リヒルト・シュトラム子爵(上)
ここまでいかがでしたか? 連載継続のためにも、ぜひ書籍の購入をお願いいたします!
王国祭が終わり、アンデッド騒動などなかったかのように、学院は『いつもの日々』を取り戻していた。
いつもの日々。
それはまさに俺にとってもそうだった。
キルリアと話し合いをして以降、貴族たちからのアプローチは一気に影を潜めた。
おかげで俺は一学期と同じ日々を過ごすことができた。
ローラと二人ぼっちで過ごす学院生活を。
だが、寂しくなんてなかった。あるはずがない。それはとても静かで居心地がいい完璧な毎日だった。
きっと、そんな穏やかなリズムが俺にもローラにもあっているのだろう。
こんな日々が続けばいい。俺は心からそう思った。
そうこうしているうちに時間は経ち――
少しずつ寒さを増す一一月になっていた。
ちょうどその頃だ。一通の手紙が俺に元に届けられたのは。
「ローラ、昨日ね、面白い手紙が届いたんだよ」
食堂での食事が終わった頃、俺はローラに手紙の話題を振った。
「面白い手紙?」
「貴族のリヒルトは覚えているかい?」
リヒルト・シュトラム。
アレンジアが指揮した会戦で出会った男だ。使い捨てである別働隊の隊長として俺たちと一緒に戦い、その奮闘を評価されて男爵から子爵になった。
「はい、もちろん覚えていますよ!」
「そのリヒルトからの手紙なんだよ」
俺はふところから一通の手紙を取り出した。
「前の戦いの恩賞で領地を与えられてね。今は慣れない領地経営に四苦八苦しているらしい」
「あー……大変そうですねー……」
「それでね、俺に相談に乗って欲しいそうなんだ」
「アルベルトさんも貴族ですからね! 先輩として領地経営を教える感じですか?」
「いや、それではないんだよ」
……そっちの相談だと俺も困ってしまう。確かに俺は貴族だが、今まで自由に生きてきた。領地運営のノウハウなど何もない。
「何だか隣の領地の貴族と揉めているらしくてね。俺に話を聞いて欲しいのと――必要であれば話し合いの証人になって欲しいらしい」
俺なんかでいいのかな……と思いもするのだが、リュミナス侯爵家の跡取りという肩書きにはそれなりの重さがある。リヒルトとは先の戦場でともに戦った仲だ。俺で役に立てるのなら嬉しい。
「それでね、一二月からリヒルトの領に行ってみようと思うんだ。もしよければ、ローラも一緒に――」
「行きます!」
喰い気味に言われた。
ローラは目をキラキラさせて、もう興奮が止まらないという感じで両手をふりふり振っている。
やる気があふれまくっていた。
「……でも、本当にいいのかい? 行くのは冬休み前の一二月からだから授業を休むことになるよ?」
貴族が関わる用事が理由の場合、学院に申請すれば長期間の休みをとることができる。出席日数上のマイナスはないのだが、マジメな学生であるローラは嫌がるかとも思ったのだ。
「構いません!」
ローラの返事にためらいはなかった。
「きっといい勉強になると思うんです。平民のわたしだと普通は縁がない世界ですから。それに、あの――」
ローラは照れた様子で続けた。
「またアルベルトさんと離ればなれになるのは少し寂しいです!」
「ああ……」
そうだった……。俺が貴族のクラスメイトに振り回されたせいでローラには寂しい想いをさせてしまった。
「そうだな。一緒に行こう。俺もローラが来てくれたほうが嬉しい」
「はい!」
元気そうにうなずいて、ローラが続けた。
「とっても楽しみです!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一二月になって俺とローラはリヒルトの領地に向かった。
通常、貴族の長距離移動には『転送陣』を用いる。俺が実家に戻るときに使った拠点と拠点を瞬間移動する建物のことだ。
基本的に転送陣は格式のある貴族の領地にしかない。
なので、通常ならリヒルトの領に転送陣はないのだが、貸与された領地がもともと王家の直轄領のため転送陣もついてきたらしい。
転送陣は便利なのもあるが、それそのものが所有する貴族の名声を高めてくれる。貴族なら誰もが欲しくてたまらないものをあっさり手にしてしまうとは。
ついている男――なのは間違いない。
俺たちがリヒルトの領にたどり着くと、中年の身なりのいい男が話しかけてきた。
「私はリヒルトさまに仕える執事であります。アルベルトさんにローラさんですね。お迎えに上がりました」
それから俺たちは馬車に乗ってリヒルトの元へと向かう。
のどかな雰囲気の領都だった。商業化が進んだ俺の故郷である領都リュミナスとは趣が違う。歩いている住民たちもどこかのんびりとした様子だった。今までは王家の小さな直轄領として経済優先にはしてこなかったのだろう。
新当主リヒルトはそれをどう変えていくのだろう。
――皆さんは命の恩人ですからね! こんな栄誉は俺だけが独り占めしちゃいけない!
――でも、ホントすいません。隊長ってだけで俺が評価されちゃって。ほとんどアルベルトさんの手柄だってのに。
……そんなことを言えるやつが変な領主になったりはしないだろうが。
たどり着いたのはこぎれいで立派な屋敷だった。
「……よかった。お城じゃない……」
ほっとした様子でローラがつぶやいた。
「こちらへ」
そう言って中年の執事が俺たちを屋敷の奧へと案内する。たどり着いた部屋には懐かしい顔がそこにあった。
「アルベルトさん! ローラさん! お久しぶりですね! こんなところまでよく来てくれました!」
領主と呼ぶにはいささか貫禄に不足のある二〇前後の若者がそこにいた。服は少し上等になったようだが、気さくな口調と笑顔は半年前から何も変わらない。
そんなに長く一緒にいたわけではないが――
彼の性格の良さと、おそらくは戦場でともに戦った仲間意識が懐かしさを感じさせた。
俺とローラが口を開く。
「久しぶりだな、リヒルト」
「お久しぶりです! リヒルトさん!」
あの会戦でともに戦った三人が久しぶりに再会した瞬間だった。




