規格外というものは、凡人には理解できないものだ
からん、からん、からんからんからんからん。
大きな音を立てて、的だったもの、的を支えた支柱だったものの破片が地面に転がった。
……壊れてしまったようだ。
俺は試験官に向かって言った。
「一発目で壊れてしまいましたが? 二発目以降はどうします?」
「……ん、あ、ああ……」
試験官の口調は判然としない。
「……防護魔術がかかっていなかったのか? いや……私が最初にマジックアローを撃ったときは大丈夫だったのに……」
などとぶつぶつ言っている。
「試験官?」
俺の再度の問いかけに試験官ははっとした。
「……そ、そうだな。すまないが何か異常があったようだ。そこの隣の的でやり直してくれないか?」
「わかりました」
俺はそう言うと、隣の的へと移動した。
そして――
「マジックアロー」
ごうん!
大きな音とともに的が木っ端みじんに砕け散った。
「いやいやいやいやいやいや! おかしいだろおおおお!?」
試験官が叫んだ。
「二つとも整備不良なんてありえない! 君、何か不正をしているんじゃないのか!?」
「不正……?」
「そうだ。そもそも整備不良だったとしても! たかだかマジックアローであそこまで大破するはずがない!」
試験官が俺を指さして叫んだ。
「君、不正をしているな!?」
「……!?」
「マジックアローに見せかけて他の魔術を使っているだろ!?」
これは困った。
できるはずがないのだが。
なぜなら俺はマジックアローしか使えないからだ。
とはいえ、それは俺の事情でしかない。興奮気味の試験官に察することはできないだろう。
こんなに面倒なことになるのなら、鳥を撃ち落としたときのように手加減すれば良かった。試験官が『君たち受験生ごときの魔術で壊れることはない』と言っていたから気にせず撃ってしまったが……。
俺がどうすればいいのか悩んでいるときだった。
「――どうしたのかな?」
背後から声がした。
振り返ると、そこには意外な人物が立っていた。
宮廷魔術師カーライル。
彼の柔和な表情が俺たちを見つめていた。
答えたのは試験官だった。背筋をピッと伸ばし、緊張した声でカーライルに報告する。
「はっ! この受験生がマジックアローと偽り、他の魔術を発動させた疑いがあり、それを追求していたところであります!」
「へえ。どうしてそう思ったの?」
「防護魔術をかけていた的がマジックアローごときで破壊されるはずがありません。それも二つ連続で! 不正しかありえないと思われます!」
「なるほど」
うんうんとカーライルがうなずく。
そして、俺を見て言った。
「君、不正したの?」
「いえ、してません」
「そっかそっか」
にこにことした顔でうなずくと、カーライルは試験官に向けて口を開いた。
「してないんだって。いいんじゃない、別に?」
「で、ですが――!」
「証拠はあるのかい?」
「……え?」
「証拠だよ。彼が確かに不正をしましたって証拠」
「それはありませんが……」
「なら、話にならないね」
カーライルが肩をすくめる。
「試験官、君の仕事は受験生を評価すること、不正を見抜くこと。悪いけどね、これは確かに不正だと証拠を出せないのなら君の負けだ」
「……」
「たとえば、彼の行使した魔術を解析する魔術を使ってみれば?」
「それは、私は使えません……カーライルさまは?」
「使えるよ?」
試験官の顔がぱっと明るくなった。
「で、では、それを――!」
「だめー」
からからからとカーライルが笑う。
「僕はあくまでも監査官だからね。評価に関わる手伝いはできない」
あっさりと断ると、カーライルが俺の肩をぽんと叩いた。
「というわけで、君、とりあえず第一次試験は終わりだ。次の試験を待つといい」
「いや、まだです」
俺は首を振った。柔和なカーライルの顔にひびのような怪訝が浮かび上がる。
「どういうことだい?」
「試験は三発のマジックアロー。俺はまだ二発しか撃っていません」
「はははははは! なるほど! 面白いね!」
「……面白いですか?」
「だけど正当だね。君が君の権利を主張するのは正しい。でもね、また的が壊されるのも困る。そんなに数があるものではないからね」
あごに手を当てて思案した後、カーライルは続けた。
「そうだ! 君のマジックアロー、特別に僕が受けてあげよう!」
ざわりと周りの受験生たちがざわつく。
「あなたが?」
俺の言葉にカーライルがにやりと笑う。
「的の代わりくらいはしてもいいだろう」
「そ、そんな! ダメです!」
慌てて割って入ったのは試験官だ。
「ま、万が一にもお怪我をされでもすれば――!」
カーライルは薄笑みを浮かべたまま、その目がじろりと試験官をとらえた。
「第七位の宮廷魔術師である僕がケガをすると?」
「い、いえ! そそ、そういう意味ではないのですが、その、万が一があると――!」
「万が一? 億が一もないさ」
ひらひらと手を振る。
「どうだい? それで?」
「俺は構いません」
即答した。
「俺はマジックアローさえ撃てればそれでいいので」
「よしよし。面白くなってきたね」
すたすたとカーライルが壊れた的のあったあたりまで歩いていく。
「距離はこれくらいでいいかーい?」
カーライルが右手を差し出した。
「ハード・プロテクション!」
カーライルの右手を中心に真円の盾が出現する。
「さ、いつでもどうぞ。手加減は無用だよ?」
「わかりました」
俺は右手をカーライルへと差し向ける。
そして、引き金となる言葉を口にした。
「マジックアロー」




