アルベルトvs闇の御子ルガルド
正門に向かえ。
その言葉に従って、俺は学院の正門へと向かった。
この学院には正門以外の出入り口はない。周囲を高い塀で囲っているが、無理やり乗り越えると警報が鳴る仕組みだ。
俺は正門前にたたずんだ。
宮廷魔術師カーライルが指示したのだ。
この場所で渡した指輪――敵が盗んだものに反応する魔術が込められているらしい――を持って立っていろと。
何を意味しているのかわからないが、あの宮廷魔術師が言うのならきっと深い考えがあるのだろう。
俺は言われたことをこなすだけだ。
……とは言っても、何もすることがない……。
昼間の学院に出入りする人間などそういないからだ。
手持ちぶさただな、と思ったとき――
校舎側からひとりのローブを身にまとった男が歩いてきた。
男? おそらくは男だろう。女性にしては身長が高すぎるし、ローブの上からわかるほどに身体もがっしりしている。
顔はわからない。
フードを目深にかぶっているからだ。
……とりあえず、指輪が反応するか確認するか……。
俺は指輪をつけた右手を差し向けた。
まさか反応しないだろう――
そう思っていた俺の予想はあっさりと裏切られる。
――!
指輪がぼんやりと輝いたのだ。
故障かと思ったが、これはカーライルが手渡してきたもの。あの宮廷魔術師がそんなミスを犯しはしないだろう。
俺は手を右へ左へとゆっくりと振ってみた。
指輪の反応は男から外れると弱くなり、男を捕らえると強くなる。
……どうやらただの見間違いではないようだ。
俺はごくりとつばを飲み込んだ。
あれは誰だろう。
少なくともサーレスではないが。サーレスよりも身体がかなりがっしりしている。
男との距離はかなりある。
もちろん、俺のマジックアローならば問題なく届く距離だが――
いきなり知らない人間をマジックアローで撃つのか?
さすがに迷う。
だが。
だが、それではダメだ。
何のためにここに来たのか。何のためにここに立っているのか。この指輪が反応した相手を捕まえるためだ。
ならば、俺は撃つべきだろう。
俺のマジックアローを、あの男に。
カーライルの声が聞こえるようだ。
――さあ、撃て。撃つんだ、アルベルト!
俺はすうっと息を吸った。
開いた右手をじっとローブの男へと向ける。
指輪の反応は変わらない。
俺は覚悟を決めた。
「マジックアロー」
俺の手から放たれた白い閃光がローブの男へと殺到する。
命中する――
そう思ったとき。
ローブの男が何かを振るった。一筋の漆黒が俺のマジックアローと激突する。
ぎぎ!
耳障りな音がすると同時。
俺のマジックアローは消え去り、ローブの男の手には黒い刃の大剣が握られていた。
男の頭をすっぽりと覆っていたフードがはだけていた。
うつむいた男が顔に自分の左手を押しつけている。その手を離して顔を上げたとき、ようやく顔があらわに――
ならなかった。
その顔の上半分は仮面に覆われている。
男は両手で大剣を握ると、まるで敵に狙いを定めるかのように大剣を俺へと差し向けた。
……なるほど。カーライルの狙いは当たっていたらしい。
男がだっと地面を蹴る。
俺は魔術を発動させた。
「マジックアロー」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
まだアルベルトが最初のマジックアローを放つ前――
ルガルドは息が詰まるような気分だった。
(まさか、アルベルト――!?)
正門の前に立ち、ルガルドに右手を向けている男。
その顔には見覚えがあった。
整ってはいるが、感情が薄くて無表情に近い顔立ち。口元は無愛想なほど引き結ばれている。
一〇年の時間を重ねても面影は残っている。
見間違えるはずがない。
ルガルドは彼の名を知っている。
一〇年前、忽然と学院から姿を消した友人がそこに立っていた。
なぜ一〇年前に消えたアルベルトがここにいる?
なぜ学院の制服を着ている?
ルガルドは混乱した。あまりにも信じられない状況だった。
だが。
だが、起こっている。
ルガルドは深く呼吸して気分を落ち着かせた。
目の前のことは現実――ならば揺らぐ必要はない。受け入れ、対応するだけだ。
(……そうか、アルベルト。お前、戻ってきたのか……)
本当に久しぶりに――ほんの少しだけルガルドは愉快な気持ちを覚えた。
在学時から予測のできない少し変わったクラスメイトだったが、まさかこんな登場をしてくるとは。
ふふっとルガルドは口元で小さく笑う。
(……お前らしくていいんじゃないか? アルベルト?)
