宮廷魔術師はジョーカーを隠す
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夏休みが終わる頃――
カーライルは王都にある私邸でフィルブスを迎えた。
カーライル・ヒースコート。
カーライルは王国の名門ヒースコート公爵の血を引く人間である。その家柄にふさわしい立派な建物だ。
私室にしてはやたらと広く天井も高い部屋でカーライルとフィルブスは向かい合い、ソファに座りカードゲームに興じていた。
カーライルはローテーブルにある山札からカードを引く。
「いやはや、もうすぐ夏が終わっちゃうねー。九月になると王国祭も秒読み。わくわくしちゃうよ」
王国祭――それは毎年秋におこなわれる王都の祭りだ。
一週間にわたっておこなわれる王国最大のイベントで王都はにぎやかな雰囲気に包まれる。
のほほんとしたカーライルの口調に、フィルブスが釘を刺すような口調で言う。
「上級公務員さまは気楽でいいですね!」
「どういう意味だい? 普通公務員のフィルブスくん?」
くっくっくと喉の奥で笑いながらカーライルが応じる。
フィルブスがじとっとした目でカーライルを見た。
「お前ね……わかっているくせに!」
もちろん、わかっている。
王国祭には王立魔術学院も協力している。学院の一教師であるフィルブスにはこなさなければいけない仕事がたくさんあるのだ。
単純に忙しい。
そんなことはわかっているが――
ははははははは! とカーライルは笑った。
「君だって僕の性格の悪さをわかっているくせに!」
「おーおー、そういうやつだったよ、お前は……!」
フィルブスはうんざりした口調で応じると、選んだ手札をテーブルへと置いた。
そして、ちらりとカーライルを見る。
このカードは通るのか? そう確認するような目だ。
「大丈夫だよ。止めたいけどね、手札がない。いやはや、痛いね」
カーライルはひらひらと手を振る。
フィルブスがほっとした様子でカードから手を離した。
それから――
「……でさ、本当にやるの、あれ?」
と嫌そうな顔で切り出す。
「んー、なんのことー?」
「闇の印の公開だよ」
カーライルは満面の笑みを浮かべて答えた。
「やるー♪」
闇の印――それは『闇』が欲している宝具のひとつ。
普段は魔術学院の最奥に封印されているのだが――
今回の王国祭で『古代の由緒ある遺物』として一般に公開されるのだ。
その件はおおっぴらに発表されている。
だから――
「絶対に『闇』の連中が来るぞ」
闇にとって、それは喉から手が出るほどに欲しい代物。
カーライルはふふっと笑ってカードをテーブルに置く。
「来てもらわなきゃ困るさ。そのための餌なんだから」
闇のメンバーを王都に招待しよう!
精一杯の歓待だよ、速やかに死ね!
できれば大物が釣れると嬉しいね!
それがカーライルの作戦の骨子だった。
「釣り餌は豪華にさ。先方も罠だと気がついているだろうけど、飛びつかずにはいられない――それくらい派手にいかなきゃね」
カーライルは上機嫌にこう続けた。
「ひょっとすると首魁――闇の御子なんかが釣れちゃったりして?」
「……そう、うまくいくのかねー……」
フィルブスが不安げな口調でこぼしながらカードを山札から引く。
「だいたい、責任者のお前が不在ってのが微妙だ」
「すまないねー、ははは!」
これっぽっちも悪いと思っていない口調でカーライルは謝った。
カーライルは王国祭の少し前から王都を離れる。祝祭ムードで仕事が少ないうちに出張しておこう――というのが理屈で、すでに公的に発表されている。
「あああああ! 子供の頃からずっと参加している王国祭を休むことになるなんて! 悲しーなー! 寂しーなー!」
「せめてもう少し心を込めて言え」
フィルブスの皮肉にカーライルは口元を緩めた。
「……釣り餌をもっとおいしく見せないとね。面倒な僕が王都にいないほうが闇も動こうかなーって気になるだろ?」
とん、とカーライルがカードをテーブルに置く。
フィルブスが渋い顔で手札を眺めた。
