59.公爵家令嬢の母親
第3部完結まで連続投稿します!
追放ざまぁが読めるのは10.11話と20〜30話です!
木製の湯船から立ち上る湯気と、温かい湯の重みが身体の芯まで染み渡る。
目を閉じると、日常の喧騒も、世界の危機も、ほんのひととき忘れられるようだった。
「ふぅ~極楽極楽…」
俺は思わず声を漏らした。
「はっはっは! 姿は子どもだが、まるでおっさんのような口ぶりだな!」
あ、やべ! 思わず中身が36歳のおっさんとして出てしまった。
ジョーディ様に笑われる。
「…あ…はっは…」
俺も仕方なく笑うしかなかった。 湯気の向こうで、ジョーディ様の瞳が楽しげに輝いている。
「…さて、父上にはすでに話してあるのだが、今後のリンジーについて頼みたいことがある」
さっきまで陽気だった表情が一転、真剣な面持ちになったジョーディ様。
「リンジーは死んだことにしようと思う」
「え!?!?!?」
突然の言葉に俺は一瞬凍ったが、すぐに理解した。
「……エリスお嬢様のように匿って欲しいということですね?」
そう、現在のエリスお嬢様は身分を隠して冒険者として活動している。
今は屋敷の使用人たちの間だけで知られているが、リンジーの存在が広まれば、再び命を狙われることになるだろう。
「…そうだ。そして、君の実力を見込んでの頼みでもある。今思いつく限り、リンジーが最も安全に身を隠せるのは、君のそばにいることだ」
つまり、俺はリンジーのボディーガードとして、事が済むまで守ってほしいということか。
「…わかりました…。俺にお任せください!!」
そうだ、闇ギルド【ナハト】にリンジーの命を渡すわけにはいかないし、悪魔を呼び出すことも許されない。
絶対に守り抜く。
「そして、リンジーにはいろんな世界を見てほしいからな。ロッドフォード家を継ぐことができない分、妹にはもっと自由な人生を歩んでほしい」
過保護だと思ったが、そういう意味もあるのか。
ロッドフォード家を継ぐのはジョーディ様とすでに決まっている。
貴族社会では令嬢は政略結婚の駒にされがちだが、ジョーディ様は妹の幸せを第一に考えている――良い兄だ。
「実を言うと、聖女としての活動はこの屋敷の庭でしかやったことがないのだ。
まさに箱入り娘というやつだな」
聖女としての活動は、大教会【デウス】に所属して鍛える方法もあるが、自由に旅をしながら活動する方が多くの経験を得られる。
「リンジー様を冒険者としてギルドに所属させてほしいということですか?」
「察しがいいね。話が進んで助かるよ」
呼び捨てで睨まれたので、父上や兄上の前では『リンジー様』と呼ぶことにした。
「あの子は強がりで頑固なところがあるけど、内心は寂しがり屋なんだ…母上を失ったことがきっかけで…」
なるほど、リンジーのお母様はすでにこの世にはいないのか。
ジョーディ様は10年前の母上の死について語り始めた。
母上は病弱で、リンジーが物心ついた頃にはベッドでの生活を余儀なくされていた。
リンジーは勉強したことや遊んだこと、日々の些細なことを母上に話すのが楽しみだった。
しかし、その幸せな日々は長く続かなかった。
母上が息を引き取る日――
「リンジーのこと…よろしくね…」
父上には別の言葉を遺したそうだが、母上はこの言葉を俺に託した。
リンジーは知ると同時に、声を震わせ泣き叫んだ。
「お母様ー! お母様ー!」
私はリンジーを抱きかかえて共に泣いた。
涙が枯れるほどに。
そしてリンジーは新たな決意をした。
もう母上のような人を失いたくない――
その想いで、回復魔法の勉強と鍛錬を必死に積み、聖女の活動をボランティアとして始めたのだ。
ただし、屋敷の庭以外では活動できない。
離れることへの恐怖、そして私や父上に何かあったらという心配があるからだ。
だから、ウェルくん――リンジーを連れて行ってほしい。
公爵家の兄としてではなく、一人の兄としてのお願いだ。
ここでジョーディ様との話は一区切りとなった。
「任せてください!」
と俺は答えた。過保護な行動の意味がようやく理解できた気がした。あとはリンジー自身の気持ち次第だ。
俺はさっそくリンジーの部屋に向かった。
ちなみに、リンジーの部屋の扉を飛び蹴りで破壊したイーニアス様とジョーディ様は、そのあと叱られて涙目で直し、すでに元通りになっている。
コンコンッ
「リンジー? 今大丈夫?」
扉をノックし、呼びかける。すると柔らかな声が返ってきた。
「大丈夫ですわ! お入りくださいませ」
返事を確認して、俺は扉を開けて中へ入った。
室内は薄明かりが差し込み、カーテン越しに庭の緑が映え、温かく落ち着いた空気が漂っている。
リンジーは机に向かい、本を広げていたが、目を上げると微笑んだ。
「面白かった!」
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