俺のマジックアローの残弾数は――
「リュミナス……?」
「え……兄? 弟?」
リヒルト隊の面々が俺の言葉に驚きの言葉をもらす。彼らに丁寧に説明している暇はなかった。
まだ終わっていないからだ。
いつもなら一撃ですべてを仕留めるはずの俺のマジックアロー。それを喰らっても紋章師は数歩よろめいただけだった。
「……とととと……」
紋章師が体勢を整える。
「ほー、確かに半端じゃねえな、この威力は――」
マジックアローが直撃した胸元を撫でながら紋章師が喋る。その表情には余裕があった。
「やるじゃん、お前?」
「バカな、アルベルトのマジックアローを喰らっても平然としているだと……?」
フィルブスに向かって、紋章師がにやりと笑う。
「あー、悪いけど、お前らじゃ俺には勝てない――なぜなら、俺の身体には絶対防御のタトゥーが彫り込まれているからな!」
「絶対……防御……!?」
「そうだ。俺の肉体は物理、魔術を問わず99%のダメージをカットする。つまり俺を倒す方法はないのさ」
直後、紋章師が口笛を鳴らした。
周りにいた四体の超強個体リザードマンが走り出し、俺たちの前から姿を消した。
「あいつらじゃあ、ただの的だ。こちらも無駄に手駒を失いたくはないんでね。席を外してもらったってわけ」
ぱん、と紋章師が両手を鳴らした。
「さあ、始めようか、魔術師! お前の魔力が尽きるまで我慢比べってやつをよ!」
「アルベルト」
フィルブスが俺に声を掛ける。
「安易な挑発に乗るな。お前の魔力が尽きたら最後、俺たちは超強個体の連中に殺される。ここは――」
「マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー」
「ごう!? おう!? あう!? げう!? ぐう!? えう!?」
俺の放ったマジックアローが次々と紋章師に突き刺さる。
ご!
派手に吹っ飛んだ紋章師の背が後ろにあった崖にぶつかる。
「ふー。ま、これでよろける心配はないか」
へらへらとした様子で紋章師が言う。
「はー、効くには効くなあ……このタトゥーが完成して以来の痛みだが、ははは! 死ぬって感じが全然しないねえ!」
「アルベルト! やめるんだ!」
フィルブスが言う。
だが、俺に従うつもりはなかった。
「大丈夫ですよ。魔力は尽きませんから――」
俺はじっと紋章師を見た。
「99%は通らない。1%は通るということか?」
「それが何だ? 1%でどうするって話だろが!」
「一〇〇が一になるのなら――一を一〇〇積み重ねれば一〇〇になる。俺でもわかる理屈だが?」
その顔に一瞬だけ、紋章師の顔が引きつる。だが、すぐに余裕を取り戻して叫んだ。
「そんなクソ理屈がどうした!? その前にお前の魔力が尽きて終わりなんだよ!」
「知らないのか? マジックアローは初級魔術だ」
「……あん?」
戸惑いを浮かべる紋章師に俺は言い放った。
「つまり、消費魔力は低いんだよ」
そして、もともと低かった消費魔力は魔術書を読む日々を積み重ねることでさらに低減した。
俺は魔術を放った。
「マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー」
「ぐぅお!?」
紋章師の身体がくの字に折れる。痛みをこらえた顔で俺に向かって怒鳴り声を放った。
「だから何だ! 限界はあるだろうが! てめえは何発のマジックアローが撃てるって言うんだ!?」
「八時間だ」
「……は?」
紋章師だけではない。全員がぽかんとした顔をした。
……ああ、説明が必要か。
「俺も同じ疑問を持ってね。前に実験してみた。空に向かってずっとマジックアローを打ち続けたんだ。休みなく途切れなく。さすがに一〇〇〇を越えたら面倒になってね――何発撃ったかなんて数えるのもやめたよ。飽きてやめたのが八時間後だ」
「せ、一〇〇〇? ……飽きて、やめた? ……八時間……?」
紋章師が唖然とした顔で繰り返す。
俺は淡々とした口調で続けた。
「だから俺にも限界はよくわからない。少なくとも八時間は打ち続けられる。数で言うなら一万発くらいはいけるんじゃないか」
「は、ははは……う、嘘だろ……はったりだ! 違いない!」
「……試してみるといい。なんなら一六時間でも付き合おう」
俺は紋章師にすっと右手を向けた。
「さあ、続きを始めようか」
「ひ、ひ、ひいいいいい!」
横へと逃げ出そうとする紋章師。
俺は容赦なく引き金となる言葉を口にした。
「マジックアロー」
「げう!?」
俺が射出した白い矢が紋章師の身体を容赦なく崖へと叩きつけた。
「マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー――」
俺の手から放たれる、無限にも等しい白い矢の嵐が紋章師の身体に次々と炸裂した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うぐうおおおおおおあああああああああああああ!?」
紋章師の身体にマジックアローが途切れなく飛来する。
それはただの暴力だった。
おそらくは巨大な滝の真下に立てばこんな感じだろうか。ただただ身体を覆い尽くす圧倒的な『圧力』。抗う気力すら根こそぎ奪うほどの力が紋章師を押し潰す。
紋章師の絶対防御のタトゥーはよく機能した。
彼が誇るとおり99%のダメージをカットした。
だが、それは彼にとって不幸だった。
1%程度のダメージでは即死できないし、意識を失うほどの威力もない。
それなりの痛みが途切れなく終わりなく続く地獄。
白い矢が少しずつ彼の肉体を削り取っていく現実。
紋章師は指先一本動かせない状態でそんな恐怖に打ちのめされた。
(逃げたい! 逃げたい! 逃げたい! 逃げたい!)
激痛に悶え苦しみながら、紋章師は必死に考えた。
ここからどうすれば抜け出すことができるのか?
解などない。
アルベルトの放つ連続マジックアローは文字通り『終わりもなければ』『逃げ出す隙間も与えない』。
紋章師に許されたことはこの場で死ぬことだけ。
だから、紋章師は願った。
(いっそ殺してくれ!)
しかし、絶対防御のタトゥーがそれを許さない。
少しずつ、少しずつ――
薄皮を剥ぐように紋章師の身体が削られていく。いつかはゼロになるだろう。それが紋章師の最期。
で、それはいつ?
この激痛はどこまで続く?
彼にはそんな死に方しか残されていなかった。
紋章師の心を絶望が支配する。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
身体中を灼く激痛に絶叫をほとばしらせながら――
無限に降り注ぐマジックアローによって紋章師の身体はゆっくりと粉々にすりつぶされていった。
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