「お前がいなくてどうするんだよ。闇の連中が動いたらさ」
「頑張れー、前線指揮官のフィルブスくん!」
「死ぬわ!」
大声でフィルブスが叫んだ。
「死ぬわ! マジで死ぬわ!」
「まあ、まあ。ほらさ、アルベルトもいるしさ。彼がいたら何とかしてくれるよ。たぶん」
「アルベルトか……あいつむっちゃ強いけどなあ……」
「むっちゃ強い上に――まだ闇は彼を知らない」
くすくすとカーライルが笑う。
あのグリージア湖沼の戦いで圧倒的な戦果をあげたアルベルト。その戦果の詳細を――
カーライルは徹底的に隠蔽した。
報告資料は改ざんし、紋章師を倒したときに見せた異常な大火力も厳重に口止めした。あそこにいたのはフィルブスとローラを除けば、リヒルト隊のメンバーのみ。それほど難しい話ではなかった。
まだアルベルト・リュミナスの名は世に出ていない。
その圧倒的な性能もまた。
「知られていない、というのは最高の価値があるのさ」
「……そんなものかねー……」
長考の末、フィルブスはカードを場に出す。
「そんなものだよ」
カーライルはあっさり応じると手札から一枚のカードを抜き出してフィルブスの出したカードの上に置いた。
ジョーカーを。
「はい。僕の勝ち」
「ぬあ、ぬあ、ぬあんだとおおおおおおお!」
フィルブスは持っていた手札をテーブルに叩きつけた。
「さ、ささ、さっき通ったじゃん!? どうして?」
「……だって、あのときだと盤面的に効果が弱かったからねー……普通に流すでしょ? で、フィルブスくんは『ジョーカーが無い』と思い込んだでしょ?」
カーライルは手札を置いた。
「相手が知らない。気づいてない――ねえ、最高の価値だと思わないかい?」
「……ああ、もう、わかったよ! よぉくわかったよ!」
フィルブスは口をへの字に曲げてから大きな溜め息をつく。
「お前はアルベルトにジョーカーとしての――誰も知らないジョーカーの働きを期待しているんだな?」
「うふふふふふ」
「……だから、アルベルトの戦果を隠したと」
「彼には悪いことをしたけどね。本来ならもっと賞賛されてしかるべきなんだよ。彼がそのことに関して無頓着で興味がないのを利用しているみたいで少し気が引けるね」
それから、カーライルはこう続けた。
「だけど、僕でも隠し切れなかった部分もあってね。そこは懸念でもあるんだよ」
「隠しきれなかった部分?」
「貴族たちのことさ。王と大勢の貴族たちの前でリュミナス侯爵の嫡男だとバレちゃったのは困りものだ」
「困るの?」
「困るさ。おかげでアルベルトは否応なく貴族たちから接触を受ける。学院には貴族の子弟も多いからねえ」
はあ、とカーライルはため息をついた。
「アルベルトとローラの二人の静かな世界に波が立つのは避けたいのだけどね……」
マジックアローについてはずば抜けた能力を誇るアルベルトだが、貴族の社交界では何の役にも立たない。そこで必要なのは腹の探り合いと絶妙な距離のバランス、お世辞と薄皮一枚の笑顔だ。
カーライルは思う。
一〇年ぶりに世に出てきたアルベルトが鼻歌まじりにこなせるものではないだろう。おまけに貴族社会との接触は平民であるローラとの距離も浮き彫りにする。
正直なところ、アルベルトにいい影響を及ぼすとカーライルには少しも思えなかった。
「迷えるマジックアローか……」
深刻な顔で息を吐いた後、やおらフィルブスに目を向けてカーライルは明るい口調で続けた。
「というわけでさ、熱血教師のフィルブスくん、教え子のこと、よろしくね?」
「うおおおおおおい!? 結局、俺に丸投げかよ!?」
「うふふふふふ」
「うふふふふふじゃない!」
興奮するフィルブスに、カーライルは真剣な表情でこう言った。
「本気のお願いだ。フィルブス、頼むよ」
「……ちっ」
カーライルから視線を外してフィルブスが口を開く。
「生徒のプライベートには口を出したくないんだけどな……あんまり期待するなよ」
週2更新(水・日)です。
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