出撃、紋章師
「終わったか」
言うなり、紋章師はアレンジアの斬撃でぼろぼろになった上着を破り捨てた。無数のタトゥーが刻まれた褐色の肉体があらわになる。
「バカが相手だと助かるな」
くっくっくっくと紋章師は笑う。
今回の作戦はタトゥー入りリザードマンの戦力評価――ならびに王国軍の撃退がゴールだった。
なのに、まさか総大将まで討ち取れてしまうとは!
あの口ぶりからして重要な立場にある人間なのだろう。それが死んだとあれば、それなりの衝撃が王国を襲うに違いない。
(じじいが喜ぶか)
そう思ったが、紋章師はすぐ首をひねった。
「いや――あれだけのバカだ。生きて帰らせて国政につかせたほうが長期的にはよかったか……!」
紋章師は大笑いした。
そのとき、一体のリザードマンが紋章師へと近づき、紋章師に何かを報告する。
紋章師が目を細めた。
「ほう……白い矢の魔術師が見つかったか……」
強個体だけでではなく、紋章師が傑作と評する超強個体すらも一撃で仕留める謎の魔術師――
それは紋章師にとって、一発逆転を夢見て最前線にのこのこ出てきた愚かな総指揮官よりもはるかに警戒に値する存在だ。
紋章師はあごに指をあてて考えた。
やがて、にやりと唇を歪める。
「――よし。俺をそこへ案内しろ」
紋章師は決めた。
その魔術師も撃滅してやろうと。
総指揮官が死んだ以上もう戦いは終わりだ。第五戦はない。そうなると魔術師の所在も追えなくなってしまう。
(この魔術師は野放しにするべきではない)
紋章師はそう判断した。
『尋常ではないほどに強い魔術師』
本当にリザードマンたちが言っているほどに強いのか――紋章師はいまいち信じ切れないが、実際に無視できない被害が出ているのは事実だ。
それに自分であれば倒せる自信もあった。
(くくく……99%カットの絶対防御。お前がどれほどの魔術師であろうと俺の敵じゃあない……)
野放しにして他のザコを倒されるくらいなら、絶対に勝てる自分が動いて叩くべきだろう。
であるなら――今だ。
ぴーっと紋章師が口笛を吹く。
身体中にタトゥーを刻み込まれた大柄なリザードマン五体が姿を現した。
「狩りだ。お前たちもついてこい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うーん、何だか変ですねー」
そうリヒルトが言うと、
「同感だ」
フィルブスがうなずく。
確かに鈍い俺でも気になるほどに変だった。
第四戦――俺たちは何度かリザードマンを打ち倒した。だが、それだけだった。
それ以来、リザードマンたちが近寄ってこなくなった。
遠くからこそこそと俺たちを見ているだけ。
新しいリザードマンに遭遇しても、こそこそしている連中が何かを叫ぶと俺たちを無視してどこかに行く。
結果、俺たちはここしばらくずっと戦場をうろうろしているだけだった。
「警戒されてますね……」
リヒルトがため息をついた。
「そりゃ、まあ、前回やりすぎたからなあ……」
フィルブスがしみじみと言う。
前回――というのは第三戦のことで、俺たちがリヒルト隊に参加した日だ。別働隊としてリザードマンを引っかき回す役割だったためか、次々とリザードマンが現れて、俺は次々とマジックアローを撃った。
そのときの撃退数は――
「二〇〇を越えていましたね。あれ、たったひとつの別働隊が一日で出せる数値じゃないって言われて報告を却下されたんですよ。味方ですら信じてくれない数値ですからね……」
リヒルトが盛大にため息をついた。
「俺も自分の目で見ていなければ嘘だと思うぞ……そんな被害を受けていたら敵も警戒するよな……」
フィルブスがうんうんとうなずく。
「すいません、アルベルトさん。あんなに頑張ってもらったのに本部に認めてもらえなくて……」
「え、俺?」
「はい。だって、98%くらいアルベルトさんが倒しましたよね?」
「ああ……確かに最後にとどめを刺したのは俺のマジックアローだが、リヒルトたちが周囲を警戒してリザードマンの場所を報告してくれたのも大きいと思う。俺はチームの数値だと思っているが」
「いやいやいやいやいやいや」
リヒルトが手を振る。
「もうね、そんな気遣いいりませんから。まじで自分たち何にもしていませんから」
そんなことはないと思うのだが……。
困った俺はフィルブスを見た。
「チームの手柄ですよね、先生?」
「いやいやいやいやいやいや」
フィルブスが手を振る。
「アルベルト、謙虚なのか鈍感なのかよくわからないが、過ぎると嫌みに聞こえるぞ」
「そんなつもりはないんですけど……」
困った俺はローラを見た。
「ローラ、みんなで頑張った結果だよな?」
ローラは少し考えてからこう言ってくれた。
「わたしは! アルベルトさんは本当にすごいと思います!」
はぐらかされたような気がしてならない。
俺の少し強いくらいのマジックアローだけでどうこうできる戦況ではないと思うのだが。みんな俺を過大評価しすぎではないだろうか。
俺はチームの成績だと思っておこう。
そんな会話をしていると――
遠方からリザードマンの声が聞こえた気がした。
何だ? と思うよりも早く反応があった。
「ゲイッゲイッゲイッゲイッゲイッゲイッゲイッ!」
「ゲイッゲイッゲイッゲイッゲイッゲイッゲイッ!」
「ゲイッゲイッゲイッゲイッゲイッゲイッゲイッ!」
いきなり周囲にいるリザードマンたちが喉を鳴らして変な声を出し始めた。
「な、なんだ――!?」
リヒルトが剣を引き抜いて周囲を警戒する。
リザードマンたちの声はしばらくして止まった。緊迫した沈黙が俺たちを包む。
やがて――
唐突にその声は頭上から落ちてきた。
「よー……お前らか? 凄腕の魔術師がいる連中ってのは?」
俺たちの右横には一〇メートルほどの切り立った崖がある。声はそこから聞こえた。
俺たちが返事をするよりも早く、大きな五つの影が重い音を立てて着地する。
五体のリザードマンたちだった。
その体躯は今まで出会った連中のどれよりも立派で、大量のタトゥーが彫り込まれていた。
それに続いて――
男が降りてきた。すとり、と軽い音を立てて着地する。
「人間――」
俺は思わず口にした。
そう、その男はリザードマンではなく人間だった。ターバンとズボンをまとい、むき出しの上半身にはおびただしい数のタトゥーが刻まれている。
リザードマンと一緒にいる、大量のタトゥーを刻んだ人間。
それが意味することは――
「お前が『紋章師』だな?」
いつになく固い声でフィルブスが言う。
男がにやりと笑って答えた。
「ああ、そうだよ?」
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