終戦
「マジックアロー、マジックアロー、マジックア――」
「アルベルトさん、もう充分です!」
ローラに身体を揺すられ、俺は我に返った。俺自身、俺が俺ではないようだった。ただひたすらマジックアローを打ち出す砲台――そんな感じになっていた。
「あ、ああ……俺はどれくらい撃っていたんだ?」
「一時間くらいです」
「そうか……」
俺が今までマジックアローを打ち続けていた場所――垂直に切り立った岩壁には巨大な横穴が穿たれていた。俺のマジックアローが削り取ったのだろう。
……ゴブリンの洞窟に撃ったときは反射させていたが、そうするかどうかは選べるのだ。
「紋章師は……?」
そこにあるのは穴だけ。紋章師の死体はどこにもなかった。
ローラも困ったように首を傾げる。
「死んでるだろう……常識的に考えて」
代わりに答えたのはフィルブスだ。
「紋章師の99%防御が勝ったのならそこにいる。いないってことは死んだのさ。あの火力だ。死体すら残らなくてもおかしくはない」
「そうですか」
「周りのリザードマンたちもどこかに行ったよ。おそらくは主の死を感じ取って撤収したんだろうな」
「……いやあ……さすが、アルベルトさんですね……」
部下に肩を貸されたリヒルトが声を掛けてきた。
「マジで紋章師までやってしまうなんて」
「身体は大丈夫か?」
「頑丈なのが取り柄なんですよ」
にやり、とリヒルトは笑ったが、やや無理のある顔だった。
フィルブスが口を開く。
「ま、戦いは終わった。お互いの大将が死んだからにはな――ゆっくり休め、リヒルト」
それからフィルブスは俺に向かって言った。
「……あれはお前が持って帰るか?」
あれ――紋章師が持ってきた折れた剣。
おそらくはアレンジアの持っていた剣。
「……はい」
俺はそう言うと、地面に落ちている剣を拾い上げた。そこに刻まれている紋章は間違いなくリュミナス家のもの。
俺の胸にさまざまな感情が渦巻いた。
それはとても一言では表現できないほど複雑で大きなもので――俺は目を閉ざした。
そして、ゆっくりと深く呼吸する。息をはくたび、苦労してそれを心の中に収めていく。
そして、最後にふうと息を吐き――
すべてを収めきった。
振り返る。
俺を心配げに見ていたローラと目が会う。俺はローラにほほ笑みを向けて言った。
「帰ろう」
「はい!」
こうして、グリージア湖沼における戦いは終わったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それからしばらくして――
王城の謁見の間にて表彰式がおこなわれた。
「我々は勝利した! アレンジア・リュミナスの勇敢なる指揮と行動によって、グリージア湖沼におけるリザードマンの蠢動は完全に断たれた! だが、その結果として将来を期待された若き指揮官アレンジアは命を落とすことになった! 我々は彼の犠牲に対して哀悼の意を表し、せめてもの鎮魂として栄誉を贈りたい!」
玉座に座る初老の男――王の横で高官が紙を読み上げている。
謁見の間にはずらりと国の名士たちが並んでいた。俺とリヒルトは列の末席に並んで話を聞いていた。
「リュミナス侯爵、前へ!」
高官の言葉とともに、列から中年の男性が前に出る。
父親だった。
俺たちの位置からは背中しか見えないが――心なしかその後ろ姿は小さく見えた。
父が王の前にひざまづく。王が口を開いた。
「まこと残念であったな、リュミナス侯爵よ」
「……国の勝利に貢献できたのです。確かに残念ではありますが、私は誇りに思っております」
「私はアレンジアに国の一翼を担ってもらおうと考えていた。大きな才能をここで失ってしまい、とても悲しく思っている」
「ありがたいお言葉です。……息子も喜んでいることでしょう」
「リュミナス侯爵よ。戦の結果は総指揮官に帰する。よって今回の勝利の栄誉はアレンジア・リュミナスにある。彼に代わり受け取ってもらえないか」
「アレンジアに代わり、ありがたく頂戴いたします」
高官が授与するものを順に読み上げていく。
それをリュミナス侯爵は無言のままひとつひとつにうなずいた。
読み終わった後、王は玉座から立ち上がり、ひざまづくリュミナス侯爵の肩に手を置いた。
「リュミナス侯爵よ。少し寂しくなったが――引退にはまだ早い。これからも私を支えてくれよ」
「もちろんでございます、王よ」
一礼すると体調不良を理由に父は謁見の間から出ていった。
場がおさまるのを待ってから、高官が再び声を張り上げる。
「続いて、この戦いにおける第一戦功を表彰する!」
