平民の世界
本日(09/16)、二度目の投稿です。
その頃、ローラは木陰のベンチでひとり昼食のパンを食べていた。
夏の暑さが抜けた日差しが心地よい。
静かで過ごしやすい環境――のはずなのに、ローラの心は晴れなかった。
もう何度目かよくわからないため息をつく。
まるで心にあるもやもやを吐き出すように。
(……はぁ)
きっとそれはひとりでいる寂しさが産み出すものなのだろう。
隣にアルベルトがいないから。
今まで当たり前だったものが当たり前ではなくなった。
その違和感をローラは割り切れないでいた。
(……今ごろアルベルトさん、どうしているのかな……)
わかっている。
新しくできた貴族の友人たちと食堂で食べているのは。
アルベルトと食べなくなってからもローラはしばらく食堂に通っていた。だが、貴族たちと一緒にいるアルベルトを見ていると少し辛くなって食堂には行かなくなった。
(……いじけているのかな、わたし……)
自分のそんな気持ちがローラは嫌だった。
アルベルトも慣れない環境で頑張っているのだ。自分がそんな感情を持つのはよくない――ローラはそう思うのだ。
だが。
(……はぁ)
胸のもやもやは消えず、漏れるため息は止まらない。
そんなときだった。
「あ……あの、ローラさん、だよね……?」
不意に声を掛けられた。
知らない声だった。アルベルトと教師以外の人間がローラの名を呼ぶのは非常に珍しい。
「……はい、そうですけど?」
ローラが首を上げる。そこにはひとりの女子生徒が立っていた。
薄い水色の髪をした少女で学院の制服を着ている。顔には緊張がありありと浮かんでいて彼女のおとなしい性格を表していた。
ローラは彼女のことを知っていた。
確か同じクラスで平民の――
「なにか用ですか、リズさん?」
リズ――と呼ばれた少女の顔が驚きに変わった。
「え……話したことないのに……知ってるの、わたしの名前?」
「クラスメイトの皆さん覚えていますよ」
ローラは柔らかくほほ笑む。友達ができにくいローラだったが、それだけは新学年のたびに続けていた。
「す、すごいねー……わたしはまだ全員は覚えてないなー……男子とか貴族の人とかは話すことも少ないし……」
あはははは、と笑ってからリズは思い出したかのように謝った。
「あ、ごめんごめん! それでね、用事なんだけど! あの、ちょっとお話がしてみたくて!」
「……は、はい?」
意外な展開にローラは首を傾げた。
「お話が、してみたいの! ローラさんと!」
まるで崖から飛び降りる覚悟を決めたかのようにリズがいきなり言い出した。
ローラは驚いた。
まさかそんなことを言われるなんて。
だけど、それは不快なことではなかった。むしろ、とても喜ばしいことだった。
「ええ、いいですよ」
そう言うとローラはベンチの端に寄った。
「どうぞ、お座りください」
「ありがとう!」
リズはローラの横に座った。
それからリズはとつとつと自分のことを話し始めた。リズは魔術師がいない小さな村の産まれで、魔術の才能を持っていることを村のみんなが喜んでくれた。
「だから、わたしは村のために魔術師を目指してるの!」
その言葉はローラにとって共感できるものだった。
なぜなら――
「わかります。わたしも同じですから。わたしも村に貢献できる魔術師になりたいと思っています」
「だよね! うん。そうだと思ったんだ!」
「そうだと思った?」
「……その、えと、ほら、ローラさんって有名じゃない……?」
言葉を濁しての、有名――
ローラは意味を理解した。それはきっとローラの出自に関する話なのだろう。
「だから、きっとローラさんも村のためって気持ちがあるんじゃないかなー……って思ってて。わたしと一緒だと思ってて。前から話をしてみたかったの!」
「そうだったんですか」
にこりとローラはほほ笑んだ。
くすぐったい気分だった。村以外で、同世代の女子から話をしてみたいなんて言われたのは初めてだった。
「それなら、もっと早く話しかけてくれればよかったのに」
「そうだね……でも、ほら、アルベルトさん? あのお兄さんといつも一緒だったから」
アルベルトは一〇以上も年上のおとなで男性だ。そのアルベルトと一緒にいると確かに遠慮する気持ちはあるかもしれない。
「でも、最近はあのお兄さんと一緒にいないよね?」
「ええ、……まあ」
ローラは言葉を濁した。
自分でも何を言うべきかよくわからなかった。
「アルベルトさんって実は貴族だったんだよね? 最近は貴族の人たちとよく一緒にいるけど、やっぱり平民とは一緒にいれない……みたいな?」
その言葉を聞いた瞬間――
「アルベルトさんは! そんな人じゃありません!」
ローラは思わず大きな声を発してしまった。
それから、すぐに恥ずかしくなった。
(なんてことを! 初対面の人に!)
ローラは慌てて頭を下げた。
「ごごご、ごめんなさい……! ついうっかり!」
「そんなことない! わたしこそごめん! あんな失礼なことを言っちゃって!」
リズのほうも申し訳なさそうに謝ってくれた。
ローラは自分の心の整理をしながら、言葉を選びつつ話す。
「……その、アルベルトさんはそういう人じゃないです。とても優しい人ですから。アルベルトさんは今までいろいろとご苦労をなされていて――ようやく周囲に認められつつある大事な時期なんです。だから、その、会えないのは仕方がないんですよ」
文字通り『自分に言い聞かせるように』ローラは言った。
貴族であるとバレてしまった以上、他の貴族たちとの関係をないがしろにできないのは道理だ。
アルベルトにとって大事な時期――
その言葉はローラにとって自分を鎮めるためのお決まりのキーワードだった。
「落ち着いたら、またお話しする機会もありますから」
「そっか……そうなんだ……信頼しているんだね、あのお兄さんのこと」
「そうですね。はい、信頼しています!」
ローラの言葉を聞いてリズがにっこりとほほ笑んだ。
「あのさ、ローラさん」
「はい?」
「もしよければ、また話しかけてもいい?」
その言葉は心地よかった。
胸の中に花が咲いたかのような、そんな気持ちになった。アルベルトと会えない寂しさがおさまるようなものではないけれど――それは確かにローラの心の隙間を少しだけ埋めた。
何かこそばゆい気持ちを感じながらローラはこう答えた。
「はい。わたしなんかでよければ、いつでも……!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数日後、俺たちのクラスは学院内にある部屋に呼び出された。
フィルブスが言う。
「今日はお前たちの、攻撃魔術の練度を計る試験をおこなう!」
……攻撃魔術の練度?
どんな試験なのだろうか。俺がいた一〇年前にはそんな試験はなかったと思うのだが。
俺の隣に立つキルリアが笑う。
「攻撃魔術の試験か……面白そうじゃないか」
そのとき――
「ちょっといいかな、アルベルト?」
不意に横合いから声が掛けられた。
視線を動かすと青い髪の、整った顔立ちの少年が立っていた。
確か……学年首席ブレイン・ミルヒス。
ビヒャルヌ湖でフーリンとともに狂乱の精霊を相手どっていた学生だ。
ブレインは俺をじっと見てこう続けた。
「この試験、先の戦いで活躍したあなたに勝負を挑みたい」
週2更新(水・日)です。
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