出撃、英雄アルベルト・リュミナス
俺たちの前に敵のボス――超強個体のリザードマンたちを従えた紋章師がいきなり姿を現した。
「で、凄腕の魔術師ってのはどいつだ?」
凄腕の魔術師――
どうやら紋章師は探している人物がいるらしい。
困惑した全員の視線が集まる。
……俺に答えて欲しいらしい。
このチームで凄腕の魔術師となるとひとりしかいない。
鋭い洞察力と判断力を有し、破壊力の高いファイアボールを軽々と操る学院の教師。
「それは、そこのフィルブスだろう」
「え! 俺!?」
フィルブスが身体をびくりと振るわせて俺を見た。
周りも、え、という声を漏らしている。
……ふむ。謙虚なのか鈍感なのかよくわからないが、過ぎると嫌みに聞こえる――フィルブスの言葉がよく理解できるな。
「このなかの魔術師で格が高いのはあなただ、フィルブス。一生徒として学院の教師であるあなたの技量の高さはいつも尊敬している」
「おおお、おう……あ、あり、ありがとう……」
露骨に目を泳がせながらフィルブスが言った。
紋章師がぺろりと唇を舐める。
「そうかァ、お前かァ……」
「ど、どどど、どうだろう……ま、まあ、そそ、それなりに腕のある魔術師だとは、だとは思うが――」
フィルブスが激しく動揺しながら何度も俺に目配せしてくる。
ここは俺に任せて先に行け、という意味だろうか。
さすがはフィルブス、いつもは軽薄だが教師としての責任感は人一倍だ。
フィルブス、あなたのメッセージは確かに受け取った。
「はっはっはっは! いいぜ! そいつ以外の命は助けてやる! こいつを持って陣地に帰りな!」
そう言って、紋章師が俺たち側に投げ捨てたのは一本の剣だった。
剣――半ばから折れた剣。
俺はそれを見た瞬間、思わず息を呑んだ。
その剣の鍔には二つの紋章が彫り込まれていた。
俺の実家リュミナス家と王家の家紋が。
これは王より下賜されたものだろう。そんなものが持てる人間は数少ない。よほど王の信頼を勝ち得た――
なぜそれをリザードマンの首領が持っている?
それが意味することは……?
俺の喉を見えない手が締め上げた。息が苦しい。それでも俺は言葉を吐かずにはいられなかった。
「……それは――誰のものだ?」
「お前たちの大将の……あー、なんていったっけ? アレンジアなんたらって名乗っていたかな?」
瞬間、俺たちの空気がぴしりとひび割れる。
最初に口を開いたのはリヒルトだった。
「……な、何を言っている! 貴様、虚言を! なぜ総指揮官どのの剣を敵のお前が持っている!?」
「は? 俺がぶっ殺したからだが?」
その言葉は暴風となって俺たちを呑み込んだ。
アレンジアが、死んだ?
俺たちの反応が面白いのか紋章師が笑いながら話を続ける。
「大将みずから集落にやってきて俺の首を取ろう――なんて作戦だったみたいだぜ? 大貴族にふさわしい夢見がちなバカだ! 願望と作戦の区別もつかないとはな!」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」
リヒルトが叫ぶ。
「これは俺たちを動揺させようとする作戦だ! 聞く耳をもってはいけない!」
リヒルトの言葉で少しだけ周囲が落ち着きを取り戻す。
だが、俺だけは違った。
俺の頭にじくじくと居心地の悪い思考が広がっていく。
あの剣は間違いなくアレンジアのものだろう。
アレンジアは自分の優秀さを信じるあまり――そういう冒険的な作戦を立ててしまう性格なのだ。
俺の背に冷えたものが広がっていく。
俺だけは紋章師の言葉が真実だとわかっていた。
本当に、アレンジアは、死んだのだ――
紋章師が肩をすくめた。
「信じる信じないはどうでもいいさ。陣地のお偉いさんにその剣を見せりゃ誰かが気づくだろ。お前らの負けだ。さっさと軍を退け」
「そんな陽動に引っかかるつもりはない!」
言い切るリヒルトを、
「……お前、うるさいな」
紋章師がにらみつけた。
「黙って帰るなら見逃してやろうと思ったんだが……ああ、潰走って形じゃないと味方の魔術師を見捨てにくいか? わかったよ、ひとり殺しておくか」
ぴっと紋章師がリヒルトを指さした。
「やれ」
直後、紋章師のかたわらにいた一体の超強個体リザードマンが矢のような速度でリヒルトに襲いかかった。
「ぐあ!」
次の瞬間、リヒルトの身体は後方へと吹き飛んだ。死んでいてもおかしくないほどの一撃だったが――
「ぐっ、が、は!」
リヒルトが地面でもがいている。リヒルトの反応がぎりぎりで間に合い、剣を盾にできたからだ。……受けた剣は木っ端みじんに砕け散っているが……。
「しぶといな! おら、とどめだ!」
紋章師の指示。リザードマンが動こうとした刹那――
「マジックアロー」
轟音とともに超強個体リザードマンが弾け飛んだ。
今までと何も変わらない。俺の一撃でリザードマンは死んだ。
「――な、なんだ!?」
初めて紋章師が動揺の声を吐き出す。
「悪いが……話は終わっていない」
俺はじっと紋章師の顔を見た。
状況を理解した紋章師の顔に喜色が浮かぶ。
「……お前か!? お前が、白い矢の魔術師か!?」
白い矢?