それを最後に――ルガルドは心に流れた温かい感情を切り捨てた。
前に立つのは敵。
敵である以上、旧友かどうかなど関係はない。
なぜここにいるのかも興味はない。
邪魔をするなら一切の容赦なく斬る。それだけだ。
ルガルドは腰のベルトに差した魔剣ダーインスレイブの柄を右手で握った。
そう、腰のベルトに差した。
ダーインスレイブは鞘に収められていなかった。むき出しのままルガルドのベルトに差し込まれていた。鞘は存在すらしない。
問題はなかった。
なぜなら、ダーインスレイブに刃は存在しないからだ。柄と鍔、あとは剣の根元だけがわずかにあるのみ。
ルガルドはローブの裏側でダーインスレイブの柄を隠し持った。
いつ何時、何があっても即応できるように。
ルガルドの耳がその声を聞いた。
「マジックアロー」
閃光のような白い矢がルガルドへと飛んでくる。
認識したと同時――
ルガルドは間髪入れずにダーインスレイブを振るった。
瞬間、ダーインスレイブの鍔から黒い刃が吹き出した。
ぎぎ!
耳障りな音ともにマジックアローを両断する。
あっさりとした迎撃だったが――内心でルガルドは驚いていた。
(……なんだ、この手に響くような重い衝撃は……!?)
普通のマジックアローとは明らかに違う。
魔剣ダーインスレイブでなければ刃ごと打ち砕かれていただろう。
(……アルベルト、お前が、まさか――)
ルガルドの脳裏にある単語が浮かんだ。
白い矢の魔術師。
紋章師が殺される前につぶやいていた言葉を。
そして、思い出す。
在学時アルベルトがマジックアローだけしか使えなかったことを。
(……お前はこの一〇年間で、それをそこまで磨き上げたのか!?)
衝撃だった。
だが、あるかもしれない。努力をして、努力を積み重ねて、結局はマジックアロー以外には愛されなかった男。
その男がマジックアローを極めてしまった。
それはそれで――報われる話ではないか。
(……俺は何を考えているのだ……)
どうにも昔の自分を思い出してしまう。そんな状況ではないのに。
ルガルドはふところから持ってきていた闇の仮面を取り出した。アルベルトが相手では素顔を晒すわけにもいかない。
闇の仮面で顔を覆い隠し――
緩みそうな心もまた隠す。
顔を上げたルガルドとアルベルトの視線が交錯した。
ルガルドはダーインスレイブをアルベルトへと差し向ける。
「……始めようか、アルベルト」
小声でぼそりとつぶやくと、ルガルドは地を蹴った。
「マジックアロー」
それを迎撃するかのように、アルベルトがマジックアローを放つ。
その一撃をルガルドはダーインスレイブで叩っ斬った。
戦いが始まった。
二人の距離は約五〇メートル。その距離を詰め切れば戦士であるルガルドの勝ちとなる。
アルベルトは次々とマジックアローを放つ。白い矢が弾幕となってルガルドへと押し寄せる。
ルガルドは物ともしない。飛来するマジックアローを次々とダーインスレイブで切り捨てる。
そして、じわりじわりと距離を詰めていった。
(……俺の勝ちだ、アルベルト!)
手から伝わるマジックアローの衝撃は異常だ。だが――
(当たらなければどうということはない!)
闇の加護によって増幅されたルガルドの能力を超えてはいない。
時間はかかるがルガルドの刃は五〇メートル先へといずれ届く。
友人であろうと――
斬ることにためらうつもりはなかった。
そのときだった。
『はじめまして、闇の御子。あと学院の生徒諸君、元気かな?』
不意に想像もしていなかった声が響き渡った。
「な、なに――!?」
思わずルガルドは叫び、足を止めてしまった。
アルベルトもまたマジックアローを撃つのをやめて振り返る。
そこには――
魔術学院の校舎と比べても見劣らない、巨大な人間の上半身が正門の向こう側に浮かび上がっていた。
ノンフレームのメガネに、肩まで垂らした黄金の髪。彼の輝ける経歴をそのまま表したかのような端正な顔。
宮廷魔術師カーライル。
カーライルの幻影が楽しげな口調で続けた。
『さて――ここからが本番だ。クライマックスを盛り上げていこうじゃないか?』




