悪夢は終わり、英雄は帰還する
昼すぎ頃。目を覚ました俺は村へと戻った。
「やりましたなあ! アルベルトさま!」
大村長が大声で俺を歓迎してくれた。
九頭龍との戦いには若い村人たちが見届人として派遣されている。
すでに彼らから報告を受けたのだろう。
他の村人たちも俺を囲んで喝采を上げてくれた。
「さすがだ! さすがは領主さまのご子息!」
「あんたこそが英雄だよ!」
「あなたのおかげでこの村は救われたよ!」
彼らの顔には喜びがあった。笑顔があった。
その顔を見て俺は報われた気がした。もう彼らが誰かをいけにえに捧げようと暗い話をする必要はないのだ。
そのとき、誰かが俺に近付いた。
「……ありがとうございます……」
湖で助けたいけにえの女だった。彼女の目には涙が光っていた。俺の手を握った瞬間、その涙がすっと流れた。
「ありがとうございます! 命を助けていただいてありがとうございます! あなたが来てくれたから――わたしは、わたしは!」
女はうつむいた。
その目から流れる涙がこぼれ、女の手に落ちる。
「……でも、わたしだけ助かっていいんですかね……今まで死んでいったいけにえの人たちに悪い、というか……」
俺は首を振った。
「……気にしなくていい……もしもあなたが彼女たちと逆の立場だったとして、恨むかな?」
「……恨まないと、思います……」
「彼女たちはきっとこう言ってくれるよ。よかったね、と。大切なのは彼女たちを忘れないことじゃないかな」
そうだ。
今まで犠牲になった彼女たちがいたからこそ、これまでの平穏が守られていた。この村だけが犠牲になっていた。
彼女たちの犠牲を忘れてはいけない。
……この村に慰霊碑を造りたい。俺はそう思った。彼女たちがいた証として、この村がリュミナス領を守り続けた証として。
それは悪くないアイディアだと俺は思った。
女は俺から手を離し、頭を下げた。
「ありがとうございます。……このご恩は忘れません」
村人たちの話し声が続く。
だが、俺は他に気になることがあって集中できなかった。
九頭龍は倒れ――俺が帰ってきた。
村中にそんなことは知れ渡っている。ならば、すぐに姿を見せるはずの人物が見当たらない。
「すまないが、ローラはどこにいる?」
え、ローラさん?
という感じで村人たちが顔を見合わせる。
「あれ、どこにもいないぞ」
「今日は見てないなあ……」
村人たちがきょろきょろと周りを見渡す。
なぜいない……?
不安に駆られた俺は、俺たちに割り当てられた家へと向かった。
そして――
そこはもぬけのからだった。
――!
俺は言葉を失った。なぜローラはいないのだろう。九頭龍が恐ろしくて逃げたのだろうか。いや、そんなことはない。ローラはそんな人間じゃない。
俺は思わず叫んだ。
「ローラ! ローラ! どこにいる!」
そうすると、俺にぞろぞろとついてきていた村人たちも慌てた様子でローラさんローラさんと呼び始めた。
「俺、ローラさんがその辺にいないか見てきますよ!」
気の利く村人がそんなことを言ったとき――
「あ、あのー……」
聞き覚えのある声がした。
俺が慌てて振り返ると、そこには白髪の少女が立っていた。
「ひょっとして、わたしをお探しですか?」
「ローラ!」
村人たちがローラに道を譲る。
ローラは申し訳なさそうな様子で俺の前までやって来た。
「どうしたんだ、ローラ? どこに行っていたんだ?」
「あー、その……」
ローラは困ったような様子でしばらく考えた後、
「実はアルベルトさんが心配で戦いを見にいっていました。勝ったのを見てほっとしたら、そのまま寝てしまって――」
そう言ってぺこりと頭を下げた。
「言いつけを守れなくてごめんなさい」
「いや、大丈夫……気にしなくていい」
俺は安堵の息を漏らした。
「ローラが無事ならそれでいいよ」
「……勝ったんですね。九頭龍に」
「ああ」
「ほら、言ったじゃないですか。アルベルトさんなら勝てるって」
そして、ふわりとした笑みをローラは浮かべた。
「お疲れ様です、アルベルトさん!」
その言葉はとても心地よい響きだった。
ただその言葉だけで俺は身体中の疲れが吹っ飛ぶようだった。
きっと俺はその言葉を聞きたくて――ローラの口から聞きたくて最後まで頑張っていたのかもしれない。
今ようやく俺のなかで一連の事件が終わった――そんな気がした。
「ありがとう、ローラ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、村を出た俺とローラはマジックアロー飛行で領都リュミナスへと向かっていた。
もうすぐ夕暮れ時。夜はマジックアロー飛行に適さないので、そろそろ降下する必要がある。
「もう夏休みも終わりだな」
「そうですね!」
ローラが元気よく返事をする。
「アルベルトさんにとってどんな夏休みでしたか?」
「何だかいろいろありすぎたな……」
本当にいろいろあった。
父親と和解してリュミナス家の後継者となり、この領を知るためにいろいろな土地へと移動し、そして――最後は龍と戦うことになろうとは。
「にぎやかな夏休みだったよ。でも楽しかったよ」
おそらくそれは隣に誰かがいてくれたからだろう。
おそらくそれは隣の人がローラだったからだろう。
「ローラはどうだった?」
「何だかもう! すごい! って感じですね! それしか言葉が出てきません!」
それから、ローラはこう続けた。
「でも、わたしも楽しかったです!」
「そうか。ならよかった」
ローラがそう言ってくれたことが俺には嬉しかった。
「――あ!」
そのときローラが声を上げた。
「アルベルトさん、すごい! あっち、きれいですよ!」
俺たちはちょうど山に囲まれた地形を抜けたところだった。一瞬で視界が開け、見渡す限りの大平原に風景が切り替わった。
地平線の向こう側に沈みゆく赤い夕暮れの太陽が見えた。投げかけられた陽光が草原を赤く照らしている。
確かにそれは美しかった。
マジックアロー飛行で夕暮れなんてよく見ているが、今日のこれはいつもよりもきれいだなと思った。
きっと湿度や雲量――そんなものが奇跡的に揃っているのだろう。
「確かにきれいだな」
そのときはそう思えた。
「はい。とってもきれいです! こういう風景をアルベルトさんと見たかったんです! いい想い出ができました!」
ローラが楽しそうな声で笑った。
「きっとわたしは忘れません! この夏の日を! だから、アルベルトさんも覚えていてくださいね!」
「もちろんだ。忘れないよ、この夏の日も、ローラのことも」
「はい!」
嬉しそうにローラが応じる。
こうして――
俺たちの夏の物語は終わったのだった。




