは取り柄だから」
ゆっくり、丁寧に言葉を置く。
「だから、その心で——人を助けなさい」
——その瞬間。
現在のウェルの胸が、深く、鋭く、軋んだ。
(……ああ……これ……俺……聞いてたんだ……)
無かった言葉だと思い込んでいた。
優しさを肯定された記憶なんて、自分には一度もないと。
父は言わなかったと。
だから自分は「認められなかった子ども」だったと。
そう思い込んで、苦しんで、暗闇の底に沈んでいた。
でも違った。
本当は——
(父親じゃなくて……この先生に……言われたんだ……)
忘れたまま、ずっと間違えていた。
幼い誠一が、小さく震える声で呟く。
「…うん……できるかな……」
弱々しい声だった。
頼りない、今にも折れてしまいそうな声。
でもそれは、必死に前を向こうとする小さな勇気の証でもあった。
先生は迷いなくその頭を撫でた。
大きすぎず、小さすぎない、包み込むような手で。
「できるわよ。あなたは、怖くても……優しさを捨てなかった子だから」
幼い誠一は顔を上げた。
涙で潤んだ瞳には、初めて灯る小さな光があった。
ウェル——現在の自分は、その光景をただ静かに見つめるしかない。
触れられない。
声をかけられない。
過去に干渉することはできない。
それでも。
胸の奥が、じんわりと温かく満たされていく。
(……俺……こんな顔で……誰かを助けようとしてたんだな……)
弱かった。泣き虫だった。自分では何もできないと思っていた。
でも——
(優しさだけは……あったんだ……そして、それを……認めてくれる人が……ちゃんといた……)
その事実が、心を強く締めつける。
けれど、苦しさよりも救いの方が勝っていた。
記憶の世界の中で、先生がそっと幼い誠一の背中に手を添える。
「大丈夫。あなたはもう、一人じゃないのよ」
その言葉に応えるように、誠一の目に涙が滲む。
小さく何度も頷く幼い自分。
その仕草さえ、胸が痛くなるほど愛おしい。
淡い光が二人を照らし、世界そのものが優しく脈打つ。
まるで、この一瞬だけが時間を止めて守られているように。
パァー。
やがて景色はゆっくりと光に溶けていく。
(……ありがとう、先生……)
今はもう届かない感謝を心の中で呟きながら、俺はその温かさを胸に深く刻んだ。
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