26話 死力
9階層、8階層、7階層と登っていく。
しかし、それぞれの階層の上へと続く階段でいつも渋滞が起こる。
遅い。
「まずいぞ!」
「このままじゃ、追いつかれる!」
「あいつら、下の階層のモンスターを片っ端から引き連れてくるぞ!」
ダンジョンのフィールドは、上層の方が狭く、下層にいくほど広くなる。つまり、上に行けばいくほど、混みやすいのだ。
「タクマさん! このままだとまずくないですか!?」
「ああ。5階層目は――広域マップだ」
広域マップ――それはつまり、障害物が一切ない、開けた階層を指す。
そこで大軍を展開されたら――物量で押しつぶされる。
分かっていても、僕に状況を変える術はない。
流れに乗ったまま、6階層に登る。
もはや足音は地響きのごとく、モンスターたちの高低入り混じった咆哮が、地獄からの呼び声のように響く。
そして、最悪のタイミングで、僕たちは追いつかれた。
見渡せないほどの広いマップを異形が埋め尽くしていく。
通り道で遭遇したモンスターの軍団を全部吸収してきたのだろう。
10~20階層に存在する、ありとあらゆるモンスターが揃っていた。
上階へとつながる救いの階段は蜘蛛の糸のように細く、一度に二人までしか通れない。
「どけ! どけこの野郎おおおおおおおお!」
「くそっ! もうだめだあああああああああ!」
「死ぬウウウウウウウウ!」
取り残された黒山の冒険者たちが、子羊のごとく震え出す。
「タクマさん……」
「間に合わない……。やるしかないか。マインドポーションは後何本残ってる?」
「二本です!」
「わかった。僕の精神力が尽きかけたら、ミリアがマインドポーションを飲ませてくれ」
「任せてください!」
ミリアが力強く頷く。
僕は腹を括る。
5階層は確かに最悪だ。
だけど同時に、チャンスでもある。
障害物のない階層ならば、広範囲に影響のある魔法の効力を、最大限に発揮させることができる。
ギリギリは僕の趣味じゃない。
だけど、これしかないなら、全力を尽くそう。
「誰か! エクスプロージョンなどの広範囲攻撃の魔法を使える人はいますか!? メイクファイアとウインドの同時詠唱でもいいです! 生きるために力を貸してください!」
ざわめきで声が通らない。
「おら! 聞け! てめえら! 死にたくねえだろ!」
「今ここにこいつらより強い奴はいないぞ! 生きたければ従え!」
ミリアと一緒に助けた冒険者たちが、僕の意図を喧伝して回る。
「んなこと言ったって! もう、そんなでかい魔法をぶっぱなせるような精神力が残ってねえよ!」
「無茶、言うな!」
反応は芳しくない。
20階層で修羅場をくぐった魔法使いたちのほとんどは、すでに魔力を使い果たしていた。
中には、僕を超えるレベルの冒険者がいたかもしれないが、強い者ほど、ステータスも高く、逃げ足も早い。
おそらく、余裕のある彼らはもう上の階層にいるのだろう。
取り残されるのは、いつも弱い者たちだ。
「僕がこれから大規模魔法を放ちます。少しでもいいですから、僕にエンチャントできる人はエンチャントを。それ以外の前衛の人は、魔法に巻き込まれないように陣形を組んでください!」
「お前ら! それぐらいならできるよな!?」
「根性みせて!」
「くそっ! こうなったらやぶれかぶれだ!」
「やったろうじゃねえか!」
前衛が盾を連ねて包囲陣を組む。
