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164話 因果応報

 ダンジョンを出た僕たちを、朝の光が包み込む。


 まだ早い時間帯なので、人通りは少ない。


 僕たちは、その足でハミたちの家に向かった。


 古びた門前で、年長組の一人――ニィが見張りをしている。


「おはよう。ハミはいる?」


 僕はそう挨拶しながら手を挙げると、ニィはコクりと頷いて、僕を中に案内した。


 ワーキャー、グツグツグツ、と。


 土間に近い調理場から、ハミたちの姦しい声が聞こえてくる。


「賑やかだね」


 僕は調理上を覗き、そう声をかける。


 中では、幼女たちが足台に乗って、大鍋をかき混ぜていた。


 ハミとヤムが、その後ろで幼女たちの様子を見守っている。


「おー、帰ってきたのか! 他の奴らから聞いたゾ! リョウシュサマは、両手と両足の指でも数えられないくらいの深い所まで潜れるんだってな! すごいな!」


 僕たちの姿に気が付いたハミが、駆け寄ってくる。


「まあボチボチね。僕たちのことより、ハミこそ大丈夫なの? 盗人を追いかけて怪我をしたって聞いたけど」


 ぱっと見た限りでは、目につく外傷はない。


「おー! もう治してもらったから、大丈夫なノダ! 毎日仕事もちゃんとしてるゾ! 今日の朝ご飯は、チビたちが自分で作っているノダ!」


 ハミが両手を挙げて、壮健と自立をアピールしてくる。


「そう。被害は一度だけ? 何か他に危険な目には会ってない?」


「はい。傷のことも含めて、イリスが色々、面倒見てくれまシタから。エルフが時々、顔を出してくれていマス」


 ハミの近くにいたヤムが頷いて答える。


 彼女たちには事前に、僕たちに連絡がつかない時はイリスさんを頼るように言っておいたのだが、その通りにしてくれたらしい。


「そう。ひとまず安心したよ。――一応、盗まれた当時の状況を教えてくれるかな?」


「おー。それがなー。一日頑張って稼いでなー。お日様が落ちてきたから、帰ろうってなってなー。そしたら、近くからいい匂いがしてなー。肉が売ってたから欲しくなってなー。財布出したら盗られたノダ」


 僕が促すと、ハミが記憶を辿るように右斜め上を見つめながら呟く。


「つまり、犯行現場はダンジョンの入り口の近くということですか?」


 ミリアが首を傾げる。


「そうデス。お向かいの屋台で、ハミがお金を数えるのにモタモタしてるところを盗まれまシタ」


 ヤムが頷く。


「……珍しいでござるな。普通、その手の盗人は、ダンジョンの周辺では、犯行に及ばないものでござるが……。何分、近くに警備の人員がおりまする故」


 レンが怪訝そうに呟く。


「なんでわざわざ、そんな捕まる可能性が高い場所で盗みをしたんだろう?」


「盗賊には盗賊の縄張りがありますから、わざわざダンジョン付近で犯行に及んだとなると、活動できる場所のない余所者か、新参者の仕業でしょう。どこの組織にも属していていない、野良の盗人ですわね」


 僕の疑問に、ナージャが即答した。


「それにしても、どうせならもっと金持ちの奴を狙えばよかったのにね。冒険者でも、商人でも、もっと他に金回りのいい奴がいくらでもいるでしょ?」


 リロエが不思議げに首を傾げる。


「高レベルの冒険者を狙うには、スキルやレベルなど、諸々の力量が足りなかったのでしょう。高いリスクを負っておきながら、見返りの少ない彼女たちを襲うなんて、色んな意味で盗人としては下も下ですわ」


 ナージャが呆れたように吐き捨てる。


「そもそも、それなりの盗賊の組織であれば、ハミ嬢の後ろ盾に吾共――というより、主がおられる情報を掴んでいるはずでござる。通常ならば、報復を恐れて手を出すはずがありませぬ。さほどの稼ぎが見込めぬとなればなおさらでござる。盗人はその手の自己保身に敏感故」


 レンが補足する。


「――ネズミはドラゴンの毛をミミズと見紛う」


 スノーがぽつりと呟く。


「えっと、初心者ほど怖いもの知らず、みたいな?」


「確かに、よっぽど腕に自信がなければ、タクマさんに挑もうとは考えませんよねえ」


 ミリアがしみじみと呟く。


「僕の名前にそこまでの抑止力はないと思うけど、みんなの話を総合すると、相手が強力な犯罪組織だという可能性は低いと思ってもよさそうかな」


「おー! よくわからないけど、ハミたちのカネが返ってくるのか!?」


 ハミが期待に目を輝かせて言う。


「お金が返ってくるかは分からないけど、犯人は捕まえられそうかな」


 僕はそう答えるのが精一杯だった。


 組織に所属してる盗賊なら、上納金云々で金を溜めていてもおかしくないけど、生活に困って犯行に至ったようなタイプなら、おそらく金はすでに使ってしまっている可能性が高いだろう。


