レイン・オブ・マジックアロー
俺は正直、何が起こっているのか理解できなかった。
いきなり校舎のように大きいカーライルの幻影が出現したのだ。
『学院の生徒諸君。私だ、カーライルだよ』
そんなことを言いつつ右手を振っている。
その声に反応したのだろうか、校舎の窓から生徒たちが顔を見せる。まったく状況が飲み込めない様子で巨大なカーライルの幻影を見つめていた。
『聞きたまえ。この学院に悪いやつが侵入してきてね。倒さなければならない――こいつを!』
カーライルの手が伸びて俺の前に立つ仮面の男を指さす。
『というわけで、みんなでマジックアローを撃とうじゃないか?』
その瞬間――
男はカーライルの意図を把握したのだろう。止まっていた時間が急に動き出したかのように、一気に俺へと向かってきた。
俺もまた、その動きには気づいている。
「マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー」
白い閃光が次々と男へと殺到した。
だが、男はそのすべてをあっという間に切り捨ててしまう。
構わなかった。
男の前進さえ食い止められれば。一歩でも後ろならば。俺の役目は男を止めること。
倒すのは――俺でなくてもいい。
『はい、みなさん。さんはい、マジックアロー♪』
カーライルが音頭をとる。
だが、生徒たちは状況を飲み込めずに反応できない。
『ためらわずに。さんはい、マジックアロー♪』
『マジックアロー♪』
『マジックアロー♪』
『マジックアロー♪』
カーライルが楽しげな口調で生徒たちを煽った。
そうすると、少しずつ追従する生徒たちが増えていった。
「マジックアロー……?」
最初は疑問だった声。
「「マジックアロー……」」
その声に数人が追従する。
「「「マジックアロー」」」
声はだんだんと厚みを増す。
「「「「マジックアロー!」」」」
量は勢いとなって生徒たちを巻き込む。
やがて、全校生徒が叫んだ。
「「「「「「「マジックアロー!!」」」」」」」
大音声とともに――
降り注ぐ白い矢の雨。
マジックアローの大豪雨が仮面の男へと降り注いだ。
「ちいいいいい!」
俺のマジックアローをさばきながら、生徒たちのマジックアローも巧みにかわしていた仮面の男だが、逃げ場はない。
仮面の男の身体に、闇色の鱗粉が浮かび上がった。おかしくなったリズの身体を包んでいたのと同じ感じの。
男が大剣を振るう。
その一閃で生徒たちのマジックアローがごっそりと削れた。それでもすべては消えない。撃墜できなかった白い矢が男の身体を打つ。だが、その矢は男の身体を包む鱗粉に打ち消されているようだった。
『ほらほら、まだまだ。はい、マジックアロー♪』
「「「「「「「マジックアロー!!」」」」」」」
生徒たちの射撃が続く。
俺もまた、このチャンスを逃すつもりはない。
「マジックアロー」
生徒たちの矢の雨が男を呑み込む瞬間を狙った一撃。
一本の剣で、どちらを撃墜する?
どちらも直撃すれば無事ではすまないと思うが――
「なめるなッ!」
言うと同時、いきなり男の大剣が割れた。
割れた?
違う。二本の剣に変わったのだ。男の左右の手に二本の剣が握られている。
男は二本の剣で前後のマジックアローを器用に撃墜した。そして、削りきれなかった部分は闇の鱗粉で受け止めている。
『ははは、頑張るね! 生徒のみんな、その調子で頑張るんだよ!』
カーライルの声が背後でフェイドアウトした。
幻影が消えたのだろうか。
振り返っている暇はないのだが。
「「「「「「「マジックアロー!!」」」」」」」
「マジックアロー」
「「「「「「「マジックアロー!!」」」」」」」
「マジックアロー」
「「「「「「「マジックアロー!!」」」」」」」
「マジックアロー」
無数のマジックアローが次々と男へと降り注ぐ。
男はひたすらに迎撃と回避を続けた。撃墜できないものは喰らうがままに任せて。おそらくは鱗粉で保護しているからだと思うが――
気のせいだろうか。
その鱗粉の濃度がだんだんと薄くなっている気がするのだが。
男は両手の剣で弾幕をさばきながら走り出す。
それは無謀な突撃だった。
俺と最初に向き合っていた頃のようなマジックアロー一発一発を丁寧にミスなくさばくための動きではなく、己の運にすべてを賭した博打のような突進だ。
それは仮面の男に余裕がない証拠。
男の身体を覆う黒い鱗粉が完全に消失した頃、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ついに男は生徒たちのマジックアローの射程を超えた。
その先に立つのは――俺ひとり。
男は二本の剣を再び大剣へと戻して俺へと迫る。
「マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー」
俺は矢継ぎ早に白い矢を放った。
男の大剣が閃きあっという間にマジックアローを撃墜する。
……まずい。
男の姿がすぐそこまで迫っている。
「終わりだッ!」
咆哮とともに男が漆黒の大剣を突き出す。
「マジックアロー!」
俺は右手を突き出し白い閃光を打ち放つ。
黒と白が一点で交錯。
直後。
まるでガラスが割れ砕ける音ともに――
男の大剣が砕け散った。
「なっ!?」
男の声から驚きの声が漏れる。
おそらくは――
もう限界だったのだろう。全校生徒の膨大なマジックアローをさばききり、俺のマジックアローも受けきった。
むしろ今までよく耐えたほうだ。
男は驚きで一瞬だけ動きを止めたが、すぐ態勢を整える。
男は剣士――戦士なのだ。
ゼロ距離は戦士の間合い。
ごっ!
