試験――攻撃魔術! 学年首席vsアルベルト(下)
一〇〇点。
その点数を見た瞬間、生徒たちが沸き上がった。
「おおおおおおおお!」
「まさか、ブレインに勝ってしまうなんて!」
「確かに、すごい勢いで影を倒していたな!」
俺が一〇〇点とは……。
俺自身も驚いてしまった。
何かの間違いではないか。
……そう言えば、フィルブスがお前のマジックアローのせいで装置が壊れるかもしれないとか言っていた。
ひょっとすると、どこかが壊れてしまったのかもしれない。
すまない、フィルブス。
……とも思ったが、いや、妥当な結果なのだろう。
確かに俺はすべての影を正確無比に打ち抜いた。一発のミスもなかったと断言できる。
ならば、これは俺の実力なのだろう。
誇らしい気持ちだった。
マジックアローのみで対処できたのが大きい。俺は他の生徒たちよりも少しマジックアローが得意なのだ。
おまけにフィルブスのアドバイスだ。
どの威力で撃つのか――その判断も問われる試験なのだ。そこでフィルブスはこう言った。
一割のマジックアローで撃てと。
そのおかげで俺はその判断に要する時間をゼロにできた。愚鈍の俺が考えていてはこの偉業は達成できなかっただろう。
さすがだ、フィルブス。
あなたの助言は羊を虎へと変えた。
「ありがとう、フィルブス先生」
部屋から出てきたフィルブスに俺はそう言った。
いきなり声をかけられたフィルブスが、え? という感じで目を激しく開閉する。
そこに生徒たちが乗っかっていった。
「え、先生が何かアドバイスしたのか!?」
「確かに始まる前に何かを話していたような……」
わーわーと生徒たちが興奮している。
フィルブスはごほんと咳をしてから、こう続けた。
「……ま、まあ……そ、そうだな。俺は優秀な教師、だからな……。さすがじゃないか……アルベルト……」
「さすがです、フィルブス先生」
俺は心の底からそう言った。
「えー、俺にはアドバイスなかったよ!」
「アドバイスなくても結果は一緒だろ、お前の場合!」
生徒たちが騒ぎ出す。
彼らに向かってフィルブスはこう言った。
「……悪いが、俺は生徒を選ぶんでな……お前たちも俺に助言されるくらい力をつけることだな……」
何かが吹っ切れたのだろうか。フィルブスはカッコつけてそう言った。
生徒たちの騒ぎが静まっていく。すると、自然とその目はひとりの男子生徒に注がれた。
九八点。
学年首席ブレイン・ミルヒス。
俺に決闘を挑み、敗北した男。
ブレインは俺に近付くとこう言った。
「……あなたの勝ちだ、アルベルト。あなたのような生徒と同じクラスになれて光栄だ」
その目がついっと動き、フィルブスを見る。
「俺もアドバイスはされなかった。……ブレイン・ミルヒスはまだまだだと先生も気づいていたのですね」
「……う、ああ、ま、まあ……」
フィルブスが目をそらして返事をする。学年首席の圧力は歴戦の教師でも辛いのだろうか。
「そ、そうかも、しれない、な……」
「幸せな環境だ……越えるべき壁となるクラスメイトがいて、己の未熟を諭してくれる教師がいる……」
満足げな声でブレインはつぶやいた。
それから俺に視線を向ける。
「あなたはすごい魔術を知っているのだな。白い矢の――まるでマジックアローのような。だが、マジックアローとは決定的に違う……」
「マジックアローだが?」
俺の言葉にブレインはしばし言葉を失った。
それから、ふふふ、と笑った。
「ご冗談を。あれがマジックアローのはずが――」
「マジックアローだが?」
ブレインは首を振った。
「水質調査のとき――あの狂乱の精霊を倒したシーンを確かに俺も見た……最初はマジックアローだと信じていたが……違うな。あなたは何かしらのトリックで使用している魔術をごまかしている! そうだろう!?」
俺は目をぱちくりとさせてからこう答えた。
「マジックアローだが?」
ブレインは俺の目をじっと見てからぽつりと言った。
「……秘密、ということか」
「いや、そういう意味ではないのだが……」
困ってしまった。
