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彰チャンが中庭やバイト先のカフェに姿を現さなくなって、一週間。たぶん、学校も休んでる。



正直、つまらない。

中庭での昼食会もないし、カフェで彰チャンがチーズケーキを運んできてもくれない。オーダー取りに来るのは、たぶんバイトの大学生。しかも男。

彰チャンがいなきゃ、チーズケーキの旨さも紅茶の旨さも半減、いや激減。

会いたいなぁ……。彰チャンに。




彰チャンと会わなかった一週間が終わって、次の週の月曜日。今日は現場には行かない日。会社に行って、いろいろと打ち合わせをしなくちゃならない。


会社の地下駐車場に車を停めて、エレベーターを使って社内に入る。実はこの会社、父さんが建てた建築会社なんだよね。だから、もちろん社長は父さん。そこまでデカイ会社じゃないけど、客からの評判は上々。



「令亜、いる?」



四階まで上がって、インテリア部所の、そのまた奥にある個室のドアをノックもなしに開けた。



「建介っ、ノックくらいしてよ!」

「ごめーん」



令亜の言葉に生返事で返して、令亜の座るデスクの前にある椅子に座った。それから彰チャンから借りたカタログを広げてみせる。



「楠学園のインテリア、ここの会社にしようと思うんだけど」



右ページにある会社のロゴマークを指で令亜に見せる。

令亜ってのは俺の3コ上の姉ちゃん。うちの姉弟で唯一温厚な性格の姉ちゃん。



「建介、これどうしたの?」



令亜がカタログを見て不思議そうに言った。



「んー? 知り合いに借りたの。うちのより詳しいよ」

「それ嫌味?」

「べつにー」



カタログを見る令亜と軽口を叩き合いながら、クルッと椅子を一回りさせて部屋を見回した。

っとに、令亜の趣味は姉弟一、女らしい。一番上と三番目なんて女のくせに性格が荒い。少しは令亜を見習えばいいんだ。おまけに一番上の悠乃は放浪癖がある。



「そういえばさー、悠乃って今どこにいんの?」

「さあ……。前は手紙でニューヨークにいるって言ってたけど」

「じゃあ、今ごろはセレブの警護かねー」



椅子をクルクル回しながら言うと、令亜が苦笑してカタログに目を落とした。

行方不明なのは悠乃だけでいいのに。彰チャンのばかやろー。



「ばかやろー……」

「なに?」

「なんでもなーい」



声に出してみたら、余計に寂しくなった。




***



夜8時、珍しく残業までしてからいつものようにカフェに来た。



「いらっしゃいませー」



……彰チャンの姿は、ない。

小さく溜め息をついて、ノートパソコンを手に彰チャンが教えてくれた奥の席へと足を進めた。



「紅茶とチーズケーキ」

「かしこまりました。少々お待ちください」



バイトの大学生がそう言ってカウンターに戻っていく。いい加減、俺の注文くらい覚えろ。一週間、俺にメニュー聞いてたくせに。なんて、彰チャンに会う楽しみがなくなった八つ当たりを心の中でしてみる。


チーズケーキがなくなって、二杯目の紅茶もなくなりかけた頃。俺のテーブルにチーズケーキが置かれた。



「え、あの俺注文してませんよ?」



パソコンから目を放して、ケーキを持ってきた人を見上げる。

癖のない黒髪に眼鏡をかけてるこの男は、誰だ?

一応腰に黒のエプロンしてるから店の人なんだろうけど。

男は小さく笑って俺にチーズケーキを勧めた。



「私の奢りです。彰さんがいなくて、つまらなさそうに見えたので」

「……」



顔に出てた?



「……ありがとうございます」

「どういたしまして。私は苅谷です。一応店長ですかね」

「はぁ……。あの、彰チャン、何で休んでるんですか?」



チーズケーキをフォークで一口分に切ったものの、口には運ばず思いきって苅谷とかいう人に質問してみる。すると苅谷さんは言いづらそうに顔を困らせた。



「風邪、ではないですよね?」



期待を込めて苅谷さんを見上げる。苅谷さんはしばらく黙ったあと、小さく溜め息をついた。



「10時過ぎまで待ってもらえますか? 店が終わってから説明したいので」

「あ……ありがとうございます」

「いいえ。チーズケーキ、召し上がってくださいね」



そう言って微笑み、苅谷さんはカウンターの方へと戻っていった。

よかった。これで少しは彰チャンのこと知れるんだ。


俺の腕時計が10時を2分ほど過ぎた頃に、苅谷さんともう一人――ちょっと長めの染めた茶髪を後ろで縛っている男が俺のテーブルに来た。



「お待たせしました。彼はパティシエの古谷です」



苅谷さんがもう一人の男の説明をする。

古谷?



「……ああっ、彰チャンが言ってた古谷さん!」

「はい?」



苅谷さんと古谷さんの二人が首を傾げて俺を見た。



「あ、いえ、何でもありません。あの、それで彰チャンは?」



早く彰チャンのことを知りたい俺は苅谷さんたちに話を促した。テーブルを挟んで俺の前に座った二人は、互いに顔を見合わせてからもう一度俺の方を向いた。



「彰さんのことをお話する前に名前を伺っても?」



苅谷さんが丁寧に俺に聞いた。



「あ……すみません。真田です。真田建介」

「真田さん、ですか……。真田さん、ご存知の通り彰さんはここ一週間はバイトに来ていません。理由ははっきりとは分かりませんが、推測はできます」



苅谷さんが急に真面目な顔つきになった。それでも俺は先が知りたくて小さく頷くだけ。



「彰さんは、中学生の時にいじめにあってたそうです。暴力とかではなく、一部から根も葉もない噂を流され、露骨な無視を受け……。結果、学校は休みがちになったと」

「……」



いじめ? 彰チャンが……?

今じゃあんなに笑うのに、いじめにあってた?



「でも……それと今はどう関係が?」



いじめにあってたのは中学の時。それじゃあ今はどうなんだ。



「真琴さんが言ってたんだよ」



今度は苅谷さんの左に座る古谷さんが口を開いた。反射的に古谷さんに目を向ける。



「この間店来て『たぶん中学の時と同じ』って。中学の時っていったらそのことしかないしな」



古谷さんが溜め息をついた。顔がすごくつらそうだ。



「……何で二人がそのことを?」



彰チャンのことで何も言えなくなって、違うことを聞いた。



「彰さんが中学の頃は、よく来てたんです。平日の昼間からずっと座ってるんで、自然と仲良くなりました」

「ああ……」



きっと、ボーッとカフェの中見渡してたんだろうな。彰チャンらしい。



「苅谷さん、」

「はい?」

「いじめの原因って分かります?」

「……さあ。そこまでは……」



カフェを見渡しながら聞くと、ややあって苅谷さんがそう答えた。



「そうですか。ありがとうございます」

「いいえ」



苅谷さんの返事を聞いてから、パソコンを閉じて立ち上がる。二人に軽く頭を下げて紅茶とチーズケーキの代金を払おうとした。



「ああ、代金は結構です」

「え?」

「その代わり、彰さんを店に戻してください。彼女がいないと、ホールが上手く回らないので」



少し困ったように言われて、コクリと頷いた。もちろん、初めからそのつもりだったし。

俺だって、彰チャンの顔が見たい。

カフェを出て、車に乗り込む。



明日は仕事サボって彰チャンに会いに行こう。






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