ブレイン・ミルヒスに起きたこと
ブレインが目を開いた。
ブレインはフィルブスと俺たちの顔を見た後、身を起こす。
「……お、俺は……?」
「お前はこの教室に倒れていた。そこにいる、リズと一緒にな」
フィルブスの説明を聞いた後、ブレインがリズのほうに視線を向ける。
リズはブレインよりも昏倒が深いのか、フーリンの呼びかけに答えずまだぐったりとしている。
「ブレイン、お前はここで何をしていたんだ?」
「……ええと――」
ブレインはこめかみに指をあてながら、意外とはっきりとした口調で自分の記憶を語り始めた。
「そこにいる彼女を見かけたので――」
「あ、少し待ってくれ」
フィルブスが話をさえぎる。
「そもそもお前はどうして外をほっつき歩いていたんだ? お前は何をしていたんだ?」
「……ああ、最初から話しますよ。アンデッド退治です。寮にいたら異様な物音に気がつきまして。外を見たらあんな状況ですから」
「腕試しってところか」
「そんなところです」
悪びれもせずにブレインがうなずく。己の攻撃魔術を試したい――そう思うブレインなら無理もない感覚なのだろう。
「で、どうしたんだ?」
「……現れるゾンビやスケルトンたちを倒して――それらを呼び出している魔術陣を見つけ出して破壊しました」
ブレインの言葉にフィルブスが目を丸くした。
「お前がか!?」
「はい。……おそらく複数あると思いますが、ひとつは……」
特に誇る様子もなく淡々とブレインは話を続ける。
「それからまた寮のほうへと戻っていったんですが、ふと校舎を見上げると女子生徒が廊下を歩いているのが見えたんです」
そこでブレインは視線を動かした。
「そこのリズ――って女の子ですね。名前は覚えていなかったんですが、クラスメイトなのは知っていたので。アンデッドから追われているなら助けようと思って校舎に入りました」
「……それで?」
「この階までやってきたんですが、廊下に彼女の姿はありませんでした。それで順番に教室をのぞいて――ここで見かけました」
「そのときリズは気絶していたのか?」
「ええっと……そうですね。少なくとも倒れていたのは間違いありません。気絶していたかどうかはわかりませんが」
「わからない? 近付かなかったのか?」
「いえ。教室に入って様子を見ようとしたら――」
そこでブレインは目を閉ざしてから続けた。
「何者かに襲われたのです」
「襲われた?」
「はい。全身が黒ずくめの――顔もわからない誰かにです」
「そいつにやられたのか?」
少し悔しそうな表情を浮かべてブレインはうなずいた。
「はい。自分もそれなりに体術は練習しているんですが、相手のほうが上手でしたね。腹に一発いれるのがやっとで――気づいたらこの状態です」
「そうか……」
「というのが俺の状況ですね」
「なるほど……ひとつ訊いていいか?」
「どうぞ」
「俺たちがこの教室に来たのは、教室の前にライティングがかかっていたからなんだ。で、ドアにはハードロックがかかっていた。お前がやったのか?」
「……いえ? そんなことしていませんが……?」
「そうか……」
フィルブスは押し黙った。
今の話の流れからすれば――それらの魔術を仕掛けていったのはブレインを倒した相手となる。
だが、なぜそんなことをしたのだろうか。
というか――
そもそも、なぜブレインを気絶させただけなのだろうか。
殺す必要がないからと言えばそうなのだろうが。別に容赦する必要もないと思うのだが。
おまけにハードロックにライティング。
まるで気絶したブレインたちを守るかのような――その存在に気づかせるかのような配慮すら感じさせる。
しんと静まった教室の沈黙をフーリンが破った。
「フィルブス先生。リズさんが目を覚ました」
「……あ、あれ、……わたし……?」
リズが目をぱちぱちとさせている。
フィルブスがリズの顔をのぞき込んだ。
「大丈夫か、リズ?」
「あ、はい、だ、大丈夫です……」
「すまんが、お前はここで何をしていたんだ?」
「え、えーと……」
リズは慌てた様子で頭を両手で押さえた。
「あの、その、夜の校舎を散歩していたら、急にアンデッドがわらわらって出てきて! それで慌ててここに逃げ込んだんです!」
「で、この教室に立てこもった……。ブレインは誰かに襲われたらしいけど、お前もそうなのか?」
「え、誰かに……?」
リズが首をひねった。
「わからないですね。わたしはいつの間にか気を失っていて……たぶん怖くて失神したのかな……」
