当代最高・宮廷魔術師カーライルへの挑戦
「マジックアロー」
俺の手から放たれた白い矢が一直線にカーライルへと飛んでいく。
俺の矢とカーライルの盾――
その二つが正面から激突した。
耳をつんざくような大きな音が響き渡る。
カーライルの盾に弾かれてあっさりと消える――全員がそう思っていただろう俺のマジックアローだが、そうはならなかった。
じりじりとカーライルの盾へと食い込んでいく。
ず――
かすかな音が聞こえた。それは踏ん張るカーライルの足が勢いを御しきれず後ろへ押される音。
俺のマジックアローを支えるカーライルの右手はぶるぶると振るえている。ぴんと伸びていた肘は勢いに押されて角度を持ち始めた。
俺を見るカーライルの顔が――
にやりと笑った。
「面白いね、君」
言った瞬間、カーライルは叫んだ。
「はああああああああああああああああああああああああ!」
声と同時、腕の角度を変えて俺のマジックアローを地面へと押しつけた。
白い輝きが爆弾のように弾ける。
閃光が消えた後、涼しげな顔でカーライルがすっと立ち上がった。
「楽しませてもらったよ」
その姿を見た瞬間、受験生たちから歓声が飛ぶ。
「さすが、カーライルさま!」
「やっぱ圧倒的だよ! すげえ!」
その歓声の中、カーライルは悠然とした足取りで俺の元まで歩いてきた。
「三発目が終わったが、これで満足かい、君?」
「……はい。俺はマジックアローさえ撃てれば満足ですから」
「それはよかった。なら試験は終わりだ。ご苦労さん」
「ありがとうございます。つきあってくれて」
俺は別れの握手しようと右手を差し出した。
だが――
カーライルは手を握り返さない。何も言わずにじっと俺の手を見ているだけだった。
「うん?」
俺が首を傾げたときだった。
試験官が俺とカーライルの間に割って入った。
「馬鹿者! カーライルさまに握手を求めるなど! 失礼にもほどがある!」
ああ、そういうことなのか……。
確かに俺はどこの馬の骨ともわからない受験生。国の至宝である天才宮廷魔術師と握手などできるはずがない。
「それは失礼した」
俺はカーライルに背を向けるとローラが待つ元の位置に戻ろうとする。
「待ってくれ」
カーライルがそんな俺を呼び止める。
「君、名前は?」
「アルベルトです」
「アルベルト、か」
にこりとカーライルがほほ笑んだ。
「覚えておくよ、その名前」
そう言い残すとカーライルもいずこかへと立ち去った。
俺はローラの元へと戻った。
「お疲れ様です! アルベルトさん! よかったですね!」
「え、そうなの?」
「はい! だってあのカーライルさまに魔術を受けてもらえたんですよ!? そんな機会ないですから!」
「ああ……確かに」
あまり気にしていなかったが、確かにそうない話だ。
どうせなら本気のマジックアローをぶっ放しておけばよかっただろうか。『手加減は無用だよ』と言っていたので、一発目二発目と同じくらいの力で撃ったのだが、別に全力ではない。
まあ、倒すのが目的じゃない――いい想い出ができたと喜んでおけばいいか。
「あ! わたしの番号が呼ばれました! 行ってきます!」
「ああ、頑張っておいで」
ローラはぱたぱたと前へと走っていった。
「マジックアロー! マジックアロー! マジックアロー!」
ローラが放った三本の白い矢が的へと飛んでいく。
三発とも中央――とはいかないがすべて的を外さずに命中した。
それは悪くない成績だ。
他の受験生たちを見ていると、三〇メートル先の的にも届かなかったり、明後日の方向に飛んでいったりとさんざんだからだ。
戻ってきたローラに俺は声を掛けた。
「悪くないじゃないか」
「はい! 緊張しましたけど、手元が狂わなくてよかったです!」
だけど不安げな表情で首を傾げる。
「いい評価がもらえればいいんですけど……どうなんでしょう」
マジックアローはすべての魔術の基礎にして多くの魔術師が最初に覚えるものだ。
だから俺のようなマジックアロー研究家になれば、マジックアローを見るだけで魔術師の力がよくわかる。
ローラは年齢のわりによく訓練されている。
きっと才能にも環境にも恵まれた魔術師なのだろう。
一〇年前の俺よりもはるかに。
だから――
俺はにこりとほほ笑んでローラに言った。
「大丈夫。ローラは受かると思うよ」
「だったらいいんですけど――」
そこではっとした顔になってローラが
「いえ! アルベルトさんが褒めてくれるなら、本当に大丈夫な気がしてきます!」
なにやら信頼してくれているようだ。
……理由がよくわからないけども、なんであれローラが自信を持ってくれるのなら俺は嬉しい。
そうして一次試験が終わった。
俺の記憶だと実技はこれで終わり。次は筆記試験を受けて受験は終わりとなる。
そう、俺の記憶だと――
試験官が大きな声を張り上げた。
「では、これよりふたつ目の実技試験を始める!」
終わらない、か。
どうやら一〇年という期間はとても長かったようだ。
「ふたつ目の試験はディスペル・マジック――魔力解除の試験だ! これからこちらで用意した魔術のかかったアイテムを渡す。君たちには制限時間以内に魔術を解除してもらいたい」
「……まずいな」
試験官の話を聞くなり、俺はぼそりとつぶやいた。
隣のローラが首を傾げる。
「何がまずいんですか?」
「俺はディスペル・マジックが使えないんだよ」




