リヒルト・シュトラム子爵(下)
「そこに座ってくださいよ!」
リヒルトは執務机の前にある応接セットに手を差し向ける。
俺とローラが並んで座ると、リヒルトが対面に座った。
「こんな遠くまで来てもらってありがとうございます! 今日は歓迎パーティーを開きますから、楽しんでいってください!」
それから俺たちは近況を交換した。
「いやー……慣れない領主生活で訳わかんないですよ! 毎日が勉強勉強で! 頭が痛い! 俺、肉体派ですからね!」
リヒルトが気さくな様子で話してくれる。
「でもね! やりがいはありますよ! 俺が頑張って、この領に暮らす人たちを幸せにしてやるんだぞって! 少しでも生活を良くしてやるんだぞって、俺燃えてますから!」
リヒルトの目にはやる気が輝いていた。
人のいいリヒルトだ。私利私欲に走る気は毛頭なく本気で領民のことを考えているのだろう。
きっといい領主になるはずだ。
「大変な毎日だな」
「まー、そっちのほうはやりがいがあるし頑張ったかいがあるんでいいんですけど、あっちのほうが……」
「あっちのほう?」
「ほら、手紙で送ったじゃないですか。隣の領主が面倒で――」
言うなり、前向きのかたまりだったリヒルトの顔がげんなりと輝きを失う。
そうだった。俺たちはそれで呼ばれたのだ。隣の伯爵と揉めているから上級貴族である俺に立ち会って欲しいと。
「本当に、あの親父、メンドくさい……!」
リヒルトがぎりぎりと音が聞こえそうなくらい歯を噛みしめた。
「……どういう話なんだ?」
手紙に詳しい話は書いていなかったので俺は訊いた。
「えーとですね……重ミスリルって知ってます?」
「ああ」
重ミスリルとは魔力に対する高い耐性を持つ鉱物だ。ただ、人が持つにはあまりにも重すぎるため、建築物に用いられる。……学院でもいくつかの施設で重ミスリルで保護した部屋がある。
「うちの領地にはですね、その重ミスリルが採れる鉱山があるんですよ。でも、重要な鉱物ですからね、王国を優先して全て納品することになってるんです」
「買い取ってくれるのか?」
「はい相場より安いですけどね。国が相手ですから……。でもですね、収入があるってのはありがたいですよ。この領地、そんなに産業が発達してないですから」
それからリヒルトはこう続けた。
「それでですね……ここはもともと国の直轄領だったんですけど、鉱山の管理だけは隣の伯爵家がずっと取り仕切っていたんですよ。もちろん、王国への納品も」
……なるほど……。
揉めるのも無理はないかもしれない。隣の伯爵からすれば仕事を奪われた訳なのだから。
だが、どうやらそういう理由ではないようだった。
「で、まあ、俺がここの領主になったので、その鉱山の管理も俺が引き取ることになったんですけど――調べてみると数が合わないんですよね」
「……数が合わない?」
「ええ。実際の産出量と帳簿の産出量が。結構な開きがあるように思うんですよ」
その差はどこに消えたのか。
それ以前にそもそも王国に納品するものだとしたら――
リヒルトが声のトーンを下げて言った。
「横領どころか、これ王国に対する裏切りですよ!」
……とんでもなく大きな話だな……。
それが本当ならば、謝ってすむことではない。確実に家の取りつぶしまで発展する。
「先方には確認したのか?」
「しましたよ! そりゃもう何度も! 知らぬ存ぜぬ! 何もわかっていないお前たちの勘違いでは? って何度もね!」
思い出して腹が立ったのかリヒルトが声を荒げる。
認めたところで、王家への背任の事実は免れない。相手も必死にごまかすのは当然だろう。
「……確認するが、本当にリヒルトの勘違いではないんだな?」
「はい、絶対です! 新任だからこそ! 経験がないからこそ! むちゃくちゃ確認して話してますからね!」
どうやら、かなり自信があるらしい。
それくらいの自信ならば王国に証拠を持ち込めば? という気もしないでもないのだが、それはそれで怖いのだろう。
相手を潰してしまうほどの訴えなのだ。
もしも退けられてしまえばリヒルトの汚点となる。新任の領主としては手痛い結果となるだろう。
相手こそ長年、鉱山を管理してきたのだ。抜け道のひとつやふたつ隠し持っていてもおかしくはない。
だから、リヒルトは自分の手で伯爵から自白を引き出したいのだ。
「今度はですね、アルベルトさんにも同席してもらって本気の本気で問い詰めます! 先方にも日取りは伝えてますから!」
