冒険者ギルド
翌日、領都リュミナスに戻った俺たちは冒険者ギルドを訪れた。
なぜなら――
「迷惑な化け物たちに困っている村を探すにはどうしたらいいんだろう?」
と俺が質問するとローラがこう答えたからだ。
「冒険者ギルドに行くといいですよ」
「冒険者ギルド?」
「ゴブリン退治とかを引き受けてくれる何でも屋みたいな人たちがいる場所ですね。本当に困った場合はそこに依頼を出します」
冒険者ギルドは一階が酒場になっていた。
並べられたテーブルのあちこちに人が座っている。服装は一様ではなく魔術師風の男もいれば脇に長剣を置いた女もいる。全員に共通しているのはまとっている雰囲気が平民とは明らかに異質だということだ。
おそらく彼らが冒険者なのだろう。
俺たちはカウンターへと向かった。そこに立っている若い女に話しかける。
「すまないが、ここが冒険者ギルドかな?」
「そうだけど?」
女は俺、ローラと順に視線を移した。
「ご依頼かしら?」
「……いや、違う。依頼を受けたいんだ。その、ゴブリン退治とか、そういう感じの」
俺はやや苦しみながら意志を伝えた。
……どうにも仕組みがわからないので話にくい……。
「依頼を受けたいの? ……でも話している感じ冒険者のこと、わかってなさそうだけど、冒険者の登録はしてる?」
「登録がいるのか」
「ええ。ランクによって受けられる仕事が変わるから。登録して仕事をこなしてランクを上げて――そうすればだんだんと受けられる仕事が増えてくる。信用できない人に大きな仕事は任せられないからね」
「それもそうだな」
「登録する? 登録だけなら無料だけど」
「うーん――」
俺は思案する。別に冒険者になりたいわけではないのだが。
「登録する前にどんな依頼があるか確認できないか?」
「そこにあるわよ」
女が視線を向けた先には大きな掲示板があり、そこに無数の紙が貼られていた。
「やる気になったら声をかけてね。ギルドに登録してないと依頼をこなしても報酬を払えないから」
「ありがとう」
俺は受付の女性に礼を言うと掲示板に移動した。
掲示板にはいろいろな依頼の紙が張られていた。
紙には依頼の概要、依頼の詳細、場所、報酬などがコンパクトにまとめられていた。すべて同じ書式で書かれていたので、おそらくはギルドが依頼者から聞いた内容をまとめているのだろう。
それぞれの依頼には、同じ内容の紙が複数枚セットで貼りつけられている。
依頼の内容は多岐にわたっているが――
「ローラ、退治に関する依頼の紙だけ集めようか」
「はい、わかりました」
「化け物が村に被害を及ぼしているかどうかってわかるかな? 近くに住んでいて危険だからというだけの依頼は外したいんだが」
村人たちに実害が出ているのなら有無を言わせないが、静かに共存している連中まで倒すつもりはなかった――少なくとも、俺の意志で倒そうとは思えない。
あくまでも『人に迷惑をかける化け物』だけだ。
ローラは何枚かの紙に目を向ける。
「うーん……そこまで細かくは書いていないように見えますね……村に行ってみないと確認できないかもです」
「そうか……」
「でも、ほとんどで実害が出ていると思いますよ」
「どうして?」
俺の質問にローラが声を低くして答えた。
「冒険者への依頼はお金がかかるんですよ。どこの村も余裕がありませんから、本当に困らない限りはギルドに依頼なんて出しません」
「ああ……確かに」
やはりローラがいてくれて助かる。
俺だと絶対にわからない事情だ。
「じゃあ、片っ端からもらっていこう」
俺たちは近くのテーブルへと移る。
俺は依頼書にじっと目を通した。
そこにあるのは依頼者たち――リュミナス領の人たちの悲鳴だ。こんなに多くの人たちが化け物の脅威に怯えているとは。
「……助けないとな……」
「はい! そうですね!」
ローラがぶんぶんと握った右手を振って俺にあわせる。
そのときだった。
「ああん? お前ら何の依頼を見てるんだ?」
いきなり酒くさい息がした。
まだ真っ昼間だというのに――
ぬっと無遠慮な腕が伸びてきて、テーブルに広げている依頼書をひっつかむ。
視線を向けると赤ら顔の中年の男が立っていた。身体ががっちりとしていて、いかにも戦士風の男だ。
「……おいおい、討伐系の依頼かよ……。なに、お前らこれやる気? ダメだよ。もうちょっと寝かしておかなくちゃ!」
そう言うと、男は上機嫌に逆の手に持ったビールを呑んだ。
俺は男に向かって訊いた。
「……寝かせる?」
「そーそ。依頼をね、無視するんだよ」
意味がわからない。
「どうしてそんなことを?」
「討伐系ってのはな、本気で困っているから出してくる! 命がかかっているからな! てことは無視してやれば報酬が増えるのさ!」
まるですごい発明を披露するかのように男は言って大爆笑した。
めったなことでは怒らないローラの両眉が跳ね上がる。
「なな、なんてことを! 助けて欲しいという声を!」
「はあ? 真面目か? こっちだって命を賭けて守ってやるんだよ。それを高く売ろうってのが悪いのか? 商人どもと一緒だろ」
ぐっ、とローラが詰まった。
男がテーブルの紙を何枚か指さした。
「それとそれは俺が狙っているやつだから。とるなよ。ていうか、他のも他の連中が予約済みだ。な!」
男は振り返って他の冒険者たちに目を向ける。
俺たちのやりとりを見ていた連中が、ふふふ……と笑った。
「みんな値上がり待ちさ。ここで酒を飲んでるだけでもらえる金が増える! いいものだね! もうちょっと困ってもらわないとな!」
聞いているだけで気分が悪くなる……。
「……商人が扱っているのは命じゃないけどな」
「あん?」
「訊きたいんだが、冒険者ってのは、みんなこんなことをしているのか?」
「いーや? 普通はできないね。だいたいやる気のあるバカな連中がほいほい行っちゃうからさ」
「今は違うのか?」
「少し前にここの跡取り息子が指揮官として出陣したんだよ。そのときに腕利きの連中は雇われていってね。死んだのか他の領に移ったのか――今は人手が足りないってわけよ」
なるほど……ここにいるのは腕も性格も悪い連中なのか……。
嬉しそうな顔で男が続ける。
「特需だよ特需! つまんねー安い仕事でこき使われていた俺たちみたいなのにとってはな。もうちょっと困ってもらおうってわけよ。お前らも仲間になったら依頼を割り振ってやるぞ?」
はっはっはっはっは!
と大笑いしながら男は席に戻っていった。
「アルベルトさん……」
悲しそうな顔でローラが見る。
大丈夫、と俺はローラに言った。
「……ここでずっと酒を飲んでいるがいいさ――お前が稼ぎたくなったときには、もう終わっている」
俺はテーブルに広げた依頼書を集めていく。
「行こう、ローラ。すべての依頼を片付ける」
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