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アレンジアvs紋章師

 きん、きん、きん、きん。

 その日も紋章師は黙々とタトゥーを刻み続けていた。


 静寂なる世界でタトゥーと向き合う時間――飽きたなどと悪態をついていたが、紋章師にとってそれは至上の時間だった。

 そのタトゥーを彫る手が止まる。


「……あん?」


 紋章師は怪訝な顔を浮かべた。

 喧噪が聞こえる。何かと何かの戦う音が。

 一体のリザードマンが小屋の中に飛び込んできた。早口で何かをまくし立てる。


『敵、来た! 村、襲われてる!』


 紋章師はリザードマンの話す言葉がわかる。


「ほー」


 紋章師は状況のすべてを把握した。


(なるほど。俺の首が欲しいのか)


 完全勝利が不可能な以上、せめて敵将の首だけでも。相手の大将の祈るような気持ちが伝わってくるようだ。


(……そんな奇跡を祈っている時点で勝ち目はないんだけどな)


 紋章師は内心でせせら笑った。


『逃げろ。意外と強い。ここ危ない』


 リザードマンの言葉に――

 しかし、紋章師はあごの指をあててこうつぶやいた。


「それもいいが……さて、どうしたものかな」


 ふふふ、と紋章師の口元が笑みを浮かべた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「目標は紋章師の首ただひとつ! ひるむな!」


 アレンジアたちは怒濤の勢いでリザードマンの集落へと攻め込む。

 アレンジアたちの動きに気がついたリザードマンたちが進行を食い止めようと前に立ちはだかる。


「邪魔をするなァッ!」


 一喝ともにアレンジアの剣がリザードマンを両断した。

 タトゥーの量からしていわゆる強個体なのだろうが、その程度ならばアレンジアの敵にすらならない。


 アレンジア自らが最前線に立つ理由。

 それは精鋭兵の士気を高めるためもあるが――

 己自身が最高戦力だからだ。


 アレンジアは剣の腕前も王国でトップランク。上級騎士であってもアレンジアには容易に勝てない。


「おおお! さすがアレンジアさま! トカゲなど相手にならぬ!」


 そんなアレンジアの雄姿を見て、精鋭兵の士気が一段とあがる。

 勢いに乗る精鋭兵たちも次々と強個体のトカゲを撃破していた。

 アレンジアは叫ぶ。


「急げ急げ急げ! 紋章師に逃げられないように早く確保しろ!」


 それだけが気がかりだった。リザードマンの集落は広い。騒ぎに気づかれて逃げられてしまっては元も子もない。

 そのときだった。


「誰が逃げるのかな?」


 そんな声がした。

 精鋭兵の誰とも違う声が。

 アレンジアが振り向くと、そこには複数のリザードマンを引き連れた浅黒い肌の男が立っていた。ゆったりとした服をまとい、頭にはターバンを巻いている。

 その顔や腕のあちこちには奇抜なタトゥーが彫り込まれている。

 正体を聞くまでもなかった。


「紋章師!」


 アレンジアは叫ぶ。


(やはり俺はついている!)


 笑いが止まらない気分だった。逃げるどころか、声までかけてのこのこ登場してくれるとは!

 その傲岸さ、あの世で後悔するがいい!