そして、呼ばれたのが――
「リヒルト・シュトラム男爵、隊員アルベルト! 前へ!」
リヒルトがぎぎぎと首を俺に向けて、ぎこちない笑みを浮かべた。
「いいいよ、いいいよいよですね、アアアルベルトさん! き緊張しないで、しないでくださいよ! あは、あはは! 笑顔笑顔!」
「……少なくともお前よりは緊張していないよ……ほら、行け」
俺がぽんと押すとリヒルトはがちがちに固まった動きで真っ赤な絨毯を歩いていく。俺はその背中をゆっくりと追った。
この戦いの第一戦功にはリヒルトが選ばれた。
別働隊として第一戦、第二戦で奮闘、第三戦では大量のリザードマンを倒し、第四戦では紋章師を撃破、総指揮官アレンジアの死を伝える働きが評価された。
確かに充分な戦果だ。
だが――何事にも裏はある。
この式がおこなわれる前にリヒルトが俺に言った。
「貴族仲間から聞いた話ですけど、男爵の俺が選ばれたのは消去法らしいですよ」
「消去法?」
「だってほら、男爵が第一戦功なんて普通は選ばれませんよね?」
「……確かにそうだな……」
それは貴族の常識だった。
栄光ある戦功の授与には『家柄』も加味されるのだ。
「でも今回だけは特別らしくて。王国の要人で活躍した人物がいなくて誰かを選ぶと角が立つ状態なんですよ。で、主流から離れていて誰の恨みも買わない俺が選ばれたそうです――あと、爵位が低いから報償も少なくてすみますし」
「……なんだか嫌な気分になるな……」
「いえいえ! 充分ですよ! チャンスはチャンスですから! 俺が認められたってことには変わりない! 潮目が変わればと思いますよ。なんてったって末は公爵ですからね、俺!」
そう笑ってから、リヒルトは頭を下げて俺に言った。
「でも、ホントすいません。隊長ってだけで俺が評価されちゃって。ほとんどアルベルトさんの手柄だってのに」
俺は首を振った。
「気にするな。チームの戦果だ。隊長のお前がもらえばいい」
「リュミナスの名前を出せば隊長とか関係なくアルベルトさんが評価されるのでは? そうしませんか?」
「出さないでくれと頼んだのは俺だ」
俺は自分の出自を伏せるようリヒルトに頼んでいた。当然だ。俺はリュミナスの家を追い出された人間なのだから。
ただのアルベルト。
それだけでいい。
この式にも出たくはなかったが、隊長のリヒルトが功労者として俺を強く推薦したため、勲章の授与が決まり出席を余儀なくされた。
出たくなかった理由は周りに貴族がいるからだ。
赤い絨毯を歩く俺たちをじっと貴族たちが見ている。
「……誰だ、あの男。平民か?」
「平民のわりには歩き方がしっかりしているな……」
そんなささやき声がした。
貴族たちは宮廷の情報にめざとい。俺に興味を持つ誰かがいるかもしれない。昔の俺を覚えている誰かがいるかもしれない。
つまり俺の正体に気づく可能性が高い。
できれば関わりを持ちたくないのだが……。俺は祈るような気持ちで絨毯を見ながら歩く。
俺とリヒルトは王の前にひざまづいた。
高官が声を上げる。
「リヒルト・シュトラム男爵! 今回の働きを評価し、王の直轄領であるガーブルス地帯を領土として貸与する。それにともない男爵から子爵に昇爵とする!」
「ありがとうございます!」
リヒルトの声は本当に嬉しそうだった。
領地なしの男爵から領地ありの子爵――大出世だ。頑張っていて性格もいいリヒルトが評価されて俺も嬉しかった。
「続いて隊員アルベルト! その戦果に対し勲章を授与する!」
「ありがとうございます」
そう答えた俺の胸に、やってきた女官が勲章をつけてくれた。
さて、あとは列に戻って気配を消しておけばいい。人の噂も七五日。いずれは俺のことなんてみんな忘れるだろう。
そう思っていたのだが――
王が言った。
「……アルベルトよ。顔を見せてくれぬか?」
俺の顔?
意図がよくわからなかったが、王の命令だ。逆らえるはずもなく俺は王へと顔を向ける。
王は俺をじっと見、ぽつりとつぶやいた。
「……やはり似ているな……」
その瞬間、俺は背中にひやりとしたものを感じた。
そして、思い出した。
アレンジアが王の寵愛を受けていたという事実を。
それだけ王はアレンジアと時間を過ごし、彼のことを気にかけていたのだ。
であれば――
王が口を開く。
「アルベルトよ。勘違いであれば申し訳ないのだが――お前はリュミナス侯爵家と縁のある人間か?」
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