魔法使いたちの絞り出すような詠唱が、僕の身体を魔力の輝きで光らせた。
魔物の軍団が、後十歩ほどの位置に迫る。
(勝てるはずだ)
闘虫仮操はレベル30相当のモンスターだが、それに操られている奴らは高くてもレベル20相当。
レベル35の僕なら、勝てるはずだ。勝てるはずだ。勝てるはずだ。
そう自己暗示をかける。
「エクスプロージョン! 『ライトニングボルト』」
僕は盾を置き、全神経を同時詠唱に集中する。
合成された二つの中級魔法は、その性質を一変させる。
単体ではそれぞれ一瞬の現象に過ぎなかったそれらは、雷と灼熱の火弾が渦を巻き強大な颶風となって、ダンジョン内を無秩序に蹂躙した。
紅蓮の炎で焼き殺す。植物系のモンスターは灰と化し、動物系のモンスターは火だるまになって暴れ回り、犠牲者を増やしていく。
豪速の弾丸で撃ち殺す。ゴーレムも、ガーゴイルも、ロックパペットも、その物理ダメージを逃れる術はない。
終わりない雷が、脳神経を破壊する。賢明に身を屈め、嵐が過ぎ去るの待っていたトロールはその鎧に感電し、糞尿をまき散らして死んだ。
運よくそれらを逃れ得た者たちは、逃れ場なく乱舞するかまいたちで切り刻まれる。
敵の攻撃は届かない。
コボルトが断末魔のように放った矢弾は、はね返され、折れた彼ら自身を傷つける道具となる。
詠唱しようと口を開いたゴブリンや諸々のシャーマンたちは肺を焦がして倒れた。
唯一僕を傷つける者があるとすれば、それは僕自身。
勢い余った跳弾が、時折、僕の頬をかすめ、生暖かい感触が頬を伝う。
「うおおおおおおおおおおお! すげええええええええ!」
「これ! 上級魔法だろ!? こんなの使える奴がなんでマニスのダンジョンでくすぶっているんだ?」
「それよりなんで俺たちはあいつの名前を知らない!? 二つ名くらいついていてもおかしくないレベルだろ!?」
「あいつは俺たちのギルドのタクマだ!」
「『貪狼のグース』を倒したのもあいつだぞ!」
驚きと賞賛の声もどこか遠く、意識が徐々に薄れていく。
器用貧乏な僕は、純粋な魔法使いとして高等な魔法を連発するには、精神力が足りない。
『ひょひょひょひょ! 魔法は物言う足を考える葦に変えた!』
ああ、なんか神様の声みたいなのも聞こえる。
嬉しそうで何よりですけど、含蓄あるお言葉よりも、今は精神力をください。
「タクマさん! マインドポーションを!」
一呼吸おき、ミリアが口に含ませてくれた青くて苦い液体を飲み干す。
その間に、6階層から這い出てきたモンスターたちが、瞬く間に戦力を補充していく。
再び合成魔法を放つ。
僕たちが逃げ切るのが早いか、それとも精神力が尽きるのが早いか。
こうなると根競べだ。
殺して。
殺して。
殺して。
殺す。
モンスターに混じって、闘虫仮操に操られた冒険者もいたけれど、僕にはそれを区別する術はない。
冒険者という稼業の現実を、改めて強く認識させられる。
(まだ、生きている。僕は、生きている)
僕のすぐそこにも迫った死をヒシヒシと感じ取りながら、皮肉にも僕は最高に『生』を実感していた。
「タクマさん。最後のマインドポーションです!」
ミリアの言葉で、また一瞬詠唱を中断。
マインドポーションを嚥下しながら、ちらりと後ろを一瞥する。
冒険者の数は、三分の一程度にまで減少していた。
後一回の波を乗り切れば、何とかなりそうだ。
だけど、それまで僕の精神力は持つのか?
