カーライル邸にて
王国祭が終わり――
カーライルは私邸でフィルブスと向かい合っていた。
「……いやー、恥ずかしいねえ……」
カーライルは心からぼやいた。
「『さようなら、闇の御子』なんてカッコつけたのに、見事に取り逃がすなんてさ……」
そして、頭をかきむしりながら叫ぶ。
「くうううううう! 己の過去から消し去りたい!」
そんな様子を見てフィルブスがくっくっくと笑う。
「忘れりゃいいじゃないか」
「忘れるか……」
「忘れろ忘れろ。俺が覚えておいて、たまに思い出させてやるよ」
「鬼がいる!?」
「ははははは! 完璧人間のお前のミスじゃないか! せいぜい長くイジらせてくれよ?」
「ふっはー……僕は友達に恵まれているね……」
カーライルはぐったりした様子でソファにもたれかかった。
軽い口調だったがカーライルはわりと本気で落ち込んでいた。チェックメイトだと思って放った必殺の一撃が見事に外れるなんて。
「……で、お前の、その神域魔術? 異空間みたいなところに相手を吹っ飛ばすんだよな? どうして逃げたってわかるの?」
「映像が見えるわけじゃないんだけど――感覚かな。あのとき強大な力が割り込んできて闇の御子をかっさらったのは間違いない」
「ふぅん……ま、お前がそう言うなら間違いないんだろうな」
フィルブスが息を吐く。
「残念だったな。もう一歩ってところで」
「ホントにね。まさか、あんな裏技があるだなんて僕も知らなかったからさ。見事に無駄撃ちさせられたよ」
カーライルはこう続けた。
「アルベルトが頑張ってくれて本当によかった」
「アルベルトが?」
「彼が闇の印を奪い返していなければ、御子は取り逃すわ、印は奪われるわで踏んだり蹴ったりになるところだった」
「さすがはジョーカーだな」
「印は守り切れたから面目は立ったよ。ご老人たちにうるさく言われなくてすむ」
そう言ってカーライルは皮肉げな笑みを浮かべた。
若くして魔術師として最上位にまで上り詰めたカーライルをやっかむ人間は多いのだ。宮廷には人の足を引っ張るのが好きな連中があちこちに潜んでいる。
「……個人的には、闇の印を奪われたとしても今回の取引は悪くなかったと思うんだけどね」
「そうなの?」
「学院に紛れ込んでいた闇側のスパイを処分できたし、王都にあった隠れ家も摘発できた。おまけに――闇の御子を逃がすために発動した緊急回避も吐き出させた」
「吐き出させた? どういう意味だ?」
「あれね、一回だけの大技だと思うよ」
「そうなの?」
「発動時の魔力が膨大だったからね。たぶん長い時間をかけて溜め込んだものじゃないかな。じゃないと説明がつかない」
カーライルは肩をすくめて続けた。
「――そう簡単に神の領域には割り込めないものだよ」
勝利確定の盤面をひっくり返すほどの大技なのだ。ぽんぽん連打できるもののはずがない。
それに――
カーライルは闇の御子が無事だとも思えなかった。たとえ緊急回避が成ったとしても、神竜王の吐息を完全に回避できたとも思えない。しばらくは動けないのではないか――
根拠も何もない推測なので口にはしないが。
フィルブスがあごひげを撫でながら口を開く。
「なるほどねえ……。じゃあ、もう一発打てばいいんじゃないか? 今度は確殺できるだろ?」
「まあ、また王都に来てくれたらね……」
「王都に?」
「神竜王の吐息は強大な神域魔術なのでね。僕といえども単独では発動できないんだよ。王都のあちこちにちりばめた複数の魔術陣を連動させて何とかだ。なので王都限定なんだよ」
「……なかなか条件が厳しいな」
「神の領域だ。割り込むのも使役するのも簡単ではないよ」
ふふっと笑った後、カーライルは両手を上げて叫んだ。
「もー、僕は引退だ! アルベルトに後を任せよう!」
そう言った後、ああ、そうだ、とカーライルはつぶやく。
「貴族たちから目をつけられてアルベルトも大変だったと思うけど――彼は立ち直れたのかい? 熱血教師のフィルブスくん?」
「王国祭で開かれたパーティーでローラと踊っていたそうだよ」
「ああ。あのパーティーか」
学院の卒業生であるカーライルももちろん知っている。
