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第3話:炎の中の脱走

鉱山の朝は、鉛色の空の下で重苦しく幕を開けた。鎖の軋む音が冷たい岩壁に反響し、奴隷たちの呻きが湿った霧のように漂う。タクミは鎖に繋がれた足を引きずり、坑道の奥へ進んだ。頬の鞭痕は赤く腫れ上がり、指先は血と泥で黒ずんでいる。それでも、彼の目は鋭く、暗闇の中でかすかな光を捉えるように周囲を睨んでいた。


坑道の隅に散らばる折れたツルハシの柄や錆びた鉄片を見つけ、タクミは膝をついてそれらを拾い集め始めた。冷たい鉄が掌に染み、頭の中で「魔鋼機」の設計図が形を成していく。現代で夢見た機械が、この異世界で命を吹き込む――それが彼を突き動かす唯一の希望だった。


「これで…一歩近づける…」

小さく呟き、彼はジャケットの内側に廃材を隠す。視線を下げ、監視員に気付かれないよう動作を抑えた。だが、その一瞬を巨漢の監視員の目が捉えた。


「おい、新入り! そのゴミは何だ?」

革鎧に身を包んだ男が鞭を手に近づき、タクミの胸倉を掴む。次の瞬間、鞭が背中に振り下ろされ、タクミは地面に膝をついた。口から血が滴り、岩に赤い染みが広がる。監視員が嘲るように笑う。

「ゴミ拾いが趣味か? 無駄なことをしてないで働け!」


タクミは顔を上げ、血に濡れた唇を僅かに歪めた。内心で呟く。

お前らには分からねえ……これが俺をここから抜け出させる鍵だ。

現代で失った全て――家族、未来、夢――をこの廃材に重ね、タクミは生きる意味を見出していた。だが、その思いを口には出さず、ただ黙って監視員を睨み返す。巨漢が苛立ちを隠して舌打ちし、背後で赤いローブの魔導士が杖を構えるが、監視員が手を振って制した。


「好きにしろ。どうせお前ら奴隷は死ぬだけだ。」

背を向ける監視員を見ながら、タクミは地面に血を吐き捨て、内心でニヤリと笑う。

死ぬ気はねえよ……生き抜いて、見返してやる。



夜が訪れ、奴隷たちは粗末な小屋に押し込まれた。板張りの床は湿り、隙間から吹き込む風が骨まで冷やす。薄暗い灯りの下、タクミは小屋の片隅に座り、隠していた廃材と魔脈鉱石を取り出した。近くで眠るリアが小さく寝返りを打ち、隣に横たわるやせ細った少年が微かに咳き込む。昼間、その少年はタクミに自分の水を分けてくれた。名も知らない小さな命が、タクミの胸に小さな火を灯していた。


爪で床を削り、昨夜描いた計画図に線を加える。廃材を手に持つと、タクミはそれを組み合わせ始めた。折れた鉄片を叩いて形を整え、魔脈鉱石を動力源として嵌め込む。指先が擦り切れ、血が滲むが、彼の手は止まらない。やがて、粗末ながら腕だけの「魔鋼機」が姿を現した。鉄の骨組みに鉱石が微かに光り、岩を握り潰す力が宿っている。


「魔鋼機……こいつが俺の切り札だ。」

呟きながら、タクミの目が燃える。現代での夢が、この異世界で新たな命を得る瞬間だった。


ガイストのコアが青く瞬き、低い声が響く。

「タクミ、その設計、成功率28%だぞ。無茶すぎる。」

タクミの手が一瞬止まり、前回の32%から下がった数字に眉を寄せる。

「28%か…下がったな。でも、0%よりマシだ。俺は諦めねえ。」

ガイストが呆れたように続ける。

「死に急ぐなよ。まだ改良の余地はある。」

タクミは小さく笑い、鉄片を手に握り締める。

「改良は後だ。今はこれで戦うしかねえ。」


その時、小屋の扉が乱暴に開き、赤いローブの魔導士が踏み込んできた。灯りが揺れ、影が壁に踊る。魔導士の手が隣の少年の腕を掴み、力任せに引き起こす。

「貴様!昼間よくも俺のローブに触って汚い手で汚してくれたな!」

昼間、その少年は疲労と空腹でよろめき、隣で監視していた赤いローブの魔導士に倒れ込んでしまった。少年の汚れた手がローブに触れ、魔導士が顔を歪めて罵ったのを、タクミは今でも覚えている。


