旅立ち
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父と話が終わった後、待っていたローラに内容を伝えた。
深刻そうだったローラの顔はだんだんと明るく輝き、最後は跳ねるような元気な声でこう言ってくれた。
「仲直りできたんですね!」
「仲直りかどうかはわからないけど――」
それはこれから始まるのだろう。一〇年間の空白を長い年月をかけて少しずつ埋めていくのだ。
「仲直りする努力をしようと決めた感じかな」
「よかったです! 本当に!」
ローラは自分のことのように喜んでくれた。
ローラの家族はとても仲がよかった。ローラにとってはそれは当たり前で――幸せなことだと知っているのだろう。
だから、そうではない俺の境遇に心を痛めてくれていたのだ。
「……それでローラ、話があるんだけど」
「なんでしょうか?」
「俺はね、旅に出ることにしたんだ」
「旅?」
「夏休みの間にリュミナスの地を見て回ろうと思って。俺が育った――俺が継ぐ領地をもっと知りたいんだ」
「いい考えだと思います!」
「……もしよかったらローラも一緒に来ないか? もちろん、村に戻りた――」
「一緒に行きます!」
喰い気味どころか喰いまくってローラが返事をした。
「わたしも見てみたいです! アルベルトさんの故郷を!」
「そうか。そう言ってくれると嬉しいよ」
それは心からの言葉だった。
旅に出る――そう父に告げたとき、俺の脳裏に浮かんだのは俺のひとり旅ではなくローラとの旅だった。
ローラとはなんだかんだでずっと一緒にいる。
ローラが横にいない、というのは何か違和感があった。
「出発は明日にしよう。ただの貧乏旅になるから、今日のうちにリッチな侯爵生活を堪能しておいてくれ」
「大丈夫です! 軒下でも草っ原でも寝れますから!」
ローラがそんな根性のある言葉を口にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「路銀です」
そう言って、セバスチャンが『ガチャ』と大きな音がするほど金貨の詰まった布袋を俺の前に置いた。
……貧乏旅どころかどこでもスイートルーム状態だ。
翌日、部屋で出発の準備をしていた俺をセバスチャンが訪ねてきて、挨拶もそこそこに取り出したのがこれだ。
「……すごい額だな」
「旦那さまからの餞別です。よくリュミナス領を見てこいと」
……俺への気遣いがいきすぎて過保護になっている気がするな……。
「さすがにこんなにもらえない」
ひとり暮らし時代、俺は自分で王都に出向いて日用品を買っていた。金銭感覚は平民に近いのだ。
「アルベルトさまには受け取る義務があります」
「え?」
「あなたはリュミナス侯爵家の跡取りです。どこぞで野垂れ死なれるわけには参りません」
「……それにしても多すぎる……」
あまり気は乗らなかったが受け取ることにした。どうせ拒否しても押し問答になるだけだろう。
「あと、こちらもお持ちください」
続いてセバスチャンが俺の前に置いたのは一枚の板だ。
板にはリュミナスの家紋が刻まれている。
これは俺も知っている。家を追い出される前の俺も持っていた。
その貴族の家の人間である――そう証明するものだ。
家紋を彫っているだけだと簡単に偽造できそうだが、魔術によって鑑定するための機構が組み込まれているので調べるとすぐバレてしまう。おまけに、提示すると貴族の家に報告が入るので覚えがない場合は追跡調査が待っている。
偽造だとバレた場合は死罪。
国の要たる大貴族の名を騙るのはそれほど重いのだ。
「もしも路銀が足りなくなった場合は領内の行政府にそちらをご提示ください。追加で支給をおこないますので」
「……足りなくなるってことはないと思うけど、これはもらうよ」
俺は紋章の刻まれた板を受け取った。
「終わりか?」
「はい。渡すように言われたものはそれだけです」
少し間を置いてから、セバスチャンが話を続けた。
「旦那さまからではなく私からですが、ひとつ質問がございます」
「なんだ?」
「ご学友――ローラさまのことです」
「ローラのこと?」
「はい。彼女はただのお友達――と伺っておりますが、その説明に訂正はありますか?」
「……すまない。言っている意味がわからないが?」
「では言い直しましょう」
セバスチャンは俺の目をじっと見て続けた。
「恋人だったりしますか?」
……は?
