613.憎しみが産んだもう一人のウェル
「だからこそ。――お前には《深淵の闇魔法》を最大限引き出してもらう。俺を超えるためにな」
ルシファーの声が広場に響いた瞬間、風がざわめいた。
空気が張り詰め、淡い黒い魔力が、彼の指先からゆらりと立ち上る。
「深淵の闇魔法の暴走が怖いだろう? 《己の闇》と向き合い、受け入れなければ使いこなすことはできない。それをせず使用し続ければ、闇はお前を喰らう」
「……己の、闇」
俺はその言葉を呟き返す。
するとルシファーは地面に指を滑らせ、光と闇の紋様を重ねるように複雑な魔法陣を描き出した。
中心には黒い光が渦巻き、まるで底なしの海のように吸い込まれそうな深さを感じる。
「座れ。心を静め、ただ内側を見ろ。
闇魔法は、外の敵を倒す力ではない。己という最も危うい存在を知るためのスキルだ」
「……わかった」
俺はゆっくりと魔法陣の中心に座り、足を組んだ。
「ウェル…」
心配そうに俺を見つめるエリスお嬢様。
「心配しないでくださいエリスお嬢様。すぐ戻ります」
そして俺は深呼吸をひとつ。胸の奥のざわめきを沈め、まぶたを閉じる。
ブァ!
俺は魔法陣の中の闇に包まれて、みんなからの声や姿は全て遮断された。
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ウェルの仲間たちは少し離れた場所から、その光景を見守っていた。
「ウェル…どうかご武運を」
リーズは祈るように両手を胸に当てている。
「大丈夫アル! ウェルならなんとかするネ!」
テンテンはそう言いながらも心配そうに拳を握る。
「この位の試練…ウェル殿ならどうってことないでござるよ!」
サヤはみんなを励ますように元気づける。
「私たちは、私たちのできることをしましょう」
ココは冷静に言う。
そして、リュシエルは真剣な眼差しで、ルシファーの言葉を反芻していた。
――やがて。
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俺の意識が、静かに沈んでいく。
水の底に沈むような感覚。
心臓の鼓動が、ゆっくりと、遠くに消えていく。
そして、暗闇の中に――俺自身がいた。
誰もいないはずの空間に、もう一人の俺が立っていたのだ。
「お前は…俺なのか?」
黒い髪、褐色の肌、赤い瞳をした“黒いウェル”。普段の俺とは違う闇に染った姿。
話に聞いていたけど、これが深淵の闇魔法を使った俺の姿か。
闇のウェルの口角が、不気味に歪んで笑う。




