アルベルトの過去――友人ローラ
ローラは小さく息を呑んだが、何も言わなかった。
俺は淡々と話を続けた。
「前にも話したとおり、俺はマジックアローしか使えない。そんな生徒を学院は評価しない。退学が決まる最終試験の直前――怖くなった俺は学院から逃げたんだ」
今でも思い出す。
あの夜の道を。ひとり泣きながら荷物を持って走った暗く沈んだ王都の夜を。
胸に苦い感情が蘇った。
「逃げ帰った俺を父は許さなかった。言っていなかったが、俺の実家は貴族でね――侯爵家なんだ」
さすがにそれは初めての情報だったせいか、ローラの目が大きく見開かれる。
俺は言葉を吐き出し続ける。
「学院から逃げ帰った息子――ただの汚点だ。父親は俺を叱責して家から追放した。それで用意されたのが、ローラも覚えているだろう? あの俺が住んでいた家さ」
「……」
「長男の俺は家を追い出された。だが、特に問題はなかった。実家には優秀な次男がいたからな。本当に優秀な男で……今ではリザードマン討伐軍の総指揮官をしている」
「え、それって――」
俺はうなずいた。
「アレンジア・リュミナス。それが俺の弟の名前だ」
そこでローラの表情がはっとなった。
「……確かリヒルトさんに『総指揮官に会いにいきませんか』って誘われましたよね……?」
俺はうなずいた。
「……ああ。そこで再会したよ、弟のアレンジアに」
「……どう、だったんです、か……?」
俺はふっと笑った。
きっと俺の顔は悲しげだっただろう。
「感動の対面とはいかなかったな。アレンジアは言ったよ。はじめまして、アルベルトと」
「……ひどい!」
それはローラにしては珍しいほどに鋭い声だった。
「あんまりじゃないですか! お兄さんに向かって! そんな……そんなことを……よくも!」
「無理もないよ。弟にとって俺は家の汚点だから」
そう答えた。
確かに、あのときの俺はああそうだよね、とあっさり受け入れた。
だけど――やっぱりショックを受けている部分もあった。
ほんの少し、おそらく1%もない可能性で俺は少しばかり期待していたのだ。
お久しぶりです、兄さん。元気そうで何よりです。
アレンジアのそんな言葉を。
俺は首を振った。
「……そんなわけでね……弟との再会とか――昔のいろいろな嫌なことを思い出して、俺は落ち込んでいたんだよ」
すべてを話した後――
ローラが次になんて言うか少しばかり怖かった。
俺は学院から逃げ出し実家から追い出されたダメな人間。
ローラに嫌われても仕方がない人間――
ローラは大きく息を吐いた。
心底からほっとしたような、そんな息を。
「なーんだ、そんなことだったんですね。安心したー」
朗らかな声でローラがそう言った。
そして、あ、と言った。
「ご、ごめんなさい! アルベルトさんの悩みをそんなことなんて言ってしまって!」
俺はそんなローラの反応に――
ぽかんと口を開けた。
「……俺を、嫌いにならないのか……?」
「え、どうしてですか?」
ローラは心底からわからないという様子で目をぱちくりとさせた。
俺は言葉を吐き出す。
「だって、その――恥ずかしい過去だ。失敗と挫折。それしかない男なんだよ、俺は」
「だから何だって言うんですか!」
ローラは俺の目を真正面から見て言った。
「そんな話が、過去が何だって言うんですか! ただ失敗しただけじゃないですか! そんなので今のアルベルトさんの見方が変わるわけないじゃないですか!」
「――!?」
「失敗も挫折も今のアルベルトさんを形作ったものなんです。そして、わたしは今のアルベルトさんが好きなんです! そんなので何かが変わるわけないじゃないですか!」
そこまで言って、ローラがあたふたとした。
「あの、その! す、好きというのは! おと……お友達としてという意味ですから! はい!」
ローラのそんな態度がおかしくて俺は小さく笑った。
「ありがとう、ローラ」
そうか。
大事なのは『今』の俺なのか。
過去の俺を笑うやつはいる。アレンジアしかり、あの後に出会った酔っ払いの貴族しかり。
だが、今の俺を見てくれる人間もいる。
ローラは俺の過去なんてまったく気にしなかった。
俺の過去を知るフーリンも、学院での表彰を心の底から喜び今の俺を祝福してくれた。
世界は敵ばかりじゃない。
俺を無価値だと思う人間ばかりじゃない。
俺のことを――今の俺を受け入れてくれる人間もいる。
俺がどんな気持ちであろうと世界は動く。時間は進む。
そして、周りにいる人たちも変わっていく。俺のことを嫌う父と弟だけが俺の世界のすべてではない。
いつの間にか――
灰色だった俺の世界には素晴らしい新大陸が広がっていたのだ。
昔の俺を笑う人間など放っておけばいい。
「ローラ」
「はい?」
「お前と友達になれて本当によかったよ。年の割には頼りない男だけど――これからも仲よくしてくれ」
俺のさしだした手をローラが両手で握る。
「あの夜、アルベルトさんは言ってくれましたね。どこまでも、いつまでも友達でいると。だから――」
ローラはにっこりとほほ笑んで続けた。
「今度はわたしが誓います。ずっと友達です。これだけは何があっても貫きますから」
だが、手を離すなり――
ローラが二、三歩ふらふらっと後ずさった。そして、両肩に力を込めて俺をじっと見ている。
なんだか、よそよそしさがある。
あ、あれ……?
さっきまでの話って勢いだけで言っちゃった系?
実はそんなこと思っていなかった系?
俺の感動が粉々になっちゃう系?
ローラが恐る恐る口を開いた。
「あの……なんだか、勢いで馴れ馴れしく話していましたけど、その、アルベルトさんって大貴族の方なんですね! ご、ごめんなさい! 知らなかったとはいえ、つい!」
……ああ。
そう、この世界における階級は絶対。特に平民と貴族の間には越えられない大きな壁がある。
ローラが気にするのは当然だ。
だが――
俺はふっと笑って首を振った。
「忘れてくれ」
「え?」
「俺の出自は気にしなくていい。そもそも俺は家を追放された身だから。俺はただのアルベルト。それでいい」
今の俺を見てくれる人を大事にしたい。俺はそう決めた。
なのに、過去の俺が持つ古ぼけた肩書きを大事にするのはおかしな話だ。
そんなものは投げ捨てよう。
「今まで通りの友達でいてくれ、ローラ。でないと俺は悲しい」
俺の言葉を聞き、ローラが嬉しそうにうなずいた。
「はい! これからもよろしくお願いします!」
俺はローラの出自を知り――
ローラは俺の過去を知った。
俺たちは今ようやく本当の意味で友達になれた、そんな気がした。
そのときだった。
「休憩は終わりだ! そろそろ出発するぞ!」
隊長の声が響き渡る。
俺とローラは顔を見合わせると元の場所へと向かった。
ずっと胸にあったわだかまりはもう消えている。すがすがしい気持ちだけが俺の心に広がっていた。




