戦場への誘い(上)
ビヒャルヌ湖の調査から帰ってきて一ヶ月後――
「あー、アルベルトとローラはクラスが終わったら俺についてくるように。はい。今日の授業は終わり」
終礼で担任のフィルブスがそんなことを言った。
俺とローラは顔を見合わせると、教室から出ていこうとするフィルブスの後を追った。
「おうおう、ついてきているな」
ちらりとフィルブスが後ろを見る。
「何か用があるんですか?」
ローラが訊いた。
「ちょっと会って欲しい人物がいるんだよ。あんまり大声じゃ言えないから楽しみにしておいてくれ」
フィルブスが口元に指をあててにやりと笑った。
誰だろうか。
フィルブスが向かったのは賓客用の応接室だった。
「入るぞ」
言うなり、ドアを押し開けてフィルブスが部屋に入っていく。俺たちも後に続き――
部屋の中にいる人物と目があった。
「やあ、お久しぶり。アルベルト」
フレームレスのメガネをかけた細身の男がいた。
もちろん、俺はその男を覚えている。入学試験で俺のマジックアローを受け止めてくれたのだからな。
だが、口にしたのはローラだった。
「カ、カーライルさま……!」
「どうもどうも。アルベルトはお久しぶり。ローラはお話しするのは初めてかな。よろしく」
七〇〇の魔術を操る天才宮廷魔術師がソファーに腰かけていた。
俺とローラが挨拶を返す。
「そうかしこまらなくていい。こいつはもっと雑に扱っていいぞ。ほら、そこに座れ」
フィルブスはカーライルの側面にあるソファに座りながら、俺たちに着席を勧めた。
俺たちはカーライルの対面に座る。
「何か用ですか?」
「なかなか気が早いね、アルベルト。嫌いじゃないけど。じゃあ、さっそく本題を始めようか」
そう言って、カーライルはかたわらに置いてあったバッグから書類をばさりとローテーブルに置いた。
「実はね、アルベルトに従軍してもらいたいんだ」
「従軍……?」
まったく想像していなかった単語だった。
そんな俺の反応を楽しむかのように、カーライルが薄笑みを浮かべて俺の顔をじっと見つめている。
「そう。王国は軍事展開を考えていてね。優秀な魔術師をそこに加えたいわけだ」
「俺が、優秀……?」
「ビヒャルヌ湖での武勇伝は僕の耳にも届いているよ。ぜひ君の能力を戦場で発揮して欲しいね」
戦場――
正直なところ気乗りしない。俺は争いごとが好きではないからだ。
だが。
「先に聞きますが、それは王国からの命令ですか?」
「もちろん、そうだよ」
「そうですか。ならばお断りする理由がありません」
俺はあっさりと承諾した。
俺は家から追放されているが貴族の出身だ。国や王に対する忠誠心は子供の頃から叩き込まれている。
「……正直なところ、人間を相手にするのは気が進みませんが」
「あー、大丈夫。言い忘れていたけど、敵は人間じゃないから」
そう言うと、カーライルはテーブルに広げていた書類の一部を俺に示した。
「敵はリザードマンの集落だ」
「リザードマン?」
リザードマンとは人間のように二足歩行で生活するトカゲだ。体躯は立派でオスならば身長は二メートルを越える。筋肉は隆々で力は非常に強い。
「そこはかなり大きな集落でね……以前から無視できない勢力だった。だけど、お互いに暗黙裏のラインってのがあってね、ここを越えない限りは不干渉って感じで棲み分けていた。だけど、ここ最近あちら側がそれを破るようになってきてね」
「それで騎士を派遣することになったんですね」
俺の言葉にカーライルはふるふると首を振った。
「もう派遣した。そして、全滅した」
「――!?」
俺は少しばかり驚いた。確かにリザードマンは個体レベルで見れば非常に強力な生き物だ。一人前の戦士でも正面から戦うと苦労する。
だが、知力は弱く武具も未熟だ。
騎士のように訓練され、統率された部隊ならば苦もなく倒せるはずなのだが……。
「紋章師――というのがいてね」
「紋章師?」
「少し前からリザードマンの集落に住み着いているんだ。紋章師がタトゥーを彫り込んだリザードマンは強個体になるようで……生半可な戦力では太刀打ちできないんだ」
はあ、とカーライルはため息をついた。
「というわけで、その湖沼に住むリザードマンの強さは無視できない勢力になった。王国としても本気の戦力を組み立てて、ここいらでリザードマンの鼻っ面を叩いておくことにしたのさ」
「そういうことですか」
「そんなわけで人間を倒すのではなくてね、人間を守るための戦いだ。遺憾なく力を発揮してくれたまえ」
「わかりました」
そういうことならためらう理由はない。
カーライルの目がついっと横に動いた。
「ローラにもアルベルトと行動を共にしてもらいたい」
「――待ってください」
俺はローラが返事をする前に割り込んだ。
「俺は……別に構わないですけど、ローラは子供ですよ。子供のローラを戦場に連れていくのは――」
「ふむ、アルベルトは人道的だね」
にやりとカーライルが笑う。
「でもね、僕は個人の気持ちを大切にしたい。ローラ、君は自分の村のことを知っているね?」
「……はい」
「君が魔術師として活躍すれば貴族や王族の方々の覚えもよくなるだろう。きっとそれは――君の願いと合致するのでは?」
神妙な顔でローラがうなずいた。
俺は思い出す。ローラの村は厄災の魔女の血族を祖先に持っているため、国から疎んじられているのだ。
国に貢献して村の立場を少しでも向上させたい。
それはローラの強い想いだった。
「はい。わたしは……国の役に立ちたいと思います」
だから、俺はローラのその言葉を否定できなかった。
その代わり――
俺はひとつだけ心の中で誓いを立てた。
「さっき、ローラは俺と帯同するとおっしゃいましたよね?」
「言ったよ?」
「……わかりました」
ならば、俺がローラを守ろう。
俺は俺自身を優秀とは思わないが――この宮廷魔術師が俺の成果を褒めるのなら、そして、ローラが俺を英雄だと信じるのなら――俺には何かがあるのだろう。
その力でローラを守ってみせる。
「ローラ、頑張ろうな」
「はい! アルベルトさん!」
俺の顔を見て、ローラはにっこりとほほ笑んでくれた。