「そうかー! ハミたちが一日頑張って、むっちゃ疲れて稼いだカネを盗むなんて許せないノダ!」


 ハミが鼻の穴を膨らませて憤りを露わにした。


「ともかく、犯人の方が僕たちに任せてよ。みんなはきちんと仕事をして、いつも通りの生活を送ることを心掛けて」


「わかりまシタ。よろしくお願いしマス」


 ヤムが頷く。


 こうしてひとまずハミたちの安全を確認した僕たちは、自分たちの屋敷に戻った。


 そこで早速、僕たちはダンジョンに潜っていた期間について、イリスさんやテルマとお互いに諸々の報告を済ませる。


 その話によると、どうやら、イリスさんは、既に風の精霊の報告を元に、シャーレを通じて、ミルト商会に犯人の情報を照会してくれていたらしい。


 結果、やはり僕たちの予想していた通り、犯人はどこの盗賊の組織にも属していないということが確定。


 その情報に基づいて、テルマが既に被害届を出しており、諸々の公的な手続きを済ませていたため、後は犯人を捕まえるだけ、という所まで、話が進んでいた。


 こうなれば放っておいても、いずれマニスの警察機関が犯人を捕まえてくれるはず――なのだが、基本的にマニスの警察機関は、税金の安さに比例して、必要最低限のことしかやらないので、殺人などに比べて罪の軽い窃盗の案件の処理は後回しにされがちである。


 そこで僕たちは、早速自力救済に動いた。


 すでに風の精霊によって犯人の住居は割れている。


 二日ほどでこの手の荒事が得意なレンとナージャが計画を立てて準備し、工作やトラップ諸々を駆使して、難なく犯人を捕らえた。


 僕も現場には一応同行したが、特に出番はないほど、完璧な手際だった。


 犯人は人間の少年の単独犯。


 外見は、ちょうどハミたちと同じくらいの年齢に見える。


 痩せこけているというほどでもないが、身なりは粗末で、生活に余裕があるようには到底見えない。


 身の回りに金目の物はなく、所持金もせいぜい銅貨数枚で、ほとんど無一文に近い状態と言っていい。


 僕たちは捕縛完了の手続きを済ませるため、その少年をそのまま冒険者ギルドまで連行する。


「それで? いたいけなレディから盗みを働いたこのクソガキをどうしますの?」


 ロープで拘束した少年の背中を踏みつけながら、ナージャが僕を一瞥する。


 紳士を愛するナージャは、たとえ幼かろうと女性への狼藉は許せないらしい。


 どうにも、当たりがきつめだ。


 レンの煙で麻痺状態になった少年は、抗議の声を上げることもできず、彼女の成すがままにされている。


「うーん。僕としては、あくまで被害を受けたハミたち自身に裁かせたいと思ってるよ。そうしてもいいんだよね?」


「問題ない。窃盗犯なら、かなりの程度まで自力救済が認められている。他に被害届が出ていれば、被害者間で弁済に関する裁判を行うこともあるけど、今回の当事者はあの子たちだけだから、法律の許す範囲で裁くことが許される」


 僕の確認に、カウンターにいたテルマが書類を整理しながら答えた。


 どうやら、この少年は他にも犯行を重ねていたようだが、いずれも少額の被害なので、届け出がされていないようだ。


 というのも、本来、事務手続きや犯人の特定・捕縛にかかる費用や時間に見合わないため、ハミたち程度の被害額なら、公に訴え出ないことの方が多いのだという。


 もっとも、僕たちは風の精霊のおかげで犯人の居場所をあらかじめ特定していたし、捕縛も自らこなしているので、ほとんどコストはかかっていないのだが。


「姉様。具体的にどういう罰を与えてもいいんですか? 私たちの里では、盗みの罪は、一回目は警告。二回目は入れ墨。三回目は追放でしたよね?」


「マニスでは、こういった場合、犯人に被害額を弁済するまで奴隷契約を結ばせるのが一般的。被害者の復讐感情が強い場合は、腕を斬り落とすという身体罰を課す場合もある。もっとも、いくら被害者でも、過度な身体罰を課すと、周囲から理性的でない野蛮な人物と思われるので、マニスでの実施例はかなり少ないけれど」


 小首を傾げるリロエに、テルマが冷静に答えた。


「でもそれはあくまでマニスの常識ですわよね。ハグレ者のあの子たちに通用するとは限りませんわ。必死で稼いだ身銭を盗まれて、かなり怒っていたみたいですし、『腕を斬り落とすノダ』とか言い出しても、ワタクシは全然不思議ではありませんわよ」


 ナージャがどこか突き放したような口調で言う。


「そんな! ハミちゃんたちも、自分たちのしてきたことを考えれば、この少年にあまりひどいことはしないはずです」


 ミリアが少年を同情するように見遣った。


「されど、罪は罪でござるからな」


 レンが厳しい口調でそう言って俯く。


「――全ての攻撃はすべからく諸刃」


「みんな色々意見はあると思うけど、当事者はあくまでハミたちだから。僕たちは、静かに見守ろう」


 僕はそう言って、未だ身動きの取れない少年を抱き上げた。


 さて、ハミたちは、かつての自身と同じような境遇にある彼に、一体どのような裁きを下すのだろうか。


 もしかしたら、その結論は、少年だけではなくハミたちの将来をも決定づけるのかもしれない。


 何となく、僕には思えてならなかった。


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