マジックアローは確かに白い矢だが。どうやら紋章師は『凄腕の魔術師』の他にも魔術師を探していたようだ。
「……ああ、そうだ」
「何だよ、お前かよ」
嬉しそうな声で紋章師が言う。話に付き合うつもりのない俺は話題を強引に変えた。
「ひとつ訊く。なぜ剣なんだ? 首を持ってきたほうが早いだろ?」
それこそが絶対の証拠。相手の説得も簡単だ。それができないのには理由があるはず。まだアレンジアが生きている可能性も――
「悪いなあ……ないんだわ」
へらっと紋章師が笑った。
「調子に乗ったリザードマンがあいつの頭を踏みつぶしてしまってよ。おまけに、みんなでよってたかって切り刻んだから、誰の死体かすらもわからねー状態だ」
そこで気がついたかのように紋章師が付け加えた。
「いや、もう死体も残ってないか。リザードマンは雑食だ。うまいものばかり食ってる貴族の死体はごちそうだ。みんなでいただきまーすってな。今ごろはリザードマンのクソになっているよ!」
紋章師がげらげらと笑いながら続ける。
「いい最期だな! ええ? 俺は大貴族だ! こんなところで死ぬ人間じゃあない! なんて殺されるまで叫んでいたお偉いさんが顔面を踏みつぶされて今ではリザードマンのクソだ! たいした出世だ! 人生っていいものだね!」
おかしくてたまらない――紋章師の哄笑が響き渡った。
俺はそれを無の感情で聞いていた。
俺は俺の心を理解できないでいた。
普通は怒るべきなのだろう。
肉親を、弟を殺されたのだから。
だが、それをするには俺と弟の間にはあまりにも冷たい出来事が積み上がりすぎていた。
一〇年前、逃げ帰った俺を見下ろした冷たい瞳。口元に浮かんでいた冷笑。
――はじめまして、アルベルト。
一〇年ぶりの再会で言い放った冷酷さ。
そんな弟の失敗、無残な死。
俺の奥底から暗い愉悦がむくむくとわき上がる。それに心をゆだねればきっと心地よいだろう。
俺の心が――
薄ら笑いを浮かべ――
「……アルベルトさん」
そのとき、俺の右腕に誰かが触れた。
ローラだった。
ローラはじっと心配げに俺を見ていた。ローラは俺がアレンジアの兄だと知っている。
心配してくれているのだ。
俺の心を。
ローラの瞳はとても真摯だった。それは肉親の死を悼んでくれる人間の目だった。
ああ、そうか。
俺の心にローラのまっすぐな言葉が響く。
――わたしは誰よりもそんなアルベルトさんを英雄だと信じます!
そして、俺は応えたではないか。
俺を英雄と信じてくれるローラのために――
英雄となると。
俺の心に染み込んでいた暗い喜びが消えていく。英雄はこんな心を持つべきではない。ローラはそれを望まない。
俺はありたい。
ローラに恥じない英雄に。彼女の信頼にふさわしい英雄に。
だから――
俺は怒ろう。
それが正しい感情なのかよくわからない。他人から見れば理解できるかどうかもわからない。
俺も自信はない。
だけど、俺は怒れる人間でありたいと思った。肉親を殺され、その死を侮辱された事実に――たとえ、そこにどんなに冷たい過去があっても――怒りを持てる人間でありたかった。
少なくとも――
――兄さん、すごいね。僕も兄さんのようになりたいな。
本当の本当に昔だけども。
俺たち兄弟には仲のいい時間もあったのだから。
それは嘘ではないから。
それを怨念で汚したくないから。
だから、俺は怒ることにするよ。
「ありがとう、ローラ」
俺はローラの手をぽんと叩いて離し、右手を紋章師に向けた。
お前は嫌な顔をするかもしれないけど――それが俺の、兄としての答えだ、アレンジア。
お前への手向けだ。受け取ってくれ。
「マジックアロー!」
「ぐぅお!?」
俺の放った白い矢が紋章師の胸を直撃した。
そして、俺は声の限りに叫ぶ。
「俺の名前はアルベルト・リュミナス! 弟を殺された兄として! 紋章師、お前を撃滅する!」
次回、Lv999マジックアローvs絶対防御!
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