夜は眠るものなのです
日が昇って沈むまでが人間の生活時間、と言った先人は素晴らしいと思う。
何せ人間、太陽の光を浴びて動く生き物だ。ホルモンは太陽の光を浴びてどーのって言うし、日を浴びないと骨が脆くなるとかも聞いた事あるんじゃないか。もっと簡単な話、朝起きて日の光を浴びるとすっきりするよな。
そんな風に、人間ってのは太陽と共に生活するように出来てる訳だ。
反対に、夜。こいつは駄目だ。
人間は夜に行動するように出来てない。そもそも、夜って何も見えない。いや、一応暗い所でも最低限は見えるようになってるよ? でもくっきりは見えないし、色も分からない。つまり、自由に行動するにはキツイ。
人間、8割は視覚に頼ってるらしいぞ? それが使えないんだから、行動を諦める方が賢いじゃん。無茶は良くない。
けど、先人達はそんな夜でも行動出来るようにって、電気を発明した。それを外にも置く事で、夜中に歩いても危なくないようにしたんだな。お陰で、日没と共に寝なくても、暗くなるまで働いても困らなくなった。まあ、便利は便利だよな。
でもさ、真っ暗な中、街灯を頼りに歩くのって怖くないか?
車からも分かりにくいって言うから、轢かれるかもしれない。街灯だけの道はスリやひったくりの格好の場所だってのも聞いた事ある。現実問題、犯罪は夜に多いんだ。
更に言えば、夜道って何となく不気味じゃあないか。こう、いないと分かっててもお化けがいるんじゃないかって、意味もなく警戒しちゃったりさ。
それでも何とか頑張って歩けるのって、やっぱ帰れるからだよな。気を付けて帰れば家があるって思えるから、暗かろうと不気味だろうと夜道を突っ切ってこれるってもんだ。
長々と語っちまったが、つまり俺が言いたいのは——
「おーきーろ。おら、そろそろ見回りの時間だぞ。起きろー瑠依」
——深夜1時に起こして、あまつさえ外へ出ろなんて言ってくるやつは、人類の敵だと思わないかってことだ。
「るーい、はよ起きろッつうの。てか起きてんだろ、このがっつり布団握ってる手ぇ放せ」
揺さぶってくる声の主に、俺は断固抵抗の意思を持って更にベッドに潜り込んだ。ああ、ぬくい。
「……嫌だ。夜は人間の動く時間じゃない。俺は竜胆と違ってごくごく普通に昼間活動する人間なんだ、夜はぐっすり寝るのが仕事なんだ」
「何寝る子は育つみたいなこと言ってんだ。つうか俺だって瑠依と同じく昼間に活動してるっての。いいから起きろって」
俺の真っ当な訴えは残酷にも却下され、力尽くで布団をはぎ取りやがった。
「横暴か!」
がばりと起き上がった俺に、所行の犯人である竜胆は、その名前と同じ色の目に呆れを浮かべて見下ろしてきた。
20代半ばくらいの外見の竜胆は、全体的にがっしりしている。家系的に細身で、鍛えても筋肉が付かない俺には憎らしい限りだ。
男なら誰もが羨む体格の持ち主である当の本人は、布団片手に懇々と諭してきた。
「どこが横暴だ。俺まで怒られんのやだッつうの。また怒られるぞー嫌みの嵐だぞー蹴っ飛ばされるぞー。急いだ方がいいんじゃねえの」
真っ当な指摘にちょっぴりぐらついたけど、それでも俺はベッドの上で、堂々と胸を張る。
「怒られると分かってても行きたくない気持ちを優先する、それが俺クオリティ!」
「阿呆」
「ぅあいだっ」
ゴンッと拳骨を落とされた。くっそう馬鹿力め、目の前に星が飛んだ。
「おら、準備しろ準備。そのだっせえパジャマ姿で見回りしたきゃ、俺はいいけどな」
「主が指差されて大笑いされて平気か!?」
「平気。痛くも痒くもねえ。ほら急げ、いい加減俺でもギリギリだ」
しれっと急かす竜胆を恨めしげに見上げたけど、綺麗にスルーされる。しゃーないと、机の下に置いてあるリュックを引っ張り出し、椅子に引っかけておいた動きやすい服にのそのそと着替える。リュックを背負って準備完了。
「……ちゃんと準備してんだから、駄々こねないで出ろって」
「イヤダ」
きっぱり言うと、竜胆がやれやれと首を横に振った。光の加減で紺青色に見える髪の毛を鬱陶しそうにかき上げる竜胆に、俺はさあと胸を張る。
「さあ竜胆、任せた!」
「おい馬鹿主、ちったあ自分で走ろうとしろ」
「ヤダ、かったるい!」
「……」
半眼になった竜胆が、俺を見下ろした。命令だ、と胸を張って態度で語る俺に、はあと溜息をついたかと思うと、いきなり腰をがっと掴みやがる。
「うおっ、ちょ待った! 扱い酷くね!?」
ひょいっと小脇に抱えられた俺は、手足をばたつかせて喚く。荷物というか小さなガキのような運ばれ方は、流石にちょっと矜恃に障る。
だというのに、竜胆は俺の苦情をつるっと無視しやがった。
「あー誰かさんがぐだぐだしてたせいで、時間ぎりっぎりだな。本気の本気で急がないと、待たせちまうからなあ。全力で走るか」
「いや待て、本気って竜胆の本気って洒落にならんから! せめて肩に担ぐいつものスタイルで行ってくださいお願いします!?」
「うっし行くぞー」
「いやああああ!?」
ガラッと気前よく窓を開けた竜胆は窓枠を蹴り、宣言通り本気の本気で走り始めた。