そのための俺というわけだ。
……俺が役に立つとも思えないが、同じメンツで同じように話をしても結果は同じ。空気を変えたいと思ったのだろう。
自分なりに頑張ってみるか……。
「赴任してすぐ大変だな、リヒルト」
「いやいやいや! こんなもの! 俺は末は公爵の男ですからね! これくらいへっちゃらですよ!」
あっはっはっはっは! とリヒルトが笑う。
「あ」
そこでリヒルトは声を漏らした。そして、ローラを見る。
「ごめん、ローラさん! 俺とアルベルトさんばかり喋って!」
いきなり話を振られたローラが慌てて両手を振った。
「いえいえいえ! そそ、そんな! わ、わたしのことなんて気にせずお話ししていただければと……!」
「いやー、そんなわけにもいかないよ。せっかくローラさんも来たんだ。退屈させるわけにはいかない。何か興味のある話、あった?」
なかなか勢い任せの雑な振りだ。
だが、平民など見えていないかのように振る舞う貴族が多いなか、この気さくさは美点と思う。
ローラをちゃんと扱ってくれたことが俺には嬉しかった。
「え、えーと……」
びっくりしたようにローラが天井を見上げ、それから言う。
「そうですね、重ミスリルに興味がありますね」
「あー、重ミスリル! さっすが、学院の生徒だね。じゃあ、見せてあげようか?」
「え、どういうことですか?」
「こっちこっち。実は来客用に展示してあるんだよ。重ミスリルはうちの大切な名産品だからね」
そう言うとリヒルトは立ち上がって隣の部屋のドアを開けた。
部屋にはガラスケースが置いてあって、リヒルトはその前に立つ。
「初めて見るんじゃないかな? これが重ミスリルの原石だよ」
ガラスケースをのぞき込むと、そこにはごつごつした岩に覆われた黒色の鉱石がいくつか展示されていた。
「へえ、こんな感じなんですね!」
「これをね、精錬したものがあれになる」
そう言って、ガラスケースの端にある漆黒の板を指さした。
「真っ黒なんだな」
「ええ。資材で使うときは色が強すぎるんで着色してますけどね」
リヒルトは取り出した鍵でガラスケースを開けた。
「せっかくだ。持ってみてくださいよ、アルベルトさん!」
俺は言われたとおりに重ミスリルの板に手を伸ばした。重いというのは知っているが、手のひらサイズの板だ。いくら何でも――
「……重いな……」
持ち上げようとしたが、ぴくりとも動かなかった。
「はっはっは! そうなんですよ、そいつ半端なく重いんです。鍛えている俺でも、ちょっと動かすのが精一杯なくらいです!」
……人間の装備に転用するのは常識的ではないな、これは。
リヒルトが壁を指さす。
壁には人間サイズの大きな漆黒の板が埋め込まれていた。
「資材で使うときはあんな感じですね。重すぎるのでいろいろな機材とマッチョなお兄さんたちで頑張る感じです」
「へー」
ローラが近付いてじっと見る。
「あの、触っていいですか?」
「もちろん!」
リヒルトに許しを得たローラがつんつんと埋め込まれた重ミスリルをつっつき、おー、と声を上げている。
リヒルトが言った。
「あ、ローラさん。マジックアロー撃ってみる?」
「え、いいんですか!?」
「いいよいいよ。絶対に傷つかないから!」
自信たっぷりにリヒルトが答える。
壁から少し離れて、ローラは腰から小杖を引き抜いた。
「マジックアロー!」
放たれた白い矢は壁に当たるなり、ぱっと花火のように消えた。
「わっ、すごい!?」
「はっはっはっは! かなりぶ厚い重ミスリルの板だからね! 普通の資材よりも防御力は高いよ!」
そして、リヒルトは俺を見た。
「アルベルトさんもどうです? やってみますか?」
「え?」
「マジックアロー。得意でしょ?」
「……大丈夫なのか?」
俺のマジックアローは少しばかり他人より強力なのだが。
リヒルトが軽く応じた。
「大丈夫ですよ!」
……そうまで言うのなら、せっかくだ。やってみようか。リザードマン戦で俺のマジックアローをリヒルトは知っている。そのリヒルトがいいと言っているのだ。
俺はローラの横に立つ。
「全力でいいのか?」
「そりゃもう! 一〇〇%中の一〇〇%でお願いしますよ!」
「わかった」
俺は右手を差し抜けて引き金となる言葉を口にする。
「マジックアロー」
放たれた白い矢が漆黒の石に激突し――
何かひび割れる音がした。




