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父と子

 王は俺に問うた。

 お前はリュミナスの人間か、と。


 俺は即答できなかった。

 人違いですよ――と、いつかのようなその場しのぎは使えない。ここは公の場で貴人たちの耳目が俺に集中している。王への嘘がバレればただではすまない。それ以前に、王に嘘をつくこと自体が俺には難しかった。子供の頃から忠義ある貴族として厳しく育てられた俺には心理的なためらいがある。

 ならば真実を告げるか。家を追放された俺にそれを言う権利はあるのだろうか。


 しばらく沈黙してから、俺は王にこう告げた。


「……私ではなくリュミナス侯爵にお尋ねになってはいかがでしょうか?」


「……なるほど、それもそうだな」


 深い事情がある――そう察したのだろう、王は詮索せず別室に移動しているリュミナス侯爵を呼びにいかせた。

 間もなく父が来る。

 父と会うのは一〇年ぶり。追放された日以来だ。

 もう二度と会うことはあるまいと思っていたが――それがまさか王の御前で再会するなんて。


 ざわついた気持ちが心の中で膨らむ。

 一秒一秒が無限のように感じられた。


 やがて――

 がちゃりとドアが開いた。ひざまづいたままの俺はそれが誰か確認できない。

 だが、声は聞こえる。


「王よ、なに用でしょうか?」


 間違いなくそれは父の声だった。


「すまんな、リュミナス侯爵よ、急に呼び出して。実はそこにいる男――侯爵の知っている人間か?」


 次に王は俺に言葉を向けた。


「立ってよいぞ、アルベルト」


 同時、俺は立ち上がる。

 そして、見た。


 俺は父を。

 父は俺を。


 一〇年ぶりに見た父の顔は年以上に老いていた。身体は痩せ、目の光は弱くなっていた。おそらくはアレンジアを失ったせいだろう。その悲しい事実が父から強さを奪ったのだ。

 父の両目が驚きで見開かれる。

 一〇秒ほどそうしていただろうか。

 やがて――


「アル、ベルト……お前、なぜ……」


「そうか。リュミナス侯爵も知っているのか。ならば再び問おう。アルベルトよ、お前はリュミナスの人間か?」


「……はい、その通りです。私の名前はアルベルト・リュミナス。侯爵の息子でございます」


 王はうなずき、父に話しかけた。


「リュミナス侯爵よ、アルベルトはこの戦いに参加していたのだ」


「……ま、まことですか!?」


「うむ。そして所属していた部隊が大きな戦果を挙げて、その功労者として勲章を受け取ったのだよ」


 父の目は俺の胸に輝く勲章を見て戸惑いに揺れた。

 その口からすぐ声は出てこなかった。

 言葉を探すように口が何度も開いて閉じて――俺から少しだけ目をそらして絞り出すように言った。


「……よくやった、アルベルト……」


 父の言葉はそれだけだった。

 淡泊とは思わない。

 むしろ当然だろう。

 父も知っているのだ。一〇年の断絶――その深さを。そこにわだかまる負の感情を。

 俺は俺でどう答えるべきか即座に決められなかった。


 ――黙れ! 俺を一〇年前に捨てたくせに!


 そんな言葉を吐きつけるのは簡単だ。おそらく、それを言う権利くらいはあるだろう。

 王もいる。名門貴族たちもいる。くだらない家族間のいさかい――そんなものをここで言い争えばリュミナス侯爵家の威信は失墜する。

 復讐をするには絶好の機会だろう。


 だが、俺にはできなかった。


 父は俺に見切りをつけたが、本当の意味では見捨てていなかった。俺に家を与えて一定の仕送りを続けてくれた。父の庇護ひごがなければ俺はとうの昔に死んでいただろう。

 父には恩があるのだ。

 いや、その恩がなくても俺にはできなかっただろう。

 最愛の――豊かな才能を持つ息子アレンジアを失い、意気消沈している父親に向かって、そんな残酷な言葉を吐きつけることなど俺にはできない。


 俺はただ一言こう言った。


「……ありがとう、ございます……」


 それだけを。

 その言葉を吐き出すだけに、俺はずしりとした疲れを感じた。

 おそらくそれは父も同じなのだろう。俺たちは精も根も尽き果てた様子でお互いを見た。

 静寂が謁見の間を支配した。どれくらいそうだっただろうか。父が重い空気を押しのけるように口を開いた。


「……また後で連絡する……お前の話を聞かせてくれ……」


 それから王に向かい、


「申し訳ありません。今日は疲れましたので家に戻ります」


「うむ。わかった。すまぬな、急に呼び出して」


 リュミナス侯爵は一礼すると謁見の間から出ていった。その後ろ姿を見届けてから王は俺たちに声を掛けた。


「お前たちも下がってよいぞ。大儀であった。これからも国のために尽くしてくれ、リヒルト・シュトラム、アルベルト――リュミナス」


「はい」


 俺たちは王の前から下がった。

 赤い絨毯を帰っていくとき、居並ぶ貴族たちの無遠慮な視線を俺は感じた。じろじろと俺を見ている。あいつは何者なのか――敵なのか味方なのか――御すべきか潰すべきか――


「まさか、リュミナスにまだ跡取りがいたとは……」


「あの様子、何か裏があるな……」


「……何者か早急に調べるか……」


 貴族たちのぼそぼそとした声が聞こえてくる。彼らが俺のことを忘れることはないだろう。

 ただのアルベルトでいたかったのだが。

 もう彼らにとって俺はアルベルト・リュミナスなのだろう。

 俺は小さくため息をつく。

 どうやら動きだしたものは元には戻らないらしい――


次の話で3章終了です。


父親との話は今回決着しませんでしたが、次章に入ってから話をします。特に引っ張るつもりはありません。


日間のジャンル別(HF)1位と、総合2位になりました! 


こちらもむっちゃスクショ撮りました! 感謝です!


面白いよ!

続きが読みたいよ!

頑張れよ!


という方は画面下部にある「☆☆☆☆☆」から評価していただけると嬉しいです!


応援ありがとうございます!


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shoei
― 新着の感想 ―
[良い点] 父と子の関係が良かったです。 アルベルトは父に対して怒りを持っていたが、自分は確かに父から家を与えられ、仕送りをしていたのは事実でしたから。 一方の父親もアルベルトを追放したとはいえ、…
[一言] 確かに仕送りされていたけど親の義務とも言えるし、追放されていたのでそれでチャラではないかと個人的には思います。「勘当されたので、侯爵家とはもう無関係です」くらいは言ってもバチは当たらないと思…
[一言] ここまで読んだ感じとても面白かったです。 ただざまあをするのに弟を死なせてしまうとなんか物足りないですね…生き残ってて生き恥を晒す方がざまあな気がしました。 あと個人的には折角王の目の前で父…
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