149話 覚悟
そのままロビーにいても、無駄に疲れるだけだと判断した僕たちは、一時的にスイートルームへと引き返す。
「それで、これからどうしますの?」
ナージャが腕組みしながら尋ねる。
「とりあえず、僕がカリギュラの貴族であるという立場を利用して、本当に脱出経路が用意されてないのか、外交ルートで調べてみるよ。レンも、情報筋を当たってみて」
「はっ。承知でござる」
僕の呼びかけに、レンが頷く。
「……もし脱出方法がなかったら? このままのペースだと、アルセはおそらく遅くとも半月もすれば、逃げ出した英雄たちを追って地上に出てくるはず」
テルマが妥当な推測を口にした。
行きと違って、帰りはルートも分かっているし、敵はデスパレードでモンスターを消耗しているから、障害も少ない。
よって、逃げ出した英雄たちが地上に帰還するまでの時間は、おそらく二週間くらいだろう。
ましてやアルセ――というより魔王はダンジョンの構造を熟知しているはずなので、下手をすればそれより早い可能性すらある。
「その場合は、二つしか選択肢はないよね。スタンピードが終わって、結界が解除されるまで逃げ続けるか。もしくは、腹をくくってアルセさんと戦うか」
僕は深呼吸一つ言った。
「でも、アルセさん――というより、魔王は、英雄を優先的に殺したがってましたよね。でしたら、タクマさんは真っ先に攻撃対象になってしまうんじゃ……」
ミリアが不安げに瞳を揺らす。
「うん。そうだね。だから、アルセさんが地上に出てきた場合、僕は彼女と戦わなくちゃいけない可能性の方が高いと思ってる」
僕は頷いて答える。
ミリアの言うように、英雄という括りでも狙われるだろうし、風の精霊が煽りまくっていたこともあって、魔王の僕に対するヘイトは高そうだ。
最悪、敵は僕たちが出てくるまで、一般人を虐殺し続けるくらいのことは平気でやるだろう。
「……勝てるの?」
リロエがぽつりと尋ねる。
「わからない。でも、ダンジョンは敵のホームだから魔王の力はだいぶ強化されているはず。地上に出れば、創造神様の加護があるから、ちょっとはマシになるよね?」
僕は、前に聞いた、ダンジョンと地上でモンスターの強さが違うという話を思い出して問う。
「そのはず。鑑定はしていないから、正確なレベルは判定できないけど、先ほどの映像の戦いっぷりを見るに、魔王の加護を受けたアルセの強さは、おそらく、レベル80前後。タクマも同じくらいの強さだから、勝てない相手ではないと思うけど……、私は無理はして欲しくない」
テルマが自信なさげに呟いて、心配そうに僕を見つめる。
「そりゃワタクシだってハネムーン中に未亡人なんて洒落になりませんし、タクマに死なれるのは絶対に嫌ですけれど……互角なら、ダンジョンを脱出してきた他の英雄の援護を受ければ、優位に立てるのではなくて? 逃げられないと分かっていれば、まともな頭があればタクマに協力するでしょう」
ナージャが冷静に言った。
「然り。各個撃破されるよりは、まとまって事に当たった方が生存の確率は高こうござるからな」
レンが頷く。
「うん。じゃあ、とりあえず、公の方に連絡をつけて――」
『他愛もない。もう終わりですか』
僕がそう喋ってる途中、中継の映像にアルセの声が混じる。
『うぐわぁー! やられたぁー! でも、これで勝ったと思うなよ! 「本物」がきっと敵を取ってくれるさ! 僕のご主人様は世界で一番強い!』
そんな捨て台詞と共にアルセに斬り殺される僕の人形は、苦悶の表情をどアップで自撮りしていた。
っていうかなんで撮影できているんだ。
もしかして、僕が撮影班をまくように指示した時に、マジックアイテムを取り上げていたのかもしれない。
『さて。茶番はこれくらいにして、狩りの続きをしましょうか』
アルセが無表情に駆けていく。
虚しく傍らに転がったマジックアイテムが、人形の残骸を映し出す。
それは真っ二つに裂け、精霊たちが逃げ出したことで偽装も解けて、ただの土くれに戻っていた。
「はあ。今まで一度もご主人様なんて呼んだことないくせに」
調子のいいことを言う風の精霊に僕はため息をついた。
精霊と僕の関係は主従ではなく、対等である。
風の精霊は興奮から、ノリで喋っているだけだろう。
「まあ、でもこれでタクマがダンジョンに戻ってないことは完全にバレましたし、その内、向こうから連絡が来そうですわね」
ナージャがぽつりと呟く。