「エクスプロージョン! 『ライトニングボルト』」
勝っても負けても最後の詠唱を、僕は力強く呟いた。
殺しても殺しても敵は湧いてくる。
時間が永遠のように長い。
有限なはずのそれが、まるで無限みたいに思えてくる。
弱気になっているのは、きっと精神力が限界に近づいているからだ。
頭痛と悪寒が全身をかけめぐる。
そして、ついに僕は床に膝をついた。
(くそっ。後は逃げるだけなのに……)
「タクマさん! ごめんなさい! ――ウォエ!」
そう言うと、ミリアは人差し指を二本、彼女自身の喉の奥に突っ込んだ。
それから僕の首に腕をかけ、飛びついてくる。
瞬間、唇が熱を帯びた。
雛に餌を与える親鳥のごとく、ミリアの胃から逆流した吐しゃ物が、口内を満たす。
初めての口づけは、酸っぱい臭いがした。
(そうか。さっきミリアもマインドポーションを飲んで――)
ミリアの意図に気が付いた僕は、それを無理矢理飲み干す。
モンスターに追いつかれるその直前、辛うじてまともに動ける程度には精神力を回復する。
「ははは、よくまだ胃の中にマインドポーションが残っていたね」
起き上がった僕は、口元を拭って笑う。
「へへへ、ドワーフは人間さんよりも消化が遅いんですよ」
ミリアがちょっと恥ずかしそうに笑う。
「ともかく、おかげで助かったよ――行こう!」
「はい!」
僕は盾を捨てたまま、上へと続く階段へと走る。
みれば、もう僕たちの他には冒険者はいなかった。
精神力と体力は別物なので、移動に支障はないが、もう魔法は撃てない。
4階層、3階層。
ただひたすらに駆け上がる。
命をかけて時間を稼いだ意味はあったようで、もはや冒険者で階段が詰まるようなことはない。
「ご、ごめんなさい。もう私、息が」
2階層まで来たところで、ミリアの動きが止まる。
「問題ないよ!」
「あう……あ、ありがとうございます」
僕は頬を染めるミリアをお姫様だっこの形で抱きかかえ、先を急いだ。
立ちはだかるビッグマッシュルームは容赦なく蹴り殺す。
こうして何とか一階層まで来た僕たちは、ようやく地上へと続く光を拝む。
先に脱出した冒険者たちがすでに救援を呼んだらしく、ダンジョンの淵には、アーチャーや魔法使いがずらりと並んで迎撃態勢が整えられていた。
さらには、びっしりと追加の縄梯子がかけられている。
つまり、順番待ちするような必要はない。
僕はミリアを片腕に抱えたまま、縄梯子を登る。
グースを連れていた時に比べれば、軽いものだ。
グ、ゲ、ゲ、ゲ。
モンスターの群れが、下まで押し寄せる。
ビュン。
ビュン。
ビュン。
矢と魔法が、風切り音が聞こえるほど僕のすぐ後ろを近くを通過する。
モンスターを倒してくれているのだろう。
「気をつけろ! 闘虫仮操が来てるぞ!」
誰かの声が聞こえた。
下を見る。
闘虫仮操はその宿主を捨て、縄梯子に蔦を絡ませながら、新たなターゲットである僕たちに迫っていた。
淵に手が届く――瞬間、下から蔦が伸びてくる。
やばい――!
「メイクファイア」
そう思った瞬間、蔦は先端から焼けていた。
長槍を持った冒険者に刺し貫かれ、闘虫仮操は大穴へと落下していく。
「テルマさあああん!」
ミリアが魔法で僕たちを救ってくれた女性を見つけて、喜色を滲ませて叫んだ。
「大丈夫!?」
珍しく大きな声を出したテルマさん。
噂を聞きつけて助けにきてくれたようだ。
「うん! 何とか!」
僕はミリアをそんな彼女に手渡しながら、淵に手をかけて転がるように外に出る。
「おい! 縄梯子を落とせ!」
「魔法、いくぞ!」
やがて、全ての冒険者が脱出したの見届けると、数に任せた波状攻撃が大穴に降り注いだ。
花火のように爆炎と煙が舞う。
「ポーション色々持ってきた。飲む?」
「あ、ありがとう」
テルマさんから貰ったポーションが、ゲロ臭い口内を洗い流していく。
「うわああああああん! タクマさん! 生きてます! 私たち、生きてますううううううううう!」
感極まったように泣き出したミリアが僕に抱き着いてくる。
まだ早鐘のように脈打つ心臓の鼓動を感じながら、僕は確かに生を実感していた。