少年が弱々しく首を振るが、魔導士は容赦なく彼を小屋の外へ引きずり出した。

やせ細った体が地面を擦り、助けを求める少年の目が一瞬タクミと合う。

タクミが立ち上がろうとするが、魔導士の冷たい視線が一瞬彼を捉え、動きを止める。


鉄格子の隙間から見えたのは、少年が地面に投げ出され、魔導士が杖を下ろして鞭を手に取る姿だった。鞭が空を切り、少年の小さな体に何度も振り下ろされる。悲鳴が闇に響き、やがて掠れた喘ぎに変わった。少年は虫の息で地面に横たわり、魔導士が満足げに笑う。

「これで少しは静かになるな。」

ローブの裾を払い、魔導士は監視員室へと戻っていった。


タクミの拳が震え、爪が掌に食い込む。少年の助けを求める目が脳裏に焼き付き、怒りが胸を焦がす。

「あいつも…救うんだ…今度こそ…」


タクミは決意を固め、リアを揺り起こした。

「リア、今夜だ。お前も行くって言ったよな?」

目を擦りながら、リアが怯えた声で応える。

「うん…私だって、ここにいたくない…!」

その瞳に宿る小さな決意に、タクミは頷いた。

「なら、準備しろ。もう後戻りできねえぞ。」


魔鋼機の腕を手に持ち、ガイストのコアを握り締める。魔導士が去った静寂の中、タクミは床の隙間に魔鋼機の指を差し込み、力を込めた。バキバキと板が軋み、裂ける。木屑が舞い、小さな穴が開く。タクミはリアの手を引き、外へ飛び出し、少年の元に駆け寄った。少年の胸が微かに動き、まだ息があるのを確認する。タクミは彼を肩に担ぎ、歯を食いしばる。

「お前、死ぬなよ…まだ間に合う…」


だが、すぐに警笛が鳴り響き、騎士団の馬蹄が地面を震わせた。

「脱走者だ! 捕えろ!」

木々がざわめき、背後で別の魔導士が杖を掲げる。赤い火球が夜空を切り裂き、タクミたちの頭上をかすめた。熱風が頬を焼き、少年の小さな手がタクミの背を弱々しく掴む。

「助けて…」

掠れた声が胸を抉る。


リアがタクミの腕を掴み、叫ぶ。

「タクミ、あっち! 早く!」

追っ手が迫る中、タクミは魔鋼機の腕を振り上げた。軋む鉄の骨組みが地面に叩きつけられ、土が飛び散る。衝撃で先頭の馬が転倒し、騎士が叫び声を上げる。だが、次の火球が飛来し、木々が炎に呑まれる。絶体絶命の瞬間、ガイストのコアが震えた。

「魔脈エネルギー、緊急放出可能。どうする?」

タクミの目が燃え、叫ぶ。

「やれ!」


コアから青い光が迸り、衝撃波が炸裂した。馬が嘶き、兵士が吹き飛ぶ。森が一瞬静まり、タクミは息を切らす。だが、その刹那、背後の火球が少年を直撃した。

「うわっ!」

少年の体が熱くなり、タクミの腕の中で動かなくなる。

「おい…起きろ!」

虚ろな瞳が空を見つめ、息が絶えた。タクミの腕が震え、涙が溢れる。

「畜生…まただ…!」


リアが叫び、タクミの手を引っ張る。

「タクミ、来るよ!」

魔導士が新たな火球を構え、騎士団が再び迫る。タクミは少年の亡骸を抱えたまま、魔鋼機の腕を握り締め、リアを連れて崖下へ転がり落ちた。木々が折れ、土が崩れ、二人の姿が闇に消える。遠くで炎が揺らめき、森は静寂に沈んだ。




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