家に帰ると
お金を渡したおかげで何事もなく家に帰れて、今は庭にいるんだけど……これからどうしよう。
戦闘訓練に使ってた森は無くなっちゃったし、またゼンさんに挑戦しに来る人を相手に戦うくらいしかやる事が無いかも?
でもそうなったらいつもと変わらないから訓練にならない気がするし……
「ゼンさん、明日から訓練はどうするの?」
「あぁ……それなら俺がおまえ等に合わせる、そうすれば問題無いんじゃねぇかな」
「ゼン、それでいいのかい?俺達に合わせるとなると、君の強みを生かせないんじゃ?」
「確かに俺は一人で戦った方が強いけどさ、本格的に旅に出たら俺達三人で行動する事が増えるだろ?」
集落を出て旅に出てから、戦う事が全然無かったというか二人に助けられる事ばかりだったけど……。
確かに栄花を出て、他の国に行くようになったら何時敵と遭遇して戦う事になるのか分からない。
そういう時に合わせる事が出来なかったら、私の行動でゼンさんやカー君が怪我をしたり、最悪の場合死んでしまうかも。
「なら私も合わせられるように頑張る」
「あぁ、シャルネはいいよ、お前の強みは圧倒的な破壊力だからな……どっちかというと、自由に動いてくれればそれでいい」
「え?……でもそれだと、ゼンさんやカー君が大変なんじゃ」
「いや、別に問題無いよ、けど何かあった時に動けるように、言葉以外で何らかの意思疎通が出来るようにしてみるといいかもしれないね」
何らかの意思疎通?それって良くある戦記物アニメとかにある。
目を合わせただけでお互いの行動を把握できたり、手や腕の動きで作戦を立てたりする奴だよね。
それって結構高等な技術だと思うし、私に出来るのかな……
「それって凄い難しいんじゃない?」
「いや、そんな事はねぇよ、例えばこうやって」
ゼンさんは剣を手に取ると、刀身部分を叩いて金属音を鳴らす。
そして次に二回違う所を叩いて鈍い音を出すと……
「一回叩くとはい、二回叩けばいいえ、こんな感じで使い分けられるだろ?」
「それなら分かりやすいかも、けど難しいやり取りをする時はどうすればいいの?」
「ん?そりゃあ、そん時は直接口で言えばいいだろ」
「さっき、カー君が言葉以外で意思疎通がって言ってたの忘れたの?」
「だから敢えて口で嘘の情報を言って、相手に誤認させんだよ」
「あぁ、なるほど……つまりゼンが言いたいのはこういう事かい?予め武器を鳴らした回数でそれが真実か嘘か仲間に知らせるって言いたい感じであってるかな」
ちょっと二人が何を言ってるか分からない。
そもそも音が聞こえなかったら、それが嘘か本当か分からないし。
相手が疑い深い人だったら意味が無いんじゃないかな……
「それってどうやればいいの?」
「例えば俺が右と言って、武器を二回鳴らすだろ?それだとどうなる?」
「えっと、右で音が二回だから……左?」
「あぁ、一回だと右のままで、二回だと左だろ?ただ問題は何回かこれを繰り返してると相手の方が、合図の意味を理解して対応してくるって事だ、だからある程度繰り返したらこうやって、3回鳴らす」
「ん?1回が本当の事で、2回目が嘘だから……三回は、えっと」
ゼンさんが言ってる事が難しくて、ちょっと意味が分からなくなってきた。
こういう時もっと分かりやすい説明をして貰わないと、どうすればいいのか分からないから困っちゃう。
カー君もそうだろうと思って、彼の方を見るけど理解出来てるみたいで……何て言うか負けた気がする。
おかしいなぁ、私が前いた世界の教育って、かなりレベルが高かった筈なのに……
「シャルネ、三回だから右の方だよ」
「え?あぁ、うん、勿論私分かってたよ?」
「……ほんとかよ、さっき凄い悔しそうな顔してたぞ」
「もううるさいなぁ!そんなこと言うと幽霊さんと二人でご飯作ってあげないよ!」
「おまっ!それは卑怯だろ、分からなかったからって八つ当たりすんなって」
大人げないかもだけど、言っていい事といけない事ってあると思うんだよね。
確かに分からなかった私が悪いと思うけど、そういうのって態々言葉にしなくても良くない?。
心の中で言えばいいのにさ、ゼンさんの馬鹿、この朴念仁!女性に興味が無い不利してるむっつりスケベ!、ほらこんな風にさ。
「……むっつりスケベ?」
「あ、あれ?」
「シャルネ、思いっきり馬鹿、朴念仁、むっつりスケベって言葉に出てたけど大丈夫かい?」
「え、あぁ……お、思ってた事がつい言葉に出ちゃって」
「朴念仁とか、むっつりスケベって言うのが何か分かんねぇけど……あの言い方だと、あんまり良い言葉じゃなさそうだな」
ゼンさん、どうして満面の笑みを浮かべながら剣を抜いて、ゆっくりとこっちへ歩いてくるんですか?
ねぇねぇ、なんでそのまま調理場へ向かってるんですか?
あのぅ、ここ数日の間で狩った動物を血抜きの為に吊って放置してるのは知ってるけど、どうしてそれを細かく切ってるの?
「シャルネ、確かお前……俺の作る飯があんまり美味しくないって言ってたよな」
「え?あ、……うん、味付けしないでただお肉を焼いたりするだけだから、ちょっと美味しくないかなって」
「そっか、それなら今日は猪肉のフルコースを振る舞ってやるよ!勿論そのまま焼いたり、適当な野菜と煮込んで食う汁物にしたりな!」
猪肉を焼いた物はまだ我慢すれば食べれるけど、汁物の方はダメだ。
ゼンさんが作るそれは灰汁抜きなんて一切しないで作るから、色んな意味で凄い事になってるし、食材の美味しい所を全部無駄にしてしまう。
あ、謝るから許して!そしてやっぱり私にご飯を作らせて!お願いだから!食べるなら美味しいのが食べたいの!
「……シャルネ、今日は悪いけど妻達の様子を見たいから、そっちに泊まらせて貰うよ」
「おぅ、カーティス、明日からさっき話した合図の練習をするから忘れんじゃねぇぞ?」
「え?あ、カー君!?」
「……明日お腹を壊しない事を祈るよ」
……カー君は私の頭に手を置いて、数回ポンポンと優しく叩くと、敷地内から出て奥さん達がいる場所へと行ってしまう。
そして残された私は、調理場の柱に抵抗できないように縛られると、ちゃんと下処理がされていない獣肉特有の臭いを嗅ぎながら、明日無事で居られるのだろうかと遠い眼をするのだった。




