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彰ちゃん大学生(になりたて)設定
三月ももうすぐで終わりな早春の頃。
「建介さん!」
名前が呼ばれた方を向いたら、彰チャンが手を振って俺の方に向かってきていた。小走りで。もちろん俺も手を振り返す。
「お疲れ、彰チャン」
俺の目の前まで来た彰チャンにそう言ったら、彰チャンは「うん」とにっこり笑顔になった。そんな顔見たら、俺も笑顔になってしまう。
寄っ掛かっていた車から身体を離し、助手席側のドアを開ける。
「よし! じゃあ、行こっか!」
「うん!」
彰チャンがお礼とともに助手席に乗って、俺もすぐに運転席へと向かう。
車のエンジンを掛けると、彰チャンから教えてもらった音楽が流れ出した。それに気付いた彰チャンが嬉しそうにこっちを見る。へへっと笑ってから、アクセルを踏んだ。
今日は土曜日で、天気も最高で、まさしくお出かけ日和。彰チャンのバイトが終わるのを待って、今日はこれから郊外のアウトレットモールに出掛けるのだ。
「大学生ってどんな服着るのかなあ」
車が走り出してしばらくしてから、彰チャンがそんなことを言った。ちらっと視線を横に向ければ、彰チャンは困ったように眉を下げている。
「みんな自分の好きなの着るよ。変に考え込まなくたってだいじょーぶ」
「えー。でも、やっぱり気になるじゃん」
彰チャンはうーんと考えを巡らす。俺は大学のキャンパスを歩く彰チャンを思い浮かべて、自分ももう一回通えたらなあなんて無理なことを考えた。
そうなのだ。彰チャンは来月から大学生になる。大学生だ。大学デビューだサークルだ飲み会だなどと騒ぐ男たちが大量にいる、大学に通うのだ。一人暮らしの女の子を狙い定める男たちがたくさんの……。
「建介さん?」
「ん?」
頭に思い浮かべていたまだ見ぬ敵を睨みつけていたら、彰チャンに声を掛けられた。一瞬で頭の男たちを消し去って、彰チャンに気付かれぬようへらっと笑ってみせる。
「建介さんは、大学のとき一人暮らししてた?」
「俺? 俺はね、してない」
「そうなの?」
「うん」
彰チャンがちょっと驚いた。
「そっか。じゃあ、大学生だからって一人暮らししなくちゃダメってことないんだね」
「そりゃそうだよ。実家暮らしには実家暮らしのメリットってのがあるしね」
主に金銭面と食事面で。ってのは心の中で止めておく。彰チャンは「そっかそっか」と嬉しそうだ。
嬉しいことに、彰チャンは今住んでいる家から大学に通う。大学が隣県なので、電車で一時間掛からないくらいなのだ。受験生になった時にその大学を聞かされた時は、それはもう、死ぬほどほっとした。これで遠距離になんてなったら、俺が耐えられない。
一人暮らしはするに越したことはないが、生活力は社会人になってからでもつけようと思えばつけられる。まあ、大学から一人暮らししてたヤツより慣れるのに時間が掛かるけど。
「それじゃあ、一人暮らしのメリットってなんなの?」
「んー。たぶん、時間の融通が利くところかなあ。自分しかいないから、いつ何しようが家族に迷惑掛からないし、チクチク言われることもないし」
「ふーん」
彰チャンはよく分からないといった風に首をひねっている。
「まあ、まずは大学生活に慣れてからだね」
「だね」
彰チャンが俺の言葉に笑って頷く。その時、彰チャンの手がいつもと違うことに気付いて、思わず「あれ?」と声に出してしまった。彰チャンが「ん?」と首を傾げる。
「彰チャン、マニキュアしてる?」
俺の問いかけに、彰チャンは「あ!」と思い出したように言って、「うん」と笑顔で両手をぱっと広げた。やっぱり見間違いではなかったようで、彰チャンの爪には普段見られない色がついていた。ピンクっぽいような色。
「これね、貰ったの」
「そうなんだ。似合ってるよ」
「ほんと?」
「うん」
俺が頷いたら、彰チャンが嬉しそうに笑った。
貰ったのは、どうやらカフェで知り合った大学生のお姉さんらしい。俺も何度か会ったことがある。自分用にと買ったのだけど、思っていた色と違ったとのことで、彰チャンに似合いそうだからあげると言われたという。お姉さん、ナイス。
「マニキュアなんて初めてしたけど、この色は好きかも」
「そうなの? じゃあ、他の色も見てみようよ」
はっきり言って、女の子の、それも大学生の流行なんてほとんど知らないけど、彰チャンのことなら別だ。何色がいいかななんて考えてたら、彰チャンが「そうだ」と何かを思いついたようだ。ちょうど信号が赤になったので、車を止めて彰チャンの方を向く。
「建介さんの好きな色にしよっか」
そうしたら、にっこり笑ってそんなことを言われた。赤信号でよかった。青信号だったら、絶対にわき見運転してた。
「建介さん、何色が好き?」
「待って。今考える!」
「好きな色ないの?」
「違う違う! 彰チャンに似合う好きな色考える!」
そう言ったら、彰チャンは一瞬きょとんとした後、おかしそうに笑った。
「じゃあ、楽しみにしてるね」
「うん」
彰チャンの笑顔に俺も嬉しくなって、それから数十分はあの色はどうだこの色はどうだなんて話していた。
いつの間にか、まだ見ぬ大学の男たちなんかどうでもよくなった。彰チャンが楽しそうなら、それでいい! うん。