ブレインは何かを完全に誤解している。俺が使っている魔術は嘘偽りなくマジックアローなのだが。
「……確かにあなたにしてみれば、急に現れた男に自分の魔術の秘密を話せるわけがない――実に魔術師らしい、知性のある対応だ」
勝手に納得すると、ブレインは俺に右手を差し出した。
「底知れぬ男だとわかったよ、アルベルト・リュミナス。あなたとはライバルとして競い合いたい。これからもよろしく頼む」
「……あ、ああ……」
差し出された手を無視するわけにもいかず、俺は握り返した。
……会話がズレている気がするのだが……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ルガルドは泊まっている宿の部屋から王都の町並みを眺めていた。
間もなく王国祭が始まる。
その祭りの期間を楽しもうと――あるいは稼ごうと――多くの人たちが街を行き来している。
昔は心が熱くなる期間だったが――
今のルガルドは何も感じない。
冷めた目で胸躍っている人たちを見下ろしている。
『ルガルド、いいかしら?』
ノックの音ともに、ドアの向こう側からファルティマの声がした。
「……ああ、構わない」
ルガルドは返事をして視線を部屋へと戻す。
部屋に入ってきたファルティマが手に持った一枚の紙をひらひらと振って見せた。
「『学生』から連絡があったわよ」
学生――学院に生徒として潜伏させているスパイだ。
もともとは紋章師のような肩書きがあったのだが、学院入学後にいつの間にか学生と呼ばれるようになっていた。
学生は入学前にファルティマから渡された魔力の込められたインクを使って連絡を取っていた。そのインクで紙に文字を書くと、ファルティマの魔術で文面をこちらに転写できるのだ。
「どうぞ」
ルガルドは差し出された紙を受け取り、目を通す。
そこにはこう書かれていた。
『商品の売買を進める。そちらへの受け渡しは翌日を予定。指定の場所まで来られたし』
商品の売買とは『闇の印の奪取』を意味する。
文面の下には受け渡しの日時と場所の地図が書かれていた。
その地図がどこなのか――ルガルドには一目でわかった。学院だ。元学院の生徒であるルガルドは、その場所をありありと思い出せる。
『受け渡し時は立ち会うようにするが、不在であれば気にせず商品を引き取るように』
とメッセージは締めくくられていた。
王国祭での展示に向けて、学院に封印されている闇の印は表に出てくる。そのタイミングで学生が闇の印を奪取、その後、学院に潜入したルガルドがそれを受け取る手はずになっている。
ファルティマが口を開いた。
「メンドくさいわね。闇の印を奪った後、翌日なんて言わずにそのまま一緒に逃げてしまえばいいんじゃない?」
「……学生は重要なカードだからな……」
その後も疑われることなく学院で情報集めと人脈作りにいそしんでもらいたい――それが闇としての意向だった。
わざわざルガルドが受け取りに向かう理由がそこにある。
「ま、いいけどね」
そう言ってから、ファルティマがぱちんと指を鳴らした。
「あ、そうだ! 紋章師を倒した白い矢の魔術師の話、学生は知っているの?」
「……いや、話したことはないな……」
そもそも学生はずっと学内の寮に住んでいる。疑われないように対面の接触も断っている。話せる状況がない。
ファルティマが話を続ける。
「なら、白い矢の魔術師のこと、訊いてみたら? 学院の関係者かもしれないし」
「……なるほど……悪くはないな」
確かに紋章師を倒すほどの魔術師。まさか生徒とは思わないが、学院と何らかの関係がある可能性もある。
「ファルティマ、お前の魔術で逆にメッセージは送れないのか?」
ファルティマは首を振った。
「残念だけど。あっちからメッセージをもらうしかできない。受け渡しのときに会えるなら訊いてみたら?」
「そうだな。そうしてみよう」
さすがにそう都合よく知らないとは思うが――
やるだけなら損はない。ルガルドはそう思った。
週2更新(水・日)です。
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