鈍い音ともに俺の横っ面に男のこぶしが炸裂した。間一髪、腕を差し込んで直撃こそ避けたが――腕ごしでも重い衝撃が伝わる。俺の意識が吹っ飛びかける。
俺がよろめいたところへ――
すさまじい速度の抜き手が俺の喉元へと突き出された。直撃を喰らえば間違いなく――
死ぬ。
そのとき。
よろめいて急激に動いた視界の端で偶然にも俺はその姿をとらえた。
屋上の柵から身を乗り出して必死に何かを叫んでいる白髪の女の子の姿を。
距離は遠くて、たくさんの生徒たちが声を出している状況だ。彼女が何を言っているのかわかるはずもない。
だけど、その必死な様子は彼女の祈りにも似た願いを俺に伝えてくれた。
ただ、俺の無事だけを祈る気持ちを。
そう、俺には伝わった。
きっと彼女がその気持ちを俺に届けたいと願ったから。
きっと俺が彼女の気持ちを受け取りたいと思ったから。
その想いは届いた。
届いてしまった。
届いたからには――
死ねない。
その意志が俺の身体を動かす。体術は貴族時代に少し習ったくらい――学院でも授業でかじったくらいだ。
一流の戦士を相手にするには護身の領域ですらない。
だが、死にものぐるいで動かした俺の身体はぎりぎりで男の抜き手をかわした。
そして、気力を振り絞って叫ぶ。
「マジックアロー!」
ゼロ距離で放った俺のマジックアローに男は反応した。身体をそらして白い矢をかわす。
だが――
男のすばやい体さばきに、身につけているローブは追従できなかった。
ばさり、とはためいたローブの胸元を白い矢が抉り取る。
男はかわしながら乱暴に腕を振って俺の身体を払いのけた。
「ぐっ!?」
はね飛ばされた俺はよろめき男と距離をとる。
そのとき。
からん、からん。
軽い音がした。男も俺も音のほうへ視線を向ける。
どうやら破れた男のローブから転がり落ちたのだろう。
何か黒いものが地面に転がっていた。
「――!?」
それを見て、男が露骨に動揺する。
後方に転がったそれを拾いに行くべきか――それとも安全を第一に逃げるべきか――
そんな迷いが俺にも伝わってくるようだ。
だが、男が答えを出すよりも早く状況が動いた。
男の足下に――
魔術陣が浮かび上がったのだ。
魔術陣?
……なんだあれは?
びくりと身体を震わせた男の反応を見るに、それは予想外の現象なのだろう。
男の反応は早かった。
男は黒い物体も俺も相手にしなかった。
文字通り脱兎のごとく逃げ出したのだ。仮面の男は猛然とした速度で正門へと向かっていく。
「待て、マジック――」
俺は逃げる仮面の男にマジックアローを撃とうと手を伸ばすが――
不意に視界が明滅した。
限界が来たのだろう。先ほど顔を殴られたときの衝撃の。
「く……」
片膝をついた俺の意識は暗闇の底へと落ちていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
王城の最高層にあるバルコニーにカーライルは立っていた。
中空に映像が浮かんでいる。
学院から逃げ出そうとする御子の姿がそこに映し出されていた。
(……僕から逃げ切れると思っているのかい? 闇の御子?)
釣れた大魚を逃すわけにはいかない。
カーライルはここですべてを決するつもりだった。
彼の口はさっきからずっと長い長い言葉を紡ぎ続けている。
魔術の詠唱だ。
第七位、天才の名をほしいままにする彼が詠唱を要する魔術はとても少ない。
だが、今回だけは仕方がない。
なぜなら――
彼が発動しようとしているのは『神域魔術』だから。
神の領域の魔術だから。
カーライルの口元がにっと歪む。
(闇の御子よ。君は神竜王の激怒から逃れることができるかな?)
本章のファンタスティック☆マジックアロー! はカーライルPと学院生徒の皆さんでお届けしました。
【お知らせ】です。
書籍版マジックアローの表紙ができました!
公開してもいいよーとのことなので、多くの書籍化作家さんがやってるみたいに『下の方』に貼っております。するする~っとこのままスクロールすると見れますのでご確認いただけると嬉しいです。
ローラかわいい! それ以外に言葉はありません。
他のイラストも拝見させてもらっているのですが、だいたい「ローラかわいいですね。問題ありません」で返していますね。
ちなみに、あの『マジックアロー飛行』も描いてもらっています。
原作者である私ですら「あれ、どうやって飛んでるんだろう?」「あれを絵に落とすの難しくない?」と思いつつの無茶な依頼でしたが、さすがにプロですね。
実にうまく描かれていて「こう飛んでいるんだ!?」と唸る素敵なイラストに仕上がっております。
カラーページでかっ飛んでますので、お楽しみに~。




