マジックアローの英雄
泥人形どもを吹き飛ばした後、俺とローラは(俺のマジックアローのせいで)半壊したテントから外に出た。
気分のいい風景ではなかった。
泥人形どもがあちこちに這い回り、生徒たちを追い回している。生徒たちは逃げ回りながら必死にマジックアローを撃っている。
そして、湖の岸際で昼間の水の精霊と二人の人間が戦っている。おそらくはフーリンと……誰だろう?
「アルベルトさん!」
ローラの声。
彼女の指さす方角に一〇体くらいの泥人形がいた。
固まってくれているのか。
ならばちょうどいい。
「マジックアロー」
俺の一声とともに――
泥人形の団体は木っ端みじんに砕け散った。
「す……すごい……」
隣のローラが息を呑む。
「それほどでもない。さあ、フーリンを助けにいこう」
俺は泥人形たちを吹き飛ばしながらフーリンのいる岸辺へと向かっていく。
その途中だった。
「い、いやあああああああ! 助けてッ! 誰かああああああ!」
女の声が聞こえた。
声の方角に向かうと、泥人形どもに誰かしらないが女生徒が押し倒されている。
倒れてくれているので狙いやすいか……。
俺は女生徒に当たらないように魔術を放った。
「マジックアロー」
まるで大砲が炸裂したかのように、泥人形どもの上半身が消し飛ぶ。ばらばらと倒れる泥人形たち。
「おい、大丈夫か」
俺がのぞき込むと、そこには半泣き顔のミスニアが転がっていた。
……こいつか。
「い、一応、礼をいうわ! ふん!」
まったく感謝していないような声でそう言うと、ミスニアは立ち上がろうとして――
「いたっ!?」
と叫ぶと、片膝を地面についた。
ミスニアの異変に気がついたのはローラだった。
「あ! ミスニアさま、足が!?」
ひねったのだろう、左の足首が痛々しく腫れ上がっていた。
「わたしが肩を貸します!」
そうやって近づいたローラをミスニアは突き飛ばした。
「きゃっ!?」
「近づかないで! 呪われた村の末裔が! この貴族のわたしに触れるなんて!」
そして、俺のほうを見た。
「あなたでいいわ! 男で平民だけど我慢してあげる! わたしを安全なところに運びなさい!」
先に言っておこう。
俺は暴力が好きな人間ではない。
そして、滅多に怒らない。
だが、今回はさすがに我慢できなかった。
……ローラの優しさを踏みにじりやがって。
「おい」
俺は言うなり、ミスニアの頬を張り倒した。
「えうっ!?」
情けない声を出してミスニアが地面に転がった。
「ア、アルベルトさん、ダメですよ、そんな!」
「いや、ローラ。こいつにはこうしなきゃ伝わらない」
俺は転がるミスニアを見下ろしてまくしたてた。
「何度お前はローラの心を傷つければ気がすむんだ! しつこくローラをどうでもいいことでののしりやがって! それでもローラはお前に精霊召喚は危ないからやめたほうがいいと忠告したり、こんな状況でもお前を助けようとしたんだぞ!」
俺は本当に頭にきていたのでさらに言葉を吐き捨てた。
「こんなに優しいローラを足蹴にし続けるお前のことなんて知るか! 謝れ! ローラに謝らない限り俺はお前を助けはしない!」
ミスニアは非難がましい目で俺を見た。
「ぼ、暴力なんて、最低じゃない……!」
「言葉の暴力を使っているのはお前だろう。それもわからないのか」
ミスニアの目から涙がボロボロこぼれた。
そして、うう、とつぶやくと、
「ご、ごめん、なさい……」
そう言った。
「大丈夫です。わたしは気にしていませんから、ミスニアさま」
そう言うとミスニアにローラが肩を貸そうとする。
ミスニアはぴくりと震えたが反抗せずにその身を預けた。
「アルベルトさん、わたしはミスニアさまを安全な場所に連れていきます」
「……わかった。泥人形どもは俺が潰す。追撃は心配するな」
俺はローラと別れて岸辺へと向かった。
岸辺ではフーリンと――あれはブレインだったか? 学年首席の生徒が水の精霊相手に共闘していた。
水には火――
ということで二人は火の魔術を駆使して水の精霊と戦っていた。
だが、水の精霊は回復力が早くまだ致命傷は与えられていない。
「フーリン」
俺の言葉にフーリンが振り返る。
「アルベルトくん! どうして!?」
「ローラに言われてな。助けにきた」
「危ないから! 速く逃げて!」
「逃げるつもりはない」
「あなたはわかっていない! こいつは普通の水の精霊じゃないの! あの胸の中央にある闇のコア……あれが力の源泉よ。あれを吹き飛ばさない限り倒せない。でも、胸は特に防御力が厚くて――」
『鋭い分析だな、人間! だが、どうしようもないなあ! お前たちの力ではわたしの防御を――!』
「マジックアロー」
ぼこん!
一瞬で水の精霊の胸から上が消し飛んだ。
「「え」」
フーリンとブレインがぽかんと口を開けた。
水の精霊の下半身――馬の部分が膝を折る。その身体が溶け出し、水となって湖に帰っていった。
胸元にあった黒色のコアがころころと浅瀬に転がる。
あの黒色のコアを放置するのはよくないかもな。
俺はコアに近づくと右手を差し出した。
「マジックアロー」
「マジックアロー」
「マジックアロー」
「マジックアロー」
「マジックアロー」
俺の射撃で黒色のコアは木っ端みじんに砕け散った。
振り返ると水の精霊からの魔力が断たれたせいか、泥人形たちもぐらぐらと揺れて地面に倒れていく。
どうやら終わったらしい。
「フーリン、終わったぞ?」
「え、こんなにあっさり?」
フーリンがぽかんとした口でつぶやいた。
「さっきマジックアローって言った? いや、そんなはずが――」
隣の学年首席が信じられないような顔でこめかみを押さえている。
なぜか二人は腑に落ちていないようだが――
俺にとってはどうでもいいことだった。
俺は満足していた。
俺のことを信じてくれた、たったひとりの少女との約束を守れたから。
俺は彼女の願いを叶えることができた。
こんな俺だけど少しは役に立てたかな?
何かを成し遂げるのは気持ちがいい。ずっとしぼんだままだった、ぺしゃんこだった俺の心が少しだけ膨らんだ感じだ。
それはきっとローラのおかげ。
俺は彼女がいる先に視線を向けて、静かにほほ笑んだ。
俺に勇気をくれて、ありがとう――




