リュミナス領へ
夏休みになり――
俺とローラはリュミナス侯爵のもとへと向かった。
と言っても王都にある滞在用の屋敷ではなくリュミナスの領土にある本当の意味での実家だ。
一〇年ぶりの話し合いに父が指定した場所がそこだった。
俺が生まれ育ち――
俺が追い出された実家。
王都からリュミナス侯爵領までにはかなりの距離があるのだが、移動は簡単で『転送陣』を利用する。
転送陣のある建物から同じく転送陣のある『別の』建物へと一瞬で移動できるのだ。
「リュミナス侯爵から話は伺っております。どうぞ」
俺とローラが王都にある転送陣の建物へと向かうと、管理官はあっさりと俺たちを奧へと通した。
転送陣はそう簡単には使用できない。
起動のたびに大量の魔力を消費し、管理コストも高いからだ。
使用できるのは大貴族と公的な許しを得た場合のみ。つまり、俺の父リュミナス侯爵は自由に使える側の人間なのだ。
「ローラは転送陣を使ったことあるの?」
「ありますよ。水質調査のときに使いましたよね?」
そうだった。あれもビヒャルヌ湖の近くまで転送陣で飛んでから徒歩で移動したんだった。
「でも、あれは学院のみんなで使いましたから。個人レベルで使うのは初めてなので……え、使っていいの? みたいな気持ちです」
ほとんどの平民には縁がないものだからな……。
管理官ががちゃりとドアを開けた。そこは床一面に大きな円が何重にも描かれ、その円ごとに複雑な魔術文字が描き込まれた部屋だった。
「では、おふた方は転送陣のほうへ」
管理官は壁際に置かれた本棚へと向かい一冊の本を取り出した。ぺらぺらとめくって中身を確認する。
「こちらがリュミナス侯爵領への本となります」
「ありがとう」
差し出された本の中身を確認し、俺は転送陣の中央に置いた。
この本で行く先が決まるのだ。
「それでは起動します。転送陣から出ないようにご注意ください」
管理官が操作盤に触れる。
部屋の周囲からゴゴゴゴゴゴゴ……と歯車の回る音が響いた。同時、足下の転送陣が青く輝いている。
その光が一段と輝きを増して視界が青白く染まった瞬間――
不意に光が消えた。
さっきとほとんど同じ部屋だった。床に転送陣があって壁際に本棚がある。
だが、配置が違う。
管理官の姿もない。陣の中央に置いた本もない。
さっきまでと似た、だけど別の部屋だ。
「着いたみたいだな」
俺はドアを開けて隣の部屋へと移動する。
そこにいる、さっきとは別の管理官が俺の姿を見るなりイスから立ち上がって深々と頭を下げた。
「アルベルト・リュミナスさま、よくぞいらっしゃいました」
……扱いの違いを感じるな……。
ここはリュミナス侯爵領というのを否応なく感じる。
俺はアルベルト・リュミナスで――おそらく父親の指示が行き届いているのだろう。
部屋の片隅にいた男がすっと俺に近づいてきた。
白いシャツの上に黒いベストを羽織り、黒いズボンをはいた男。年齢は二〇半ばくらいだろうか。
あまり存在感のない影のような男だった。
男は自分の胸に右手を当てると、神経の先まで礼儀の行き届いた動きで俺に一礼する。
「初めまして、アルベルトさま。私はリュミナス家で執事をつとめるセバスチャンと申します。リュミナス侯爵よりお連れするよう申し付けられております」
そう言うと、はて? という感じで首を傾げた。
「学友を連れて戻るとは伺っておりましたが、そちらの方が?」
「ロロ、ローラです! よ、よろしくお願いち、します!」
噛みながらローラが答える。身体も表情もがちがちに緊張しているのが見てとれた。
……大丈夫かな……。
「こちらこそ。何なりとお申し付けください、ローラさま」
セバスチャンはローラにも丁寧な口調と仕草で頭を下げた。
「それではご案内いたします。こちらへ。馬車を用意しておりますので」
そう言うとセバスチャンは颯爽と歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
馬車に乗り込み、俺たちは実家を目指した。
馬車の窓から領都リュミナスの景色が見える。
王都に比べればさすがに規模は小さいが、侯爵領の中心地だけあって商業施設が多く充分に発展している。街路を多くの人が忙しそうに行き来していた。
俺の隣ではローラが両手を太ももに置いてかちんこちんになって座っている。
「……どうしたんだい?」
「あ、あの……! 馬車に乗ったのが、その、は、初めてでして! マ、マナーはこれで大丈夫でしょうか!?」
「普通に乗っていればいいよ」
俺は馬車の窓を指さした。
「景色でも見てみたらどうだい?」
「きょろきょろじろじろするのはマナー違反ではないですか!?」
「大丈夫だよ。気にしなくていいから」
「は、はい!」
ぎ、ぎ、ぎと錆び付いた歯車のような動きでローラは首だけを動かして風景に目を向けた。
……平民が貴族の世界に踏み込んだのだ。緊張するなというのが無理だろう。苦労をかけている……。気にせず伸び伸びとしてくれていいんだけど。
「――セバスチャン」
「はい」
俺が呼ぶなり、対面のセバスチャンがにっこりほほ笑む。
それまでは貝のように押し黙って気配を消していたのだが。それが執事としての振る舞いなのだろう。
「忘れていたら申し訳ないのだけど、俺はお前を知らない。一〇年前からリュミナス家につとめていたか?」
「いえ」
セバスチャンは首を振った。
「私は一週間前からお世話になっております」
「……一週間前……?」
「はい。旦那さまのご意向で使用人を若返らせたいと。ここ数年内に雇ったもの以外は次々と担当者を切り替えております」
旦那様――リュミナス侯爵。俺の父だ。
「そうなのか。つまり、ほぼ全員クビ……ということか?」
「率直に言えば。ただ退職金は多めに支払われていますし、望めば次の就職先も口利きしてくれるそうですよ」
少なくとも父は最低限の義理は果たしているようだ。
古参使用人の解雇。
一週間前に雇われた執事のセバスチャン。
俺にはひとつ思い当たることがあった。
「……教えてくれ。リュミナス侯爵がその方針を打ち出したのは、王都から帰ってきてからか?」
「そう伺っております」
俺は内心でため息をついた。
やはり、か。
王都から帰ってきてから――つまり、俺と出会ってから。
これは俺のための施策なのだ。
優秀な弟アレンジアと比べて愚鈍だった俺は家で笑いものだった。使用人ですら陰で俺の悪口を言っていた。
そう、使用人ですら。
それを知っている父は古参の使用人をクビにしたのだ。
なんのために?
俺のために。
アレンジアが死んだ今、もはや俺はリュミナス家唯一の跡取り。俺の機嫌を損ねれば後がない。
だから父は先手を打ち、俺が不快に思う要素を排除したわけだ。
世界でたったひとりの跡取りと、取り替えがきく古参の使用人。
どちらを選ぶかなど自明。
確かに俺を笑った使用人と会うのは気が重いことだった。俺なりにどうしようかと思っていたが――
まさかクビにしてしまうとは。
その決断の早さは父の意志の固さを表している。
つまり、意地でも俺を呼び戻す、と。
「……あっ、アルベルトさん。大きなお城が見えます!」
ローラの声。俺は思考を中断する。
ローラの見ている景色を見て、言った。
「あれか。あれが俺の実家だ」
「実家!? 家!? 城!?」
ローラがすごい形相で振り返り、すっとんきょうな声を上げる。
そう――
馬車の窓からは俺の実家、リュミナス侯爵の『城』が見えていた。
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