 アレンジアは剣の切っ先を紋章師へと向けて叫んだ。


「我が名はアレンジア・リュミナス! 今回の攻撃部隊の総指揮官である! 紋章師、お前の命もここまでだ! この王より賜った剣でお前の首を刎ねてくれよう!」


 紋章師が口笛を吹いた。


「ほ~! お前が! 大敗のぼんくら指揮官に最前線行きの貧乏くじを引かされた連中を笑ってやるつもりで見にきたら! まさかご本人の登場とはな!」


 紋章師が大笑いしてから続ける。


「やけっぱちの玉砕覚悟か? 死に場所でも求めているのか? 無謀な作戦に夢を見てどうする!?」


 紋章師の煽り。

 しかし、アレンジアの心はぴくりとも波打たない。

 図星でも、痛いところも突かれていないから。

 アレンジアは知っている。

 己の未来には勝利しかないことを。

 的が外れた嘲笑などアレンジアは意に介さない。しょせんは凡人が凡人の価値観でアレンジアを計っているだけだ。

 淡々とした声でアレンジアが答えた。


「悪いが、玉砕するつもりはない。勝算のない作戦を立てたつもりもない。お前の首をとって凱旋する。それは決まった未来だ」


「面白い」


 言うなり、すらりと紋章師が腰の湾曲した剣――シミターを引き抜いた。


「わざわざ総大将が出てきてくれたのだ。こちらも敬意を持って相手をしよう。一対一で決着をつけるのはどうかな?」


「――!?」


 さすがのアレンジアも動揺した。まさかそんな申し出が出てくるとは思わなかったからだ。紋章師さえ討てば勝利するアレンジアにとっては願ってもない条件。

 それゆえに、危険だ。

 何か罠があるのではないか――


「罠があるのかな? って顔だな」


 くっくっくっくと紋章師が笑う。


「そりゃ正常な判断だ。だが、安心しな。そんなケチなことはしない。こいつらにも手は出させないさ」


 紋章師が周りのリザードマンたちに何かを言った。

 アレンジアはリザードマンの言葉がわからないが、それを聞いたリザードマンたちの動揺した態度からして「手を出すな」という内容なのだろう。

 紋章師がアレンジアを見た。


「さて、どうする? 別に俺としては全員入り乱れての大乱闘でも構わないが……総指揮官どのは剣の腕に自信がないのかな?」


「ぬかせ」


 アレンジアは腹をくくった。

 そもそも選択肢など最初からないのだ。乱闘に移行すれば紋章師に逃げられる可能性は高くなる。

 今ここでアレンジアが紋章師を討つ以外に勝利はない。


「いいだろう、受けてやる。だが、途中からの中止は認めない」


「もちろんだ」


 せせら笑う紋章師へ、アレンジアが一足で斬りかかった。

 きぃん!

 鋭い金属音が響き渡る。アレンジアの攻撃に押された紋章師が後ろへとよろめいた。


「……とと、と……!」


 アレンジアは攻勢を緩めない。素早い斬撃で紋章師に襲いかかる。


(こいつは俺を侮った!)


 アレンジアの剣の腕を低く見積もったのだろう。ただの指揮官で戦闘経験が乏しいと踏んだのだろう。

 だが、それは大きな誤りだった。


(ふふふ……むしろ憐れになるほどの実力差だ!)


 アレンジアは紋章師を圧倒していた。紋章師の剣の腕はそれなりだ。王国の新米騎士くらいだろうか。つまり、アレンジアの足下に及ばないということだ。


「くっ……!」


 さっきまでの余裕はどこへ行ったのか、必死にアレンジアの剣をさばく紋章師、すでに防戦一方だ。


「甘い!」


 アレンジアの切り上げが紋章師の身体をとらえた。左の腰から右肩へと駆け抜ける一撃。

 これは勝負を決める一撃とアレンジアは思ったが――


「危ない危ない。あと一歩踏み込んでいたら死んでいたな」


 後ろへとよろめきながら紋章師が笑う。

 確かにとらえたはずの一撃は、紋章師の服を斬っただけだった。べろりとめくれた生地の下に、タトゥーまみれの肉体が見える。

 そこでふとアレンジアは気になった。

 リザードマンはタトゥーの数によって強さが変わる。

 紋章師は身体中にタトゥーを彫っているようだが、その強さはどこにあるのだろうか。今のところ、普通の人間と同じだが……。


(……ええい、関係あるか! 首を落とせば関係ない話だ!)


 アレンジアは紋章師の左肩を剣で突いた。


「うぐあっ!?」


 それをかわせず、もろに喰らう紋章師。悲鳴とともに後ろへと倒れて尻餅をつく。

 アレンジアを見上げる紋章師の顔に焦燥が浮かんだ。


「ひ、ひいいい!? ま、待て、待ってくれ! 助けてくれ!」


 泡を吹くような態度でまくし立てる。

 そんなものに同情するようなアレンジアではなかった。


「黙れ! これで終わりだッ!」


 アレンジアは一気に踏み込み、王より賜った宝剣を振るう。

 銀閃が紋章師の首筋へと走った。

 直後――

 弾け飛んだのは、真っ二つにへし折れたアレンジアの剣の切っ先だった。

 くるりくるりと回転し、それは地面にどすりと突き刺さった。


「な――なに……?」


 へし折れた剣を見て呆然とアレンジアはつぶやく。

 信じられない光景だった。確かにアレンジアの剣は紋章師の、むき出しの首筋をとらえたはずなのに――


「くっくっくっくっく……」


 紋章師のくぐもった笑いが静かな集落に響いた。

 首筋を撫でながら、紋章師がアレンジアを見る。


「助けてくれ、か――ふふふふ、はははは! なかなかの名演技だっただろ? 少しは自分の勝利を幻想できたか、お坊ちゃん!?」


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shoei
― 新着の感想 ―
[一言] (๑╹ω╹๑ )ナイス演技ですにゃ。
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