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戦場で

「攻めよ。トカゲどもを蹂躙じゅうりんするのだ!」


 アレンジアのその言葉とともに――

 グリージア湖沼における戦いの火ぶたは切られた。


 磨き上げられた鎧を身にまとった王国の精鋭たる騎士団がリザードマンの集落へと攻め込む。

 リザードマンたちも即応した。

 鋼鉄の武器と鋼のごとき肉体が正面から激突する。


 一瞬で――

 アレンジアの軍はリザードマンたちを蹴散らした。


 アレンジアの待機する陣に伝令兵が次々と駆けてくる。


「申し上げます! バルドゥス隊、敵陣突破! その活躍は勇ましく、リザードマンたちにわずかの反撃も許しておりませぬ!」


「グレファン隊、巧緻な陣形によりリザードマンを包囲し完膚なきまでに殲滅しました!」


「グービルバルフィス隊も勝利しました! 敵陣を勇猛果敢に突破! 混乱した敵はちりぢりに逃亡しております!」


 そのどれもが勝利の報。

 陣に待機する高官たちは喝采を挙げた。


「素晴らしい! 最高の展開ですぞ、アレンジアさま!」


 アレンジアは深くうなずき、高官たちに笑顔を向けた。


「皆の努力のおかげだ。このままの勢いで行こう!」


 などと言ったが、心にも思っていなかった。


(当たり前だ。この俺がそうしているんだから!)


 敵は『紋章師』によって強化されたリザードマン。普通のリザードマンと同じ戦いをして先発隊は全滅した。


 もちろん、アレンジアは愚かな失敗など繰り返しはしない。


 アレンジアは本隊とは別に使い捨ての別働隊を組織し、それらを先行させることでリザードマンたちを攪乱かくらんさせたのだ。

 そこへ最大戦力の本隊を送り込めば――

 勝利は簡単に転がり込む。


(まあ……別働隊の連中は無事ではすまないだろうがな……)


 だが、アレンジアには興味がないことだ。


 アレンジアの目的は勝利、いや、大勝利のみ。

 それはリザードマンたちを殲滅し、紋章師の首を討つことだけではない。

 王から与った名誉ある軍をいかに損耗しないかも重要だ。

 そのためには『王には興味がない命』を使い捨てる計算も必要になる。


(価値のない命を国に捧げて死ねるのだ。そう悪くはないだろう?)


 次々と報告される勝利の報。気分をよくしたアレンジアは『死んでいくものたち』のことなどあっという間に忘れ去った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 俺たちはリザードマン狩りに参戦するべく、とぼとぼと本陣へ向かう道を歩いていた。

『俺たち』というのは俺とローラと――


「ま、今日の夕方までには着くんじゃねーかな?」


 俺たちの前を歩くフィルブスが言う。

 生徒だけを戦場に行かせるわけにはいかないので、教師のフィルブスが取りまとめ役として着いてきたのだ。

 あと護衛として王国の兵士が二人ついてきている。


「でも……もう始まっていたりしますか?」


 ローラが不安げな声で言う。

 グリージア湖沼の周辺は木で覆われている。その湿った空気の向こう側から金属のぶつかりあう音や怒声が響いていた。


「手続きに時間がかかったからな……カーライルが話を持ってくるのも遅かったし。初戦は遅刻だな。ま、サボれてよかったじゃん?」


 言ってフィルブスがからからと笑う。

 隣にいる兵士がごほん、と咳をした。


「あの、フィルブスどの。私にも立場がありますので」


「おっと。忘れてくれよ、な?」


 兵士の肩をぽんぽん叩いてフィルブスが言った。

 そのときだった。

 急に近くで複数人の走る音が聞こえた。その足音には焦燥と切迫が貼り付いていた。


「おおおおい! 危ないぞおお! あんたらも逃げてくれええ!」


 男の必死の声が聞こえる。

 俺たちは足を止めた。

 傷と血だらけの兵士たちが必死の形相でこっちに走ってくる。その背後を五匹のリザードマンが追いかけていた。


「い、いかん! 学院の皆さん、私たちから離れないで!」


 うわずった護衛の声がする。

 だが、すでにフィルブスは動いていた。逃げてくる兵士とリザードマンの立ち位置を計算し、魔法が味方を巻き込まない最良の場所へと移動していた。


「悪いな、一撃で終わらせるぜ?」


 フィルブスはリザードマンに手を向けて叫んだ。


「ファイアボール!」


 人の頭ほどの炎の玉が出現した。それは一直線にリザードマンたちの集団へと飛び、轟音とともに爆風をまき散らした。


「グッゲエエエエアアアアアアアアア!?」


 魔力によって発生した破壊の熱に灼かれ、リザードマンたちは死そのものを吐き出すように絶叫した。


 さすがにフィルブスは学院の教師だけある。

 ファイアボールまで扱えるとは。


 ファイアボール――

 それは中級以上の魔術師が習得を目指すポピュラーな魔術である。ハンドレッド級の魔術師でも、攻撃魔術が得意でなければ扱えないものも多い。


 ちなみに、こんな森の中でファイアボールを放っても問題ない。

 ファイアボールは熱と爆風だけに絞って効果を発現できる。今フィルブスがやったのもそれだ。もちろん、炎をまき散らすようにもできるが。


「終わったかー……って……あれ?」


 地面のあちこちに吹っ飛んだリザードマンたちがよろけつつも立ち上がる。

 身体中の鱗は焼けただれ、持っていた武器もどこかに吹っ飛んでいたが――

 戦意はいささかも衰えていない。

 彼らには鍛え抜かれた筋肉と鋭利な牙と爪があるのだから。

 その五対の目がフィルブスを見る。

 己を傷つける可能性のある危険な男を――


「おいおいおい!? マジかよ、俺のファイアボールを喰らっても死なない!? そんなリザードマンありかよ!」


 フィルブスが叫ぶ。

 ざっとリザードマンたちが地を蹴り、フィルブスへと向かった。

 爆風で吹っ飛んだ関係で以前のようにリザードマンは密集していない。ファイアボールで一網打尽は難しいだろう。


 果たしてフィルブスに打つ手はあるのか?


 俺にはわからない。

 わかる必要もない。

 俺にできることなど――たったひとつしかないのだ。


「マジックアロー」

「ゲヒッ!?」


 俺のマジックアローを喰らい五匹のリザードマンがすっ飛んだ。地面に転がるとぴくりとも動かなくなる。

 どうやら終わったらしい。

 フィルブスがあきれた声で言った。


「おいおい……こっちこそマジかよ……あのリザードマンどもをマジックアローで倒したって……」


「先生のファイアボールが効いていたからですよ」


 それは俺の本音だった。

 特に遠慮も謙遜もなくそう言った。それくらいフィルブスのファイアボールは見事だった。

 なのにフィルブスは微妙な表情をしていた。

 どうやら、とことん俺を立てたいらしい。

 褒めて伸ばす。それがフィルブスの教育手法なのだろう。


 そんな話をしていると。


「ありがとうございます、助けてくれて!」


 逃げてきた兵士たちの隊長らしき男が話しかけてきた。



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shoei
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