案の定、数分もしない内に、ホテルの方に連絡があり、都長が面会を打診してくる。
僕たちがそれを受けると、さらに30分程で、都長が自らホテルにやってきた。
ホテルの風精霊の連絡を受け、そのまま彼をスイートルームに通す。
「この度は、その、まことになんと申し上げてよいやら、大変な事態になりまして。ですが、このことを予期されて動かれていたタクマ殿のご慧眼にはただただ感服するばかりでして……」
スイートルームにやってきた都長は、前に会った時の尊大な態度はどこへやら、しきりにハンカチで額の汗を拭いながら、しどろもどろに呟く。
「前置きはいいので、本題に入りましょう。まず確認させて頂きますが、結界の一部を解いて、脱出することはできないんですか?」
「そ、それが……。この街の防衛システムは、内部に宿っている精霊による独自の意思決定システムを採用しておりまして、私にも手出しできない部分なのです。その、もし一部の人間に権限を与えてしまいますと、その者が他国に買収されたり、今回のように魔族に乗っ取られでもすれば、一巻の終わりという訳でして。街の外のモンスターが掃討されない限り、結界は解除されないものかと存じます。このままのペースですと、およそ一月はかかるかと」
僕の質問に、都長は何度も頭を下げながら答える。
「本当ですね? 失礼ながら、偽りをおっしゃっていた場合、僕もそれなりの立場にある人間として、黙ってはいられませんが」
僕は敢えて高圧的な態度で念押しする。
こういうやり方はしたくないが、僕たちを働かせるために都長が嘘をつく可能性もあるので、仕方ない。
「ほ、本当です! もし逃げられるならとっくに私が逃げて――コホン」
都長はそう言ってから、自らの失言を誤魔化すように咳払いをする。
僕は、嘘を見抜くのが得意なナージャとレンにアイコンタクトを取る。
二人とも特に疑問はなさそうだ。
どうやら都長は真実を話しているらしい。
「分かりました。こうなった以上、僕はアルセさんと戦ってもよいと思ってます」
「ほ、本当ですか? その、大変申し上げにくいのですが、勝算はいかほどのものでしょうか」
都長がぱっと顔を上げる。
「確実に勝てると思いますよ。ただし、そちらが今から僕の言う条件を受け入れてくださるならの話ですが」
僕は自信ありげに言った。
本当は、そこまで絶対的な余裕がある訳ではないのだけれど、弱気でいたら、交渉が先に進まなくなる。
「じょ、条件とは?」
恐る恐る都長が尋ねてくる。
「まず、僕と仲間たちに、この街にある最高の装備を提供すること。次に、僕が、ダンジョンから脱出してきた英雄の援護を得られるように、最大限の便宜を図ること。そして、もし僕に何かあった場合は、仲間たちを誰よりも優先して逃がすこと」
僕はそう言って、三つの条件を提示した。
言葉にすると長々しいが、大したことじゃない。
要は「ベストな状況で戦わせてくれ」と言っているだけだ。
「その程度でしたら、もちろん協力させて頂きます! 私は元々、関係各所に顔が効きますからかならずご期待に添える結果を出せるかと思います。そもそも、そうでなければ、二期連続の当選はなく――」
都長が俄然元気を取り戻したようにペラペラ喋り出す。
風の精霊のような無邪気さはないが、調子がいいという意味では彼以上かもしれない。
「あと、当然、追加の報酬も用意して頂けますわよね? オルキス地方の至宝たるタクマをそちらの不手際で危険に晒した上に、命がけでその尻ぬぐいをさせようというんですもの」
ナージャが釘を刺すように言う。
「は、はい、救世軍後援会の方とも協議の上、適切な補償と報酬を用意させて頂きます」
都長が再びシュンとしてかしこまる。
「では、後援会の代表者の方も交えて、もう少し詳しい話を詰めたら、契約書を交わしましょう。紙はアレハンドラにあるワタクシの実家の支部から最高級の物を供出させますわ」
「タクマの所属しているマニスと冒険者ギルドは、アレハンドラ最大のギルドと提携している。だから、そのギルドの責任者にも、契約の立会人になってもらう」
「ふむ。然らば、一大事故、吾はカリギュラへの報告書をしたためまする」
ナージャとテルマとレンが関係各所の名前を出して、都長を牽制する。
「で、では、早速、役所に持ち帰り、円滑に計画が進むよう、取り計らわせて頂きます!」
都長が逃げるように部屋から出て行く。
こうして、決戦に向け、歯車は動き出した。