……は!?
ばん! と俺はテーブルを叩いて声を荒げた。
「そんなわけないだろ!」
それからすぐ冷静になり、慌ててセバスチャンに頭を下げた。
「すまない……興奮してしまって……」
「構いません。失礼なことを伺った自覚はありますので」
セバスチャンは顔色ひとつ変えずに言った。
「本当にただのご学友――その理解で大丈夫でしょうか?」
「ああ、それでいい。本当の本当にただの友達だ」
俺もローラも孤独だった。話しにくい過去を抱えていた。
だから、俺たちは互いに誓った。
ずっと友達でいようと。
何があっても互いを助け、信じ合おうと。
そんな俺たちの関係を表すのなら、それは『友達』以外にない。
「そうですか……承知いたしました」
「なぜそんなことをわざわざ訊く?」
「アルベルトさまがリュミナス家の跡継ぎだからです」
そう言われて、ようやく俺は理解した。セバスチャンが言わんとしていることを。
自分の言葉が俺に浸透するのを待つように、間を置いてからセバスチャンが言葉を続ける。
「言わずもがなですが、当主の最優先事項は血統の保持。つまり、子を成すことです。結婚相手は慎重に――侯爵家の血筋にふさわしい相手を選ばなければなりません」
セバスチャンはそれだけを言った。
言外にある意味はこうだ。
平民であるローラは決して相手になりえない――
「お友達であるのなら問題はないでしょう。それ以上の関係にはならないようご注意ください。いずれアルベルトさまにはふさわしいお相手をご紹介いたしますので」
そう言うと、セバスチャンは一礼して部屋を出ていった。
ひとりになり、俺は自分の心がよくわからない感情で満たされていることに気がついた。
これは怒りだろうかとも思ったが、違う気がした。というのも事実、俺とローラは友達で友達以外の何物でもないからだ。
「交際しないでください」
「いえ、本当に友達です」
そんな会話をしただけなのだ。怒る要素がない。
そのはずなのに――
なぜか俺の胸には心地よくない感情がよどんでいた。
これはどういうことだろうか。
俺は釈然としないままに旅の支度を終えて玄関へと向かう。
大きなホールの端っこに白髪の女の子が足下に荷物を置いて立っていた。彼女は俺の姿を見るとぱたぱたと手を振ってくれた。
「アルベルトさあああん! 遅いですよおおお!」
明るい顔で、明るい声で。
俺の名前を呼んでくれた。
その瞬間――
曇り空のようだった俺の心は夏の空のように晴れた。
「待たせたな、ローラ」
俺はローラの前に立った。
「どうしたんですか? 浮かない顔されてましたけど?」
「いや、別にいいんだ。たいしたことじゃない」
俺は首を振った。
「……ローラ。俺とお前は友達なんだよな?」
「え? 友達ですよ? 当たり前じゃないですか! 変なアルベルトさんですね!」
そう言ってローラが笑った。
当然だ。俺たちはそう約束したのだから。
それをローラも望んでいるのだろう。
友達。
そうだ。何も問題ない。
俺とローラは友達で――これからも一緒にいる。
いつか俺の隣にはどこそこの誰それ令嬢が現れるのだろうが、それでもローラとの友情は揺らがない。
だが、その考えでも足りなかった。
俺は俺の心を説得できないでいた。
わだかまりが消えない。
俺の隣にローラ以外の人間が現れる――どうも俺にはそれがイメージできない。
俺の隣にいるべきなのは――
俺は頭を振った。
考える必要はない。俺とローラの関係は友達なのだから。
「よし、旅に出よう、ローラ!」
「はい!」
俺たちはリュミナス家のドアを押し開けた。
ちなみに、ローラがヒロインなので、そのへんは信じていただければと。
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