パーティーの華は貴族たち。彼らがダンスするのを眺めているのが平民の役目。
そんな平民の女の子を誘ってアルベルトは、衆目の集まる場所で踊ってみせたのだ。
それはきっと彼の揺るぎない決意の現れだろう。
フィルブスが話を続ける。
「アルベルトのやつ、吹っ切れたみたいだぞ」
「ふふふ……一〇も年下の女の子との仲を見せつけるなんてね。なかなかやるじゃないか、アルベルトも」
そのときだった。
こんこん、とノックの音が聞こえた。
『カーライルさま。学院生徒のアルベルトさまとローラさまがいらっしゃいました』
「ああ、通してくれ」
「俺が迎えにいってくるよ」
そう言うとフィルブスが部屋を出ていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺とローラは王都にあるカーライルの私邸に向けて歩いていた。
隣のローラが口を開く。
「カーライルさまの私邸ってどんな感じなんでしょうね……?」
「……カーライル・ヒースコート。ヒースコート公爵の出だから、なかなか立派だろうな」
「こうしゃく? アルベルトさんと同じですか?」
「いや、発音が一緒だけどスペルが違うんだよ……あちらが一階級上で――貴族でも最上級だ」
「ひ、ひえええ……! わわ、わたし行ってもいいんですかね?」
「誘われているんだから大丈夫だよ」
……それに、あの天才は階級なんて気にしないだろう。才能があるかないか。有用かどうか。それだけで人を判断するはず。……ある意味では階級至上主義の貴族たちよりも冷酷だ。
そんな話をしているとカーライルへの私邸へとたどり着いた。
「よく来たな」
俺たちをフィルブスが出迎えてくれる。
フィルブスの案内で俺とローラはカーライルの私室を訪れた。
「いらっしゃい」
にこやかな様子でカーライルが俺たちを歓迎した。
「そこに座るといいよ」
俺とローラは促されるままに対面のソファに座った。俺たちを案内してくれたフィルブスも脇のイスに座る。
俺たちの前に紅茶を置いたメイドが出ていくのを待ってからカーライルが口を開いた。
「まずはありがとう、アルベルト。君のおかげで闇の印を奪われずにすんだ。感謝するよ」
「お役に立てて光栄です」
「本来であれば勲章でも授与して君の活躍を広く讃えたいわけなのだけど、今回の件は秘匿事項だ。申し訳ないが、我慢してくれ」
「構いません」
俺はそう答えた。勲章の類いに俺は興味がない。それよりも――
「『闇』について教えてください」
それが俺の願いだった。
そして、ここに呼ばれた理由。闇についてカーライルから話がある。そうフィルブスに言われのだ。
「もちろんだ。忘れていないよ。君には知る権利があるし、僕には説明する義務がある――もう君は立派に巻き込まれているからね」
うなずいてから、カーライルは話を続けた。
「僕の知りうる『闇』についての情報を教えよう」
ありがとうございます! 前に告知した新作『シュレディンガーの猫』が日間1位になりました!(11月29日朝時点)
日間ランキングって載るまでが本当に大変なんですよ。マジックアローもそこにたどり着くまで40話くらいかかりましたからね……。一気に突破できたのは皆さまのおかげで、むちゃくちゃ感謝しております。
『シュレディンガーの猫』を読んでいただいている方は引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!
以上、報告でした。
キャラクターデザインの公開です。
私服姿のアルベルトとローラですね。
初期の頃のイメージ段階の資料なので、発売時には少しアレンジされているかもしれない点はご了承ください。
ローラは検討時なので2種類ありますね。最終的には『スカート』にしていただいたので『ズボン』はここでしか見れない貴重な一枚となっております。
ちなみに、1話の「あとがき」にも同じものを貼り付けてありまして、こちらの記載は後で削除しようと思っています(最新話を追っている読者さま向けに書いております)。
また見たくなったら『1話』をご確認ください。
もうホントねえ……ローラがかわいいですねえ……以外の言葉が出てこないですね(笑)




