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かなりの人数が集まったホテルのパーティー会場には、曲名は知らないけどクラシックが優雅に流れている。テーブルに並ぶ料理だって、旨そう。
でも、そんなのより彰チャンが俺の隣にいることの方が、よっぽど嬉しい。今日のために彰チャンのお母さんが買ったという黒のワンピース姿の彰チャンはいつもより少し、いや、かなり可愛い。
彰チャンのお母さん、ナイス。
今日は2月14日、バレンタイン。
そんな日にパーティーに出席してる理由は、パーティー会場であるこのホテルの設計を俺の父さんがやったから。設立記念日である今日のパーティーには、たくさん人が来てる。
せっかくのバレンタインなんだ。彰チャンに一緒に来てほしくて頼んだら、彰チャンは二つ返事でOKしてくれた。
「彰チャン、疲れた?」
会場の端に並ぶ椅子に座って隣の彰チャンに尋ねると、彰チャンは素直にコクリと首を縦に振った。
彰チャンは人の多いのが嫌いみたいで、始まった時からずっと俺のそばを離れない。
「もうちょっと待っててね。もう少ししたら来ると思うから」
「誰が?」
「ないしょ」
ある人を待つ俺に首を傾げる彰チャンに笑って言葉を返す。彰チャンはそれに不思議そうにしたけれど、別段気にするわけでもなく、また手に持っていたジュースを飲み始めた。
それを見て『可愛いなぁ』なんて思いながら、目当ての人が来るのを待った。実は今日パーティーに来たのは、その人に会うためだったりする。
「真田さんっ」
来た……。
めちゃくちゃ甘ったるい声で前から駆け寄ってくるその子。似合ってもないピンクのワンピースを着て、髪はいつも以上に丁寧に巻かれている。待っていたとはいえ、いざ目の前にするとやっぱり顔が引きつってしまう。
「久しぶりだね、坂上さん」
俺の目の前に立ったその子――坂上麗奈に隣に座っていた彰チャンは思いっきり反応した。反射的に俺のスーツの袖を掴んでる。
坂上麗奈はにっこりと、たぶん彼女にとって最上級の笑顔を作って俺に挨拶をしようとして、失敗した。彰チャン同様、坂上麗奈も俺の隣の彰チャンに反応してる。腹立つくらい彰チャンのこと睨んでるし。
「海堂さんも来てたんだ」
「……まぁね」
坂上麗奈の声に彰チャンは素っ気なく答える。その答え方がまた坂上麗奈には気に食わなかったらしい。
「海堂さん、こんなところまで来て男探してるの? 優しい真田さんまで騙して」
坂上麗奈の失礼極まりない言葉に彰チャンは何も言わない。ただ黙って坂上さんを見上げるだけ。
彰チャンは気付いてないんだろうけど、彰チャンがただ見てるだけっていうのは、それだけで相手を威嚇する。
「っ……真田さんっ。海堂さん、パーティーなんかつまらないみたいだから、一緒に外行こう?」
彰チャンの視線にビビりながらも、座る俺の腕を引っ張る坂上さん。坂上さんが近付くと余計に香水が匂って気持ち悪くなる。
チラッと横目で彰チャンを見ると、彰も坂上さんの香水がキツいみたいだ。思いっきり顔をしかめてる。
「悪いけどさ、」
腕を掴む坂上さんの手を取りやんわりと退けて、坂上さんを見上げる。本当は振り払いたいくらいだけど。
「俺、もう帰るんだ。彰チャンと。今日のパーティー誘ったの俺だから、送ってかないとね」
「え……」
坂上さんの顔がショックっで固まってる。
「彰チャンは男漁りなんかする子じゃないよ? 優しいんだから。坂上さんより何倍も」
遠回しに坂上さんが彰チャンにしたことを非難するように言うと、坂上さんは目を泳がせた。自分のやったことが俺にバレてるって気付いたみたい。
「じゃあね。俺たち、もう帰るから」
立ち上がって挨拶すると、彰チャンも椅子から立って俺の横に並んだ。そのまま彰チャンの手を取って出口へと向かう。
坂上さんの顔色がどんどん青くなっていくのを見て『ざまみろ』と口に出さず思ってみたりした。
彰チャンを泣かせた罰だ、ばかやろー。
***
カランカラン……
ドアを開けて、彰チャンを先にカフェの中へと入れた。彰チャンが入ったあとで、俺も中へと足を踏み入れる。
パーティー会場を出たあと、彰チャンがカフェに行きたいと言ったのでやってきた。
今日はいつもより人が少ない。
「先に席行ってていいよ。私が紅茶煎れてくるから」
ワンピース姿の彰チャンがそう言って俺の背中を押した。
彰チャンの言葉は嬉しいんだけどさ……。いつもと違う格好の彰チャンをあの大学生バイトの男が興味ありげに見ているのが気に食わない。カウンターを過ぎる際に目が会ったその男を軽く睨み付けてから、いつもの席へと近付いた。
「お待たせしました」
十分ほど経ったくらいに、彰チャンが銀色のお盆に二つの紅茶とトリュフを乗せて俺の席に来た。トリュフは4つあって、ちょこんと白い皿に乗ってる。
「これね、私が作ったんだよ」
「彰チャンが?」
「うん。今日ってバレンタインでしょ? だから、古谷さんに作り方教えてもらって一緒に作った」
俺の向かい側の椅子に座って、彰チャンが嬉しそうにトリュフを指して言った。彰チャンが、俺に、チョコを作ってくれた。それだけでも嬉しい。
「ありがとね、彰チャン」
「ううん。私の方こそありがと」
「用心棒だったらいつでもなるからね」
その言葉に彰チャンは可笑しそうに笑った。
トリュフを一つ摘まんで口の中へと放り込む。初めにパウダーの苦味がきて、すぐに甘いチョコレートの味がした。
前を向くと、伺うような彰チャンの顔。
「旨いよ、これ。……古谷さんのチーズケーキより」
最後の言葉を小声で付け足すと、彰チャンは少し驚いて、それから照れたように笑った。
俺にとったら今までで一番のチョコレートだな、彰チャンの作ったやつは。うん。
ホワイトデーには、お返しに何をあげようかなあ。




