マジックアロー・全門開砲(フルバースト)
九頭龍が目覚める日の早朝――
俺とローラは九頭龍が眠る湖の岸辺を歩いていた。
「マジックアロー」
俺の右手の前に白い矢が出現する。
だが、それは『それだけ』だった。
マジックアローはぴくりとも動かず、その場で静止していた。
「何度見てもすごいですねえ……ていうか、マジックアローって止まるんだ……」
隣のローラがじいっと俺のマジックアローを見る。
その目がすーっと後方――俺たちが歩いてきた方向へと流れる。
そこには数百発ものマジックアローが、まるで時間が止まったかのように中空に浮かんでいた。
「俺のマジックアローは速度調整ができるからね……速度を『ゼロ』にしたんだよ」
「できるんですか!?」
「ああ」
いつの間にかできるようになっていた。
「このマジックアローは俺が決めたキーワードを発せばいっせいに通常速度で動き出すんだ」
つまり、作戦はこうだ。
九頭龍が目覚めた瞬間、俺はここにある――おそらくは合計一万発ほどになるだろうマジックアローを一気に叩き込む。
「勝てそうですね!」
「どうだろうな」
マジックアローを産み出し続けながら、俺はローラに答える。
「このマジックアローは丸一日くらい維持できる。だけど形態を保つのは消耗するようでね――まず射程距離は数百メートルしかない」
伝承によると九頭龍はこの湖と同じほどの大きさだそうだ。
なので、湖の周囲に展開しておけばその欠点は回避できる。
「より大きな問題は、いつものマジックアローほど威力がないことなんだよ」
もちろん、一万発も叩き込めばさすがに俺の普段のマジックアローをはるかに凌駕する火力が出るだろうが。
単純に俺のマジックアロー一万発ぶんではない――ということだ。
「これで倒れてくれればいいんだけどな」
九頭龍がどう現れるか予想がつかない。
何発か外れてもいいように、俺は水平から斜め上へと角度をつけながらマジックアローをばらまいていく。
ローラが質問を続けた。
「……倒せなかったらどうするんですか?」
「昨日一緒に行った、あの場所だな」
俺はこの湖をぐるりと囲む山稜のひとつに目を向けた。
「あの場所から湖までがだいたい一三キロ。あそこからマジックアローを全力で九頭龍に打ち込む」
ただの力押しだ。
おそらく九頭龍は俺に気づいて全力で向かってくるだろう。
村長から聞いた話だと九頭龍の毒は周囲一キロを汚染するらしい。つまり、一二キロのラインが俺にとっての最終防衛ライン。
そこを割られたら俺の負けだ。
「マジックアロー飛行で逃げながら戦ったらどうです? 空からマジックアローを撃つとか?」
「……実はね、マジックアロー飛行中は威力のあるマジックアローは撃てないんだよ」
「え、そうなんですか!?」
「飛行は制御が難しくてね。戦わずに逃げて距離を置くのは悪くないけど――相手の速度次第かな……」
山のように巨大な龍だ。どれくらいの速さだろうか。
高度、速度――マジックアローはいくらでも上げられるが、飛行する俺が人間である以上、人体の限界は超えられない。
「……出たとこ勝負だな……」
「仕方がないですよ! わからない相手だし! アルベルトさん、あまりお役に立てませんが、一緒に頑張りましょう!」
ローラは俺についてくる気まんまんだった。
しかし――
俺は首を振った。
「ローラ、村に残っておいて欲しい」
「え!?」
驚くローラ。だが、それは俺が決めていたことだった。
おそらく今度の敵はそう簡単ではない。ぎりぎりの戦いになるかもしれない。九頭龍が絶対防衛ラインの一二キロ間近まで来たとき――俺ひとりならば命を捨てる覚悟で踏ん張れる。
だけどローラが隣にいたら――
俺は最後の最後まで冷静でいられるだろうか。
「ローラ、村で俺の勝利を祈っていてくれ。必ず勝って帰るから」
ローラは沈黙した。
悲しそうな顔をしていたが、
「……わかりました! 大丈夫です!」
そう言った。
だが、いつも一緒にいる俺は――その声色にわずかな異変があることに気がついた。
何か、覚悟のようなものが。
少し気になったが、状況が状況だ。さすがにローラも緊張しているのだろうと思い直した。
俺はローラにほほ笑んだ。
「そんなに心配しなくてもいい。また必ず会えるさ」
それから昼過ぎまで俺は湖の周りを歩き――正確に数えていないのでよくわからないが、おそらくは一万発ほどのマジックアローを配備した。
……よし。準備は万全だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜――
俺は山の中腹にある木陰にいた。漆黒のような夜だ。無理もない。今夜は新月。月が出ていないのだから。
一万発のマジックアローを準備し終えた俺はローラと別れてここに移動し、ついさっきまで眠りについていた。
おかげで魔力は充分に回復した。
いつ九頭龍が現れても問題ない。
湖へと視線を向けた。
湖の周りにはローラがライティングの魔術を展開してくれたおかげで煌々と輝いていた。
湖は静かだった。
生き物など何もいないかのように静かだった。
死んだように静かだった。
いったいどれくらいの時間がたっただろうか。
ごっ、と。
空気と地面が同時に揺れた。
その震動はだんだんと大きくなり、思わずバランスを崩した俺は地に手をつく。
……ついにか。
どうやら時間が来てしまったらしい。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
耳を聾するような異音が周囲に鳴り響く。湖が波立つ。まるで嵐が来たかのように水面が荒れる。
やがて――
荒れる水面に九つの盛り上がりが現れる。やがて小山にまで膨らんだ水面を突っ切って黒い影が姿を見せる。
そして、それはついに目を覚ました。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
巨大な鳴き声とともに――
太古の悪夢、九本の首を持つ巨大な龍が湖から姿を現したのだ。
九頭龍が。
「……いよいよか」
すでに震動はおさまっている。
俺はすっと立ち上がった。
「悪いが――ここで終わりにさせてもらおう」
俺の右手にぱちっと白い火花が散る。
その右手を頭上へと高々と掲げた。
「マジックアロー――」
そして、右手を振り下ろすとともに続ける。
「全門開砲」
その言葉とともに――
湖を囲む一万本のマジックアローが古代の龍へと襲いかかった。
闇にたたずむ山のごとき影を昼のような白い閃光が焼き尽くす。
グオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
九頭龍の絶叫が響き渡った。
週2更新(水・日)です。
面白いよ!
続きが読みたいよ!
頑張れよ!
という方は画面下部にある「☆☆☆☆☆」から評価していただけると嬉しいです!
応援ありがとうございます!