「じゃあ、この教室では誰も見なかった、そうだな?」
「はい、そうですね……校舎に入ってから誰も見ていません……」
「そうか」
うんとフィルブスがうなずいた。
そのとき、俺はローラの顔に怪訝な表情が浮かぶのを見た。何かを考えているかのようだったが、ローラが口を開く前にフィルブスが話の幕を下ろした。
「だいたいわかった。細かい話は後にしよう。身体に痛みとかはないか? もう遅い。今日は戻るぞ」
フィルブスはそう言って立ち上がった。
俺たちが校舎から出ると周辺を闊歩するアンデッドの数はかなり減っていた。そう遠くないうちにアンデッドは倒しきれるだろう。
フィルブスが俺たちを見た。
「俺とフーリンはアンデッド退治を続ける。お前らだけで寮に戻ってくれないか?」
「……俺もやれますよ」
そう言うブレインにフィルブスは首を振った。
「さすがにぶっ倒れていたやつの力は借りれないな。今日はさっさと休め」
フィルブスとフーリンはそのまま立ち去っていった。
女子寮に戻るローラたちと別れて俺とブレインは男子寮へと歩いていく。
「……あなたに恥ずかしい姿を見せてしまった……」
ぽつりとブレインがそんなことを言った。
「……別に気にしなくてもいいんじゃないか? 俺だって暗がりから襲いかかられたらどうしようもないぞ」
俺のそんなフォローにもブレインは納得できていない様子だった。
「アルベルト、あなたはどうしてあそこへ?」
「手伝いだ。フィルブスが俺を誘いに来たんだよ」
「……さすがはグリージア湖沼の英雄……」
「いや、別に俺だけではなくて……ブレインとサーレスにも声を掛けていたよ。お前は先に行ってしまっていなかったけど」
「そういうことか……」
うんうんとうなずいてからブレインが首をひねった。
「サーレスのやつは?」
「サーレスは頭が痛いとか言って部屋で休んでいる」
「……サーレスが? 大丈夫かな……」
そう言えばブレインはサーレスの友人だった。心配するのも無理はないだろう。
ブレインはぽつりとつぶやいた。
「……様子を見にいってやるか……」
俺たちは寮につくと連れ添ってサーレスの部屋に向かった。
……別に俺はサーレスと親しいわけではないので行く必要はないのだが、何となく流されてしまった。
ブレインがドアをノックする。
「ブレインだ。サーレス、起きているか?」
何もこんな夜中に――とも思うが、アンデッド騒ぎのせいで寮全体がざわついているのでそれほど非常識にも思えなかった。
がちゃり、とドアが開く。
「ういー。どうしたの、ブレイン?」
疲れたような、あまり覇気のない顔のサーレスが部屋から姿を見せた。
「……頭が痛いんだって?」
「ああ、そうなのよ! マジで頭が痛くてね! ずっと寝てたわ!」
サーレスは不快げな様子で頭をかいた。
「大変だったみたいだな、外」
「ああ。それで俺たちに出動要請が出たんだよ」
「あのとき声を掛けてくれたのはそれかよ! すまんな、あんまり話を訊けなくて!」
そう言って、サーレスはブレインにぺこぺこ頭を下げた。
「で、外はおさまったの?」
「……問題ない」
「そっかー、よかったよかった。お前とアルベルトさんがいたら余裕だよな、余裕!」
そう言ってサーレスは笑った後、顔をしかめた。
「悪い。まだ頭が痛いみたいなんだ。ちょっと寝ていい? また明日いろいろ教えてくれよ」
「わかった」
「じゃあ、お休みー」
そう言ってサーレスは部屋のドアを閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日も学院に登校することになった。
あの騒ぎだ。どうなることかと思っていたが……。
どうやら教師たちもばたばたしているようで、休校という判断を下す余裕がなかったらしい。とりあえず教室だけ開放して全自習という扱いになった。
その昼。
これから昼食というところでキルリアが仲のいい貴族たちを引き連れて俺の席までやってきた。
「やあ、アルベルト。食堂に行こうか?」
その言葉に別の声が重なった。
「あああ、あの、す、すすす、すいません!」
貴族たちの集団に向けて、緊張まみれの声が飛び込んできた。
全員の視線が声の主を見る。
そこに立っていたのは――
顔を真っ青にしたローラだった。ローラは俺をまっすぐに見て、こう続けた。
「割り込んでしまって申し訳ありません! ア、アルベルトさん! 少しお時間をいただけないでしょうか!?」




