二学期
夏休みが終わり、学院の二学期が始まった。
俺とローラは久しぶりに学生服を着て授業に出席する。
「――じゃあ、今日の授業は新魔術スプリットバレットだ」
教卓の前に立つフィルブスの言葉。
生徒たちが、おおー、と反応した。
学院には多くの種類の授業が存在するが、生徒たちにもっとも人気が高いのが新魔術の学習だ。ひとつでも多くの魔術を覚えたい見習いである以上、それは当然のことだろう。
フィルブスが黒板にチョークを走らせる。
ひとつの大きな丸を描いた後、矢印を引き、その先に四つの小さな丸を描く。
「スプリットバレットは一回の発動で複数の弾を打ち出す。一発一発の威力は弱くなってしまうが、一度に広範囲を撃てるのは悪くない。スプリット系の基本魔術だから覚えろよ」
フィルブスはチョークで最初の大きな丸をこんこんと叩く。
「だけど勘違いするな。一発動一発、あくまでも最初は一発の魔術だ。それを発動後に分割する。最初から分割していない。ここは大事なところだ。イメージを間違えるなよ」
うんうんと学生たちがフィルブスの言葉をメモする。
魔術において発動のイメージは重要だ。ここが狂っているとどんなに頑張っても習得できない。
それからフィルブスはいろいろな理論を黒板に書いて説明した。
「……とまあ、理屈としての話はこれくらいだ。じゃあ、あとは焼き付けに移るぞ」
焼き付け――それは魔術の習得作業を指す言葉だ。
俺は持っている魔術書を開き、スプリットバレットのページを開いた。
そこには以下の三項目が並んでいた。
詠唱文。
魔術歌。
魔術紋。
魔術を習得するとはその三つを理解することを意味する。
詠唱文とは――
文字通り魔術を発動するときに使う『詠唱』だ。ただし、省くこともできる。事前に詠唱すると魔術の成功率が上がるので自信がないときに使うものだ。効果には影響がないので完全に習得した場合は基本的に省く。
魔術歌とは――
魔術のイメージを喚起する歌だ。詠唱とは別でこれを口にすることはない。意味を持つ文節もあれば意味を持たない文節もある。その言葉が造り出すイメージを頭に刻み込まなければならない。
魔術紋とは――
魔術を構築する紋様のことだ。形状はさまざまだが、幾何学的な図形の組み合わせとなっている。こちらも他と同様、覚えなければ魔術は発動しない。
「いいか、スプリットバレットの魔術歌の意味を説明するぞ。聞き逃すなよ」
フィルブスが魔術書の内容について説明していく。
焼き付けとはこの三つを徹底的に覚え、文字通り身体に『焼き付ける』ことを意味する。
暗記――という浅いレベルではなく、本当に身体の奥底に刻み込むように覚えるので労力のかかる作業だ。
おまけに低位の魔術は短く簡易だが、高位になるほど長く複雑になっていき負担が大きくなっていく。
ひとつの魔術を学ぶということは大変なことなのだ。
これらの理論を理解した上で使用者の魔力が見合っていて初めて魔術を使うことができる。
……ちなみに、俺はマジックアローを覚えるのに『焼き付け』はおこなっていない。
ある日、いきなり使えたのだ。
別にこれは不思議な話ではない。
魔術とは体内に蓄積されるもの。それを効率よく学ぶために体系化されたものが上記の三種だ。
とある魔術が術者の体内で自然と『醸成』されている――それはそれほど珍しい話ではないのだ。
「……というのがスプリットバレットの説明だ。俺ができるのはここまでだ。さ、焼き付け開始。質問があれば声を掛けろ」
生徒たちが魔術書に目を落とす。
ちなみに、おそらくは誰も授業時間内には習得できないだろう。低位であってもそれほど時間がかかるものなのだ。
無駄にできる時間はない。
だからこそ、俺はスプリットバレットの魔術を覚え――るのはやめて魔術書から視線を外した。
結果がわかっているからだ。
俺はスプリットバレットの魔術を覚えることができない。そんなことは一〇年前にわかっている。
なので俺が考えるべきなのは――
この刺激をどうマジックアローの強化につなげるかだ。
魔術を覚えられない俺が学院に通っている理由は、結局のところ『刺激』のためだ。
ひとりで考えていても発想には限界がある。
今日のように外部から情報をもらうとそれが課題となって俺のイメージを刺激するのだ。
複数に分裂する弾。
複数に分裂するマジックアロー。
一発一発の威力は弱いそうだが、たしかにより広範囲を薙ぎ払えるのは悪くない効果だ。
果たして、俺のマジックアローは進化できるのだろうか――
授業終了のチャイムが鳴った。
フィルブスが教材を手早くまとめながらこう言った。
「ま、魔術の習得は一日にしてならずだ。お前たちも知っていることだろう。毎日の地道な積み重ねが大事だ。せいぜい頑張りな」
フィルブスは教室から出ていった。
休み時間になったので、俺はローラの席へと向かった。
「どうだった、ローラ?」
ローラは自分の頭をがしっと押さえて呻いた。
「スプリットバレットの焼き付けで頭が痛いですよ~」
「ローラはまだ覚えていなかったのかい?」
「はい。なので、ありがたい授業でしたね」
開きっぱなしになっている魔術書にローラが視線を落とす。
「魔術紋の焼き付けが苦手なんですよね」
「難しいね」
「全部マジックアローくらいシンプルだったらいいんですけどね……」
と言いつつ、ノートの余白にローラがさらさらさらとマジックアローの魔術紋を書く。
それはとても簡単な図形だった。あまたある魔術紋の中でももっともシンプルと言ってもいいだろう。
だが――
俺は口を開いた。
「落書きレベルだとこれくらいかな。でも正確に書こうと思ったら大変だ。ここの線の細さはここの線の三分の二とか、あと、ここの角度が二度ズレている」
俺が指をさしながら気になる部分を説明していく。
そんな俺をローラが目を丸くして見た。
「え、そ、そんなの意識したことないですけど……? マジックアローの魔術紋ってこんなものじゃないですか?」
「……そうなのか?」
実はぱっと見で二〇ヶ所くらいはズレに気づいたのだけど。みんなの感覚は俺と違うのだろうか……?
そのときだった。
「……やあ、アルベルト・リュミナス。ちょっといいかな……?」
背後から俺に話しかけるものがいた。
……ローラ以外で俺に声を掛けるものなど滅多にいないのだが。
誰か見えているローラが小さく息を呑む。
アルベルト・リュミナス。
わざわざ俺をその呼び名で呼ぶということは――
俺が振り返るとそこに二人の生徒が立っている。一方が俺に向けて挨拶する。
「初めまして、アルベルト・リュミナス。俺の名前はキルリア。グランドール公爵家の人間だ」
キルリアはにこりとほほ笑んでこう続けた。
「少し話がしたいんだけど、いいかな?」
週2更新(水